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7/26 SATFIELD OF HEAVEN

加藤登紀子

お登紀さんの「ホーム」はフィールド・オブ・ヘブン

晴れわたる2日目昼間のフィールド・オブ・ヘブンに登場したのは、今年が活動50周年の節目となる「お登紀さん」こと、加藤登紀子だった。彼女の口からは、「2006年だったかな、フジロックの初出演がここ(ヘブン)で、やっと『ホーム』に返ってきたような感じ」と語られた。何気ない言葉だけれども、フジロッカーズはこのような言葉が大好物だ。それがヘブンならばなおさらかもしれない。

はちみつぱい〜ムーンライダーズの武川雅寛(G.)、センチメンタルシティロマンスの細井豊(Key.)など、日本のロックを支えた面々を引き連れ、さらに、前日の苗場食堂にてバックバンドをつとめたズクナシが、3本のスタンドマイクの奥で華やかな色を添える。ステージを眺めるだけでも、昔ながらの繋がりを大切にしつつ新しい試みにも躊躇しない、そんなお登紀さんのスタンスが見え隠れしていた。

中盤に演奏された”タタラリ”は、2012年のオンダ・バガとの出会い(@苗場食堂)からカバーするに至った、アルゼンチンのフォルクローレをベースにした曲だ。元はスペイン語の曲だが、わざわざ日本語の歌詞がつけられており、まるで昔から彼女の曲であったかのような感覚にさせるほど、しっくりきている。続く2曲は、映画『紅の豚』の劇中歌で知られる、仏シャンソンの名曲”さくらんぼの実る頃(Le Temps Des Cerises)”、”時には昔の話を”だった。音数が少なく、声の力でヘブンの空間を染めてゆく様をまの当たりにし、私を含め、フジロッカーズは歓声を発することを忘れた。魅せられ、酔いしれたと言うのがよいかもしれない。それはまるで、『紅の豚』劇中にて、あまたのキャラクターがお登紀さん演じる「ジーナ」に虜になった様が再現されたかのようだった。

東南アジアの悲哀を歌った”モンスーン”では、ドレスの一端をベールのごとく首に巻いて、徹頭徹尾しゃがんだ状態で歌い、祈りを表現していた。さりげなくではあるが社会問題を織り込むところは、波瀾万丈な人生を歩んできた彼女ならではのもの。「ノー、ニュークス(原発はいらない)」、「チェルノブイリ」などの単語を発しつつも、丁寧で、優しく、どことなく可愛らしさを感じさせる響きがあり、決して押し付けるような物言いではなかった。そのとっつき易さが、よりいっそう、ものごとを考えるきっかけやヒントを与えてくれることもある。社会を突く流れから「権力は民衆にある」と歌われる”パワー・トゥー・ザ・ピープル”へと続き、”富士山だ”はロックでガツンと。そして、”愛を耕す者たちよ”で、再びゆったりと聴かせる。フジでのセットは新曲を中心としたものだった。それでも、フジ仕様の特別なもののように感じてしまうのは、フジそのものがすでにお登紀さんにとっても重要な祭りとなっており、曲そのものに影響を与えているからだろう。

ロックにシャンソン、フォルクローレなど、それぞれ魅せかたを変えつつも、しっかりと「加藤登紀子」という強いひとりの女性の世界が縫いこまれていた、「ホーム」でのステージ。お登紀さんはこれからもまた苗場に舞い戻り、さらに素晴らしいライヴをしてくれることだろう。

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