“梶原綾乃” の検索結果 – FUJIROCK EXPRESS '25 | フジロック会場から最新レポートをお届け https://fujirockexpress.net/25 FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)を開催地苗場からリアルタイムでライブレポート・会場レポートをお届け! Tue, 12 Aug 2025 07:23:59 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.8.2 「もうええやろ。そろそろ辞めようか…」と考えたことが幾度かあった。でも、辞めなくてよかったね。やっと、「いつものフジロック」が戻ってきた…かも。 https://fujirockexpress.net/25/p_9083.html Sat, 09 Aug 2025 02:09:19 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=9083 我々が愛情と尊敬の念を持って大将と呼ぶのが、フジロックを創造したプロデューサー、日高正博。その彼に「俺がやりたいことを一番わかってるのがお前だ。手伝ってくれ」と言われて、黎明期のインターネットを核に情報発信を始めたのは第1回が開催された1997年が開けた頃だった。それからすでに28年が過ぎている。あの年、台風の影響で生まれた混乱や2日目のキャンセルで荒れまくったのが公式サイトの掲示板。それを公式から切り離し、コミュニティ・サイトとして、その年の暮れか翌年にfujirockers.orgを立ち上げている。それは大将と相談の上で生まれた、いわば、裏公式サイト。フジロッカーという言葉を生み出したのもこの時だ。個人として積極的に発言できる場として彼は幾度となく、ここを通じてメッセージを発信。直接、オフ会に顔を出すことさえもあった。ところが、コロナ禍で参加者が抗原検査を余儀なくされ、全面禁酒に加えて小規模開催しかできなかった21年を境に彼の言葉がほとんど聞こえなくなっていった。我々が彼の「指名手配」写真をパロディ化したTシャツを制作したのは、それを受けていた。なによりも大将が描いたフェスティヴァルを楽しみにしているのがフジロッカー。それほどまでに彼は求められている(「Wanted」)という意味をここに込めていた。このTシャツが最も参加者数が少なかったフジロックで、fujirockers.org史上最高の売り上げ枚数を記録。それはフジロッカーと大将が強い絆で結ばれている証のようにも思えていた。

その大将が「もうどうでもいい。放っとけ」と口にしたのは22年か。彼の体調が悪くなったのは、フジロックがただの野外コンサートにしか見えなかったあの頃からではなかったか? 人気エリア、カフェ・ドゥ・パリ周辺がフード・コードになり、パレス・オヴ・ワンダーにいたってはその片鱗さえなかった。主催者には苦渋の決断だったかもしれないが、あれを「フェスティヴァル」と呼ぶには無理がある。それにも関わらず、「いつものフジロック」を謳っていることに大きな失望を感じていた。もう辞めようか… fujirockers.orgも解散してしまおうかという思いが脳裏をよぎっていた。それでも自分をつなぎ止めたのはスタッフを含め、フジロックの存続を支えようとしていたフジロッカーたち。あの時、「フジロックがない人生なんて考えられない」という声を耳にしていた。そんな彼らがこのままじゃ終われないという気持ちにしてくれたように思う。もちろん、あの流れに抗い、フェスティヴァル復活を目指して必死に動き続けていた裏方がたくさんいたことも忘れてはいけない。

そのフジロックを触発した英国のグラストンバリー・フェスティヴァルを初体験したのは1982年にさかのぼる。当時、まだ20代だった自分はすでに高齢者と呼ばれる年齢になっている。あの時とは比べることができないほど巨大化したこれを取材し続ける意味はあるのか? ここ10数年悩み続けていた。そろそろ潮時かもしれないと思ったことが何度もあった。メディアが求めるのはステージに姿を見せるアーティストのことばかり。でも、それは、おそらく会場の20%にも満たないスペースで繰り広げられている一部分にしか過ぎない。だからこそ、ラインナップがほとんどわからない時点でも、20万枚以上のチケットが20~30分で完売となる。あのフェスティヴァルの魅力はメディアがほとんど取り上げない、その他にあるのだ。が、それを伝えるメディアはほとんど消え失せている。加えて、毎回同じことを書くわけにもいかないと、ここ数年はグラストンバリー未体験の若手ライターや写真家を同伴。彼らの新鮮な視点で伝えられる記事を楽しむようになっていた。開催時期に入院していた1995年を除いて、欠かさず通い続けて今年は43年目。もうなにも目新しいものはないと予測するのが普通だろう。が、待っていたのは「伝えなければいけない」という衝動を生む出来事や人との出合い。それが嬉しくて、また語り、書き続けていくことになる。

そのひとつが今年の前夜祭でレッド・マーキーに集まったみなさんの集合写真を撮影する時に語ったことだった。

「The Whole Farm’s the stage and all of you are players」

そんな言葉が書かれたポスターが、取材拠点となるプレス・テントを出た広場の壁に飾られていた。これは会場内で古ぼけた活版印刷の機械を使って毎日新聞を発行している地元のスタッフが作った1枚。それにハッとさせられるのだ。ここに書かれているfarmとは会場となっている農場を示す。簡単に訳せば「会場全てが舞台(ステージ)で、あんたたちみんなが演者(プレイヤー)なんだ」となる。

Photo by 阿部光平

フェスティヴァルの魅力…あるいは、そこで生まれるマジックの所以をこれが見事に語りかけているように思えていた。「自然に囲まれた環境がフジロックの魅力ですよ」としたり顔で語る業界人は多い。でも、それは要素のひとつにしか過ぎない。また、「ユニークなラインナップ」も間違ってはいない。が、フジロックというフェスティヴァルの魅力ってなになんだろうと考えた時、グラストンバリーでみつけたあのフレーズがピンとくる。おそらく、苗場にやって来る人たちの想いがなにやら磁場のようなものを生み出し、それがフェスティヴァルを作り出しているんじゃないだろうか。

フジロックに絡んで始まったのが年に3回ほど開催されている苗場のボードウォーク・セッション。全国からその補修をするために集まってくるヴォランティアのみなさんとはすでに顔なじみで、会場で彼らとよく顔を合わせている。今年は行けなかったが、フジロック直前の7月のセッションの時には会場設営が始まっていたはず。ここに舞台設営にPA関連、テント設営からトイレの準備と、多くの人が加わっていく。そして、前夜祭前日まで、汗まみれで働いているのが、ゴンちゃんの制作チームやパレス・オヴ・ワンダーのスタッフ。と思えば、ボードウォークを歩いていると、様々なオブジェを作っているアーティストたちが目に入る。その誰もが笑顔で輝いている。出店しているブースの飾りやデザイン担当から、その裏で働く人たちやフジロックを支えてくれる地元のみなさんの想いをひしひしと感じるのだ。

そこに雪崩れ込んでくるのが、全国どころか全世界から集まってくるオーディエンス。なかには思い思いのコスチュームに身を固めて遊んでいる人や楽器を持ってきて演奏する人もいる。今年はゲリラDJも出没したんだそうな。彼らから放たれるエネルギーがなにかを揺り動かし、それが共鳴しながら拡散、拡大されていく。ステージに立つミュージシャンの演奏がそこに重なって有機反応を引き起こす。それが奇跡的なパフォーマンスの数々を生み出しているようにも思えるのだ。フジロックでのライヴ体験の素晴らしさの背景にはそれがある。DJブースは、もちろん、カフェやバーに食事を提供するストールでも同じこと。見ず知らずの人にだって、当たり前のように話をすることができて、あっという間につながりができる。そんな空気がここに出来上がっている。

そのフジロック、今年は7月19日に始まっていた。前夜祭は7月24日なのになぜ? と思われるかもしれないが、その前の週末に幕を開けたのがフジロックの一部、ピラミッド・ガーデン。会場の端っこにあるここが「Beyond the Festival」と銘打って単独開催されていた。フジロック独特の磁場がゆるやかに、本番に向かって確実に強くなっていたのを、ここに遊びに来た人たちなら、感じることができただろう。

主催していたのは2010年からこのエリアを任されていたキャンドル・ジュン。彼のフェスティヴァルへの想いがこれを動かしていた。それは大将が抱いていた「想い」にも繋がっている。ずいぶん昔のこと、彼が口にしていたのは「1週間ぐらい開催するってのもいいなぁ」というアイデア。ひょっとすると、そのあたりに伏線があったのかもしれない。大将がなによりも求めていたのは、ラインナップに依存することなく、「フジロックだから」こそ戻ってきたいと思わせるフェスティヴァルを作り上げること。そんな想いをピラミッド・ガーデンに詰め込もうとしたのが今回の試みだったのかもしれない。

ここにいるだけで気持ちよかった。ライヴを追いかけてあくせく歩き回ることもない。タイムテーブルはのんびりと余裕を持って作られているし、ライヴが中心でないのは明らかだ。釣り堀で釣った魚を料理して食したり、サウナで汗を流して冷たい水が流れる川に飛び込む。あるいは、ワークショップを覗き込んだり、日陰で昼寝をしたりと、ゆったりとした時間と空間の中に身を置くことだけで気持ちいい。生きていることのしあわせを充分に感じることができるのだ。

加えて、大将がいつも口にしていたのは「地元の人たちと一緒に作る」という意識だった。都会から地方に来た企業が利益を吸い上げ、地元はおこぼれを授かるだけといったイヴェントのあり方を彼は嫌悪していた。ピラミッド・ガーデンに反映されていたのがそれだった。後援は地元の湯沢町で、一役買っていたのが苗場観光協会。実は、この閉幕からフジロック開催までの間に会場を使って開かれたのが、フジロックに大きな貢献をしている地元若者の結婚式だった。これが今後、どういった展開を見せるか未知数だが、フジロックや苗場を愛する人たちにもそういった場として、この時間と空間を提供していきたいとのこと。興味がある方は観光協会へ問い合わせてみたらどうだろう。

大将から「フジロック前に、みんなに伝えておきたいことがある」と連絡があったのはその取材をしていた時だった。それを受けて、東京のスタッフが彼を訪ねている。話題になったのはクロージング・バンド。その言葉からはこのプロジェクトに対する彼の並々ならぬ想いが伝わっていた。今年はそれだけにとどまらず、様々な指示を出している。ネパールのバンドを招聘したり、どん吉パークのDon’s CafeにDJを入れたいという依頼も届いていた。それを受けてフジロッカーズ・バーの常連DJに協力を依頼。「俺もDJするかも」なんて言われて、リクエストのあった昭和歌謡のシングル盤も用意していた。その1枚がクロージングに出演した尾藤イサオの大ヒット曲『悲しき願い』のオリジナル。もちろん、これはここで使っているし、最後のグリーン・ステージでご本人に見せると大喜びしてくれて、なんとサインもいただいている。

Photo by おみそ

Don’s Cafeは大将の盟友、池畑潤二率いる苗場音楽突撃隊がゲリラ的にライヴをする苗場のホーム。昨年はDJゴンちゃん夫妻がDJをしているし、彼のお気に入りバンド、USも演奏している。今年も同じだがホットハウス・フラワーズのリアムがここに加わり、ゴンちゃん夫妻に代わったのがフジロッカーズ・バーや仲間のDJたち。主要ステージでの演奏が終わる頃ともなると、大将を慕う仲間がここに集まってくる。といっても、実は、フジロック開催を前に「身体が持たないかもしれない」という情報もあって、大将の会場入りが危ぶまれていた。が、前夜祭の朝、東京を離れたという連絡が入ってひと安心したものだ。彼を訪ねると、血色もよくて、去年より元気に見えた。体調もよかったんだろう、毎晩、ここに顔を出して仲間と一緒に楽しんでいた。

そして、最終日、いきなり大将から呼び出しだ。DJの仲間とセッティングをしていたどん吉パークからとぼとぼ歩いて本部の隣を訪ねると、「フジロッカーになにかプレゼントしたいんだ」という。「じゃぁ、今年のポスターにサインしてよ」とお願いして、その様子を撮影。それを3枚受け取っている。さて、このプレゼント、どうしようか。大将へのメッセージを書いてもらうのを要件として、応募してくれた人から抽選するのがベストだろうと思う。もちろん、そのメッセージは彼に手渡すことにしよう。詳しくはこちらで確認していただけると幸い。

Photo by おみそ

クロージング・バンドが演奏する前に大将と一緒にグリーン・ステージ脇に移動。初めて顔を合わせる尾藤イサオと彼が談笑している姿がほほえましい。耳をそばだてているとエルヴィス・プレスリーがどうしたこうしたとロック談義が続いているのがわかる。このライヴに出演するみなさんと挨拶を交わしつつ、「お客さん、残ってくれてるかなぁ」と心配顔だった大将。でも、残って楽しんでいる人たちを見ると実に嬉しそうだ。そして、1943年生まれで御年82歳だというのに、とてつもなくソウルフルな尾藤イサオに大喜びしながら、『悲しき願い』を声を出して一緒に歌っているのだ。

「みんな、若いから知らないかもなぁ。でも、これは、俺からみんなへのギフトなんだ」

彼が愛して止まないロックンロールの名曲の数々を、日本の伝説的ロッカーに歌ってもらい、オーティス・レディングの名曲『ドック・オヴ・ザ・ベイ』をリアムにまかせる。そして、チェ・ゲバラと並んで彼のヒーローだというジョン・レノンの『イマジン』を加藤登紀子に託して幕を閉じる。そこには彼の想いがあった。

さて、今年のフジロックはどうだったか? なによりも嬉しかったのは愛知県豊田市で続けられている、おそらく、国内で最も素晴らしいと感じた『祭り』、橋の下世界音楽祭の仲間がフジロックの奥地を復活させたことかもしれない。印象的なステージを苗場に持ち込んで作り上げたのがオレンジ・エコー。これで明らかに観客の流れが変わっていた。彼ら独特の色を持つラインナップも興味津々で、あの世界がまだまだ広がっていくことを予感させる。地元新潟から三国トンネルを越えた群馬あたりの伝統工芸から民謡や芸能までがここに紛れ込んできたら… なんて夢みるのは、それこそ彼らが橋の下でやっていることだから。さて、来年はどうなるだろう。

また、子供の頃から、あるいは、生まれた頃からフジロックと共に育ってきた地元、苗場の若者たちがDJブース、Roots Grooveを動かし始めたのも特筆に値する。かつてワールド・レストランがあったエリアにGonchan Barを誕生させたのもそんなひとり。これで彼らもフジロックを作る一部となった。さて、これから彼らがなにをどうする? ボードウォークでのパーティは、もちろん、まだまだできることはあるはずだ。彼らからどんなアイデアが出してきて、どう発展させていくのか、それが楽しみでならない。

3年を費やして徐々に復活したパレス・オヴ・ワンダーとブルー・ギャラクシーがフジロックには「なくてはならない存在」だということを見事に証明していたのが今年。「ラインナップでしかチケットは売れない」ってのが、業界では常識らしいが、さて、どうなんだろう。圧倒的な人気を持つスターが演奏している時だって、ちっぽけなステージやDJがいるところには人が集まっていた。その全てがフジロックの魅力。だから、ここに来るのだ。

結局、今年も、雑務に追われて、ほとんどライヴを見ることはできなかった。6月にローマにまで出かけていって、魅力を伝えようとしたフェルミン・ムグルサもクリスタル・パレスでチラ見しただけ。楽しみにしていたホワイト・ステージにはたどり着けなかった。春ねむりを見ようとアヴァロンに向かうと、NGOヴィレッジで難民問題をアピールするブースで昔からの友人と遭遇して長話。結局、わずかな時間しかライヴには接することができなかったが、インパクトは強力で濃密だった。ちなみに、かつてワールド・レストランでフィッシュ&チップスを売っていたのが遭遇したイギリス人。映画にもなったワイト島ミュージック・フェスティヴァルを10代の頃に体験していて、東京でやったフジロッカーズ・バーに来てもらって当時の体験談を聞かせてもらったことがある。

多くの人がそうだったように山下達郎のライヴはなんとしても見たかった。が、あまりの人の多さに恐怖を感じてステージが見えるところまで出かけてはいない。簡単には帰ってこられないと思って、フジロック・エキスプレスの本部裏で音を聞いてたにすぎない。

「仕事がどうなるかわからないんですけど、見に行きたいですよ。竹内まりやが出てきたら… もう、奇跡ですもの」

と、語っていたのは苗場プリンスで働いているスタッフの方。さて、彼はその奇跡を体験できただろうか。あの時の騒ぎや興奮は本部裏にも伝わっていた。実際に見に行った仲間からは、目の前で泣きそうになっていたのは日本人じゃなくて、アジアのどこかから来た人だったとか、海外からのお客さんがやたら多かったなんて話しも伝わっている。

山下達郎の方針としてライヴは放送させないんだとか。でも、それでいい。スクリーンを通じて伝わるのはその一部。Be there or be squareとはよく言ったもので、そこにいなけりゃわからない。うだるような暑さに襲われていたあの日、ひどい雨にやられてしばらくの後に始まったあの時の空気や臭い… そのなかで待ちわびた人たちが最初の音を聞いた時の興奮がどれほどのものだったか。ステージから放たれる音楽が空気を揺らして、それを全身で浴びる感覚はお茶の間ではわからない。さらに、フジロックそのものの魅力は伝わりようがないだろう。

あのステージに近づけなかったおかげで、苗場食堂で目撃することになったのがクリス・ペプラーのバンドだった。

「J-Waveで番組をやっているんですけど、そこで言ってたんですよね。今年のフジロックの一押しは、間違いなく山下達郎だよねって。そしたら、真裏で演奏ですからね」

と苦笑いしながら続けたライヴ。素晴らしかった。スライ&ザ・ファミリーストーンの『Thank you』をカバーしたのは、スライ・ストーンへのトリビュートなんだろう。そこにはブラック・サバスのフレーズも飛び出していた。言うまでもなくオジー・オズボーンへの感謝の気持。めちゃくちゃ嬉しかった。

始まるまではずいぶん長い時間を待たされるように感じるけど、動き出すと一瞬のうちに終わってしまうのがフェスティヴァル。どこかでメンバーには出会えてもライヴを見ることができなかった友人のバンドは数え切れない。出店している仲間たちにもわずかに挨拶できたに過ぎない。会場内外を歩きながら、できるだけ多くの仲間たちと言葉を交わそうと思うけど、なかなかうまくはいかない。そして、気が付くと最終日。いつものように夜明けを迎えるパレス・オヴ・ワンダーあたりに顔を出すのだ。そこで体験できるのが至福の時。会場から流れ出てくる人たちの表情が素晴らしい。若干の疲れを見せながらも、誰もがニコニコ、ニヤニヤと笑顔を見せている。それだけで「楽しかったよ」と語りかけてくれているように見える。名残惜しそうな表情を浮かべながら、たむろしている人も多い。クリスタル・パレスから音が消えて、バーのテントも最後の曲を流している。ザ・ハイロウズの『日曜日よりの使者』。それを大声で歌っている人たちに感動しながら、撤収作業に向かう。ありがとう。今年もフジロックに来てくれて。きっと、来年も、また会えるよね? 心の中で彼らにそう語りかけながら、今年の幕が下りていった。

さて、自分が体験できたフジロックはほんのわずかな部分でしかない。でも、全国から駆けつけてくれたボランティア・スタッフが、馬車馬のように働きながら続けてくれたこのがフジロック・エキスプレス。ここにもっともっとたくさんの「しあわせ」の瞬間 が刻まれているはず。これを書き上げて一段落したら、また、ジックリと拝見しようと思う。ありがとう。みなさんは、私の宝物です。

なお、今年動いてくれたのは以下のスタッフとなります。

■日本語版
HARA MASAMI(HAMA)、安江正実、堅田ひとみ、リン(YLC Photography)、森リョータ、みやちとーる、古川喜隆、おみそ、平川啓子、佐藤哲郎、©2025MITCH IKEDA、前田俊太郎、井上勝也、suguta、粂井健太、エモトココロ、Miyaryo
東いずみ、渡辺紗礼、YAMAZAKI YUIKA、越川由夏、浅野凜太郎、こっこ、Izumi、Eriko Kondo、阿部光平、丸山亮平、梶原綾乃、阿部仁知、イケダノブユキ、三浦孝文、石角友香、あたそ、西野タイキ

■E-Team
Jonathan Ruggles、Sean Scanlan

■フジロッカーズラウンジ
mimi、obacchi、SEKI、yamato

■ウェブサイト制作&更新
平沼寛生(プログラム開発)、迫勇一、坂上大介

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羊文学 https://fujirockexpress.net/25/p_1049.html Tue, 29 Jul 2025 04:22:59 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1049 2016年の光景を覚えている。私は、ルーキーアゴーゴーで彼女たちを目撃し、急いで物販の列に並んだ。かつて想像できた売れ方を遥かに超えた人気の今、とても驚いている。羊文学のような繊細な音楽が広く人々に受け入れられていることが素直に嬉しい。

照明が落ちて、塩塚モエカ(Vo.Gt.)、河西ゆりか(Ba.)、サポートは元CHAIのYUNA(Dr)が登場。“Addiction”のベースとドラムのビリビリとした音像にすっと入ってくる塩塚の透き通った歌声。手をくねらせ笑い、喜びがいっぱいのスタートだ。

塩塚と河西が向き合いながら音をあわせ、よりドープな空間になっていく“Burning”。底の知れない羊文学の世界にうずぶずぶ沈んでいくようだ。脈打つドラム、キレイなファルセットが苗場の自然に抜けていく“絵日記”など、休みもなく立て続けに披露していく。“深呼吸”から“Flower”の流れでは、塩塚の目がときに憂いときに殺気立ち、曲の強弱をより確かなものとしていた。“光るとき”のスモークにあふれる中、世界は美しいと歌う塩塚の優しく儚い笑顔が眩しかった。

赤い照明がステージを包み、“FOOL”に突入。その勢いで“祈り”に流れ込み、後半からは力を増していくばかり。塩塚と河西の織りなすハーモニーが美しく立つ。エフェクターをいじり、ぐわんぐわんと歪む会場の中、ストンと“more than words”に落ちる。“GO!!!”ではクラップが湧き、観客もまるごと一斉にGO!をする。“OOPARTS”をしっとりと聴かせたら、最後に飛び跳ねたり音をかき鳴らしたりして、時間を惜しむようにHAIMにバトンを託していった。

暗闇の中から手探りでランタンを探すような不安感、人生の苦悩などを、か細くときに力強く描いていく羊文学のサウンド。より多くの人の耳に入ったことで、孤独でも孤独じゃないと人々は思えるようになったはずだ。リハーサルで演奏した“1999”をはじめ、“あいまいでいいよ”、“マヨイガ”などを抜いた攻めのセットリストだった。ヒットに恵まれた中で今一度羊文学の現在地を見直すようなステージに、こちらも背筋が伸びたような気がした。

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Suchmos https://fujirockexpress.net/25/p_1036.html Tue, 29 Jul 2025 01:52:48 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1036 Suchmosが7年ぶりに苗場に帰って来る。今年6月に行われた活動再開ワンマンライブには多くの応募が殺到してプラチナチケットになったこと、HSUについて言及されたMCなど、話題を呼んだばかりだ。

しんと静かな22時のホワイトステージにたっぷり炊かれたスモーク。じっくり長い入場SEを経てYONCE(Vo)、TAIKING(Gt)、TAIHEI(Key)、山本連、(Bs)、Kaiki Ohara(Dj)、OK(Dr)がそれぞれ位置につく。一部のメンバー達は手を上げ、こちらの歓声を受け止めていた。

寄せては返すパーカッションの流れを感じると、“pacific”へ。煙の中に立つYONCEのシルエットは、すっとまっすぐで、どこか遠くを見つめている。“Eye to Eye”では、TAIHEIのセンチメンタルな調べが響き、OKのジャジーなドラミングに揺らされる。YONCEの歌声を追うTAIKINGのカッティングが鮮やかだ。

驚いたのは、「7年前にやり忘れた曲をやります」と“STAY TUNE”が披露されたこと。アレンジも軽めに、本当にあっさりとした歌いこなしで披露するYONCEから、不器用な照れくささが伝わってくる。ヒット曲との向き合い方が難しいことはロックバンドあるあるだと思うけれど、これが彼らの素直な今の選択なのだなと感じた。

背景の液晶は「808」を表示し、宣言どおり“808”へ。Kaikiのスクラッチは心地よく、山本のブリブリのベースラインに、「show me a dance!」を連呼するYONCE、これはがっつり踊らせてくる。中盤からは1音1音ずつ皮が剥けていくような、先へ先へとつながる展開に耳が離せなかった。

「2018年ぶりなんで…」とYONCE言うと、バンドが紀元前2年前くらいから活動している(※YONCE調べ)ことになってしまって、会場は笑いが起きる。7年ぶりのフジロック出演、待っていたという人も初めての人も、ありがとな!と感謝を述べ、がっぽり稼ぎに来たと活動の積極ぶりをアピールした。

ジャジーなキーボードとAORがたまらない“BODY”、YONCEの自在なスキャットを味わえる“PINKVIBES”、ソウルフルな空間に圧倒される“Alright”などが立て続けに披露される。“Marry”ではタバコを吸いだしたり、“VOLT-AGE“では手を出しピースサインから「これはフォーク」とフォークボールの握りを突如披露。とどめに“YMM”は、2本の指で両目まぶたを引き上げて白目の変顔!音楽性も佇まいもすでにかっこいいのに、さらに自由でやんちゃなものだから、最高にしびれる。

告知は「EPツアー、EPツアー、EPツアー…」と、お察しくださいくらいのスピードで済ませて、ここまでを語るYONCE。2014年のルーキーは11年前。あの頃ピチピチだったお肌は……と時の流れを振り返ったりもした。フジロックは特別な場所だという気持ちは、MCで発する言葉以外からも存分に伝わってきた中で印象的だったのは、自分のために生きようということ。また会いましょう、それまでは生きていてほしい。前方で倒れたファンを気遣いながら、(ライヴを見ることは)命をかけることじゃないよ、とも語った。

アンコール“GAGA”を満員のオーディエンスと迎えると、「木々への感謝は忘れてはいませんが……ゆくゆくは木々から感謝される人を目指したいと思います」と、かつてのMCを更新。音楽への愛、フジロックへの愛と、生命力にあふれるステージだった。喜びも悲しみも背負ってきた彼ら。その溜まっていたものをふっと開放するような場所が、ここ苗場であってほしいと思った。

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ROYEL OTIS https://fujirockexpress.net/25/p_1050.html Sun, 27 Jul 2025 15:09:58 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1050 18時すぎのホワイトに、ロイエル・マデル(Gt)と、オーティス・パヴロヴィッチ(Vo)からなるオーストラリア出身のデュオ、ロイエル・オーティスが登場した。ドラムとキーボードを従えた4人編成。メンバーが揃うと、蛍光ピンク色のバックスクリーンに「(this show has now Started)」という文字が現れ、なんだかおしゃれだ。カップルがイチャつく甘酸っぱいVJを背景に“Going Kokomo”が始まる。

その流れのまま“Adored”、VJに曲名が表示されて“Heading For The Door”。たっぷり響くロイエルのギターは、青春のきらめきそのもので、オーティスのクールな歌い口は、低体温でも情熱がある。2010年代のローファイなインディ・ロックを再び持ち込んで現代に落とし込んだようなサウンドに、心をぐっと掴まれてしまった。

スクリーンの文字は「(Welcome to the show)」に変わり、オーティスは「ありがとうございます!」と挨拶。レモンサワー缶を持って、日本語で乾杯した。80’Sシンセ・ポップな“Kool Aid”は、メロの強さにくらくらくる。“moody”は、グランジっぽいギターサウンドの中で浮遊しているような、不思議な心地よさがあった。

新曲“car”で歓声が上がる。こりゃまたイチャつく男女のVJが流れるが、ROYEL OTISをバックに恋愛映画のワンシーンを見せられているようで、ちょっぴり恥ずかしく切ない。音源よりもローがぱきっと効いたバンドサウンドはライヴならでは。VHSの質感みたいにざらつくギターに包まれて、この苗場のホワイトステージの景色もどこか現実感がなく、思い出の1ページを傍観しているような気持ちになった。

スクリーンの文字は「(Dance with the person next you)」に変わり、“I Wanna Dance With You”に。パンク&カントリー感のあるダンス・ソングに会場は酔いしれる。オーティスのクラップから“Bull Breed”へ、そしてそのまま”Fried Rice”までつながる展開には心躍った。

終盤はThe Cranberriesのカバー曲“Linger“、クラップに包まれながらの“Oysters In My Pocket”で幕を閉じる。シンセのピースフルな調べと、陽気なリズム隊に包まれながら、この夏のピークがここROYEL OTISのステージに詰まっていたことを実感した。この懐かしくも新しい手応えに、またくすぐられたいと願っている。

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ENGLISH TEACHER https://fujirockexpress.net/25/p_1078.html Sun, 27 Jul 2025 13:01:30 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1078 蒸し暑くて、人もぎゅうぎゅうのレッドマーキーに現れたのは、UKリーズの4人組ポストパンク・バンド ENGLISH TEACHER。デビューアルバムが高い評価を集め、今年の注目アクトとされている。メンバーは、ニコラス・エデン(Ba.)、ダグラス・フロスト(Vo./Pf/Dr.)、リリー・フォンテイン(Vo./Gt./Synth)、ルイス・ホワイティング(リードGt./Synth)。さらにキーボードを迎えた5名編成だった。

のっけから“The World’s Biggest Paving Slab”の胸高まるドラミングで幕があき、リリーは「フジロック!」と叫ぶ。“I’m Not Crying, You’re Crying”でキュートでタフなリリーの歌声が会場をぐるんと包み、中盤から徐々にボルテージを上げていくサウンドにテンションが上がる。どこかポエトリー・リーディングっぽい語り口の“Mental Maths”や、跳ねるようなリズム隊がダンサブルに化ける“A55”など、ポスト・ロックなサウンドを基軸に、強すぎず弱すぎないしなやかなリリーの歌声が乗っていく。

音源で感じていたような浮遊感よりもロック色は強め。頭一つ抜けるようなキラーチューン感はなくて、サウンドもパフォーマンスも、正直に言ってしまえば単調な部分が多いバンドだと思った。それでも、後半の展開はとてもドラマチックで、“Broken Biscuits”から“Toothpick”、“Billboards”の流れは、1曲のスケール感があり、歌もわかりやすくドラマチックだったように感じた。これから磨かれていった先に見えるパフォーマンスに期待したい。

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el tempo https://fujirockexpress.net/25/p_1216.html Sun, 27 Jul 2025 12:56:36 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1216 最終日のピラミッドガーデン、眩しい日差しの中多くの人々を集めていたのは、El tempo。シシド・カフカ主宰のプロジェクトで、昨年もここで演奏をしていたようなのだが、見るのはこれが初めて。

大きなステージには総勢10名のバンドメンバー(その都度変わるようだけど、錚々たるメンツ!)が位置につき、中央にシシドが立つ。このプロジェクトは「ハンドサイン」と呼ばれる指揮を駆使して行われる即興演奏で、こちらに背を向けるシシドはコンダクターである。手を回したり、指を指したりして、リアルタイムで演奏方法や奏者を指定するシシド。その場で湧き上がる言語と音楽に会場は夢中になった。

床を拭くような動きのハンドサインは、踊らせるようなリズムがほしいとき。何かを持つようにU字型のハンドサインは、リズムをループしてほしいとき。マリリン・モンローのボディラインをなぞるような波打った動きは、ソロを演奏してほしいとき。どれも具体的な指示ではあるものの、詳細な演奏は奏者に委ねられているのが意外だった。パフォーマンスが高く、瞬発力もあり、なおかつハンドサインを理解しているバンドメンバーたちの凄まじさにただ圧倒された。パーカッションメンバー多めのトライバルなビートに、ベースラインが波打ち生まれるオーガニックかつエキゾチックなサウンドは、この会場にぴったりだ。

プレイ中、何度かこちらの反応をうかがうシシドだったが、最終的に私たちは彼女のハンドサインのもと、手拍子で曲に参加させていただくことになる。最初はよくわからないままだったけれど、なんとなく飛び込んでみれば怖くなかった。最後のほうにはなんとなくわかってきて、それが嬉しかった。シシドと入れ替わりでコンダクターを務めるメンバーも何人かいて、みんな演奏を楽しんでいる様子も含めてまるごと楽しかった。

音楽は自由で開けたものだけれど、今ここでel tempoにしかわからない共通言語で対話が繰り広げられているという事実が、なんだか面白かったし、そのパフォーマンスにちょっと嫉妬した。私ももっとわかりたい。音楽って、コミュニケーションだなあ。

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NIGHT TEMPO https://fujirockexpress.net/25/p_5789.html Sun, 27 Jul 2025 05:19:50 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=5789 時は昭和100年。愛すべきポップスを現代へ落とし込んだ昭和グルーヴシリーズも気づいたら20作を超えていて、フジロックの夜の顔としても定着しつつあるNight Tempo。過去は渡辺美里の“My Revolution”で爆上がりしたり、 FANCYLABOのお披露目、野宮真貴とのコラボがあったりと、何かと話題は尽きなかった。

今回は昭和グルーヴを中心としたシンプルなDJセットで、どちらかというと初出演時に近い印象だった。アニソン、ゲーム音楽、演歌の流れをもって、昭和グルーヴに突入する流れだった。

まずはアニソンコーナー。カードキャプターさくらの“Catch You Catch Me”、スラムダンクの”君が好きだと叫びたい”などから八代亜紀“雨の慕情”、石川さゆり“天城越え”などをカットアップしたアップテンポなナンバーが続き、展開はゲーム音楽へ。ドラゴンクエスト、ゼルダの伝説などミックスを次々と披露し、“Wonderland (feat. BONNIE PINK)”を挟むと、いよいよ昭和グルーヴタイムが始まった。

郷ひろみ“お嫁サンバ”、西城秀樹“YOUNG MAN (Y.M.C.A.)”ときて、みんなでYMCAの振りで踊る。ぶっちぎりで歓声が上がったのは、泰葉“フライディ・チャイナタウン”で、フロアは大合唱に包まれた。吉田美奈子“愛は思うまま”、杏里“Good Bye Boogie Dance”と、昭和グルーヴムードはより深みを増していく。八神純子”黄昏のBAY CITY”にさしかかったら、急に美空ひばり”お祭りマンボ”を挟む遊び心もあり、オメガトライブ“君は1000%”で二度目の頂点を迎えた。

ネットで自分がバズったきっかけになった曲の、オリジナルの方がいらしていて……と控えめなMCを挟み、「ネットカルチャーにはネットカルチャーの良さがあるから、曲やっちゃう?」と、“Plastic Love (Night Tempo 100% Pure Remastered)”。昭和100年のこのタイミングに、数々の偶然が回り回ってフジロックのNight Tempoが回収するという、ちょっとドラマチックな展開だった。

後半は、スペクトラム“トマト・イッパツ”、Wink“淋しい熱帯魚”などで、本日かける曲のネタ切れを宣言。高橋洋子“残酷な天使のテーゼ”、八神純子“みずいろの雨”など定番ソングを立て続けに披露して締めた。

TVにも出演し、お茶の間でも市民権を得た……と思っていたら日本に移住し、そちらの意味でも市民権を得たNight Tempo。日本にときめきを感じながら日々暮らしている彼の、より解像度の上がった昭和&平成の世界をまた見せてもらいたい。

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MEI SEMONES https://fujirockexpress.net/25/p_1080.html Sun, 27 Jul 2025 05:10:35 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1080 最終日、昼間のレッドマーキー。ちょっぴりうたた寝をしたいくらいの心地よい時間に登場したのは、ミシガン州アナーバー出身のシンガー・ソングライター、Mei Semones(芽衣シモネス)。日本人の母を持つ23歳で、名門・バークリー音楽大学の出身だという。彼女一人で舞台に立つのかと思いきや、今回はバンドセットらしい。

バックスクリーンには、ドリーミーなカラーの背景に、「芽衣 Mei Semones」と書かれた動く手描き文字、空想上の動物たちが描かれている。ビオラとヴァイオリン、ベースとドラムによるバンド4名を引き連れて登場したMeiは、迷彩柄のTシャツに白いミニスカート。ぎこちない様子で始めたのは“Tegami”。ストリングスの広がる豊かな空間に広がる澄んだ声。日本語だけれど、外国語らしい華やかさのあるMeiのヴォーカルに、さっそく釘付けになる。

“Wakare No Kotoba”は、低音しっかりのバンド感でもって披露される。ストリングスがくっきりと立ち上がる中で、儚さを保ったまますんと立ち続ける歌声が素晴らしい。“Kemono”のようなバンドサウンドでは、声を張るような歌い方で魅せ、彼女の声に隠れるハスキーな部分が強調されていたのが良かった。

楽しみにしていた人気曲“I can do what I want”は、ゆったりとしたドライブの中で、発進と停止を繰り返すような曲。ルミナスオレンジとか、オレンジノイズ・ショートカットを思い出すポップで爽快なメロディが癖になる。“Rat with Wings”では美しいアルペジオがこだまして、バックバンドに頼らず、ギターをただひとりで担うMeiの頼もしさとテクニックを知れる1曲だった。

“Tegami”みたいなボサノバ曲から、“I can do what I want”みたいなネオアコソング、ラストに披露された“Kodoku”みたいなオルタナ歌モノっぽい曲など、幅広い世界を持ちながらも、その歌声から「Mei Semonesっぽさ」がすでに確立されているのがすごいと思った。このあと予定している日本ツアーを走りながら、またいろいろな景色をみて多様な曲を生み出していってほしいと思った。

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toconoma https://fujirockexpress.net/25/p_1191.html Sun, 27 Jul 2025 05:01:05 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1191 22時すぎの苗場食堂に人がびっしり!純国産インストバンド・toconomaの登場だ。2022年のヘブンに続き3度目となる出演。ミュージシャンとして長いキャリアを持ちながら、平日は社会人、週末はバンドマンとして活動していた彼らは、フリーランスの独立や飲食店の開業など、いろいろな人生の動きがあった。

「足腰が限界です。限界の者同士、さらに限界を目指しましょう」とスタートしたのは、“Evita”。「踊る準備、できてますか〜!」の煽りにあわせ、フジロッカーたちの限界足腰がみるみる復活していくのが見えた。ネオンのように輝くスペイシーなキーボードと、ハイハットのチキチキ感が心地良い“Futurez”は、太いギターが絡む終盤の展開にアゲられた。そのままのノリで“under warp”に映ると、ミニマルなフレーズがグルーヴの上できらめき続け、私達を踊らせまくってくる。オリエンタルな“Touch the moon”と、原曲よりも切なげな“Syncer”に、夜のチルタイムを感じずにはいられない。

終盤は、toconomaの大爆走だ。タイトなリズム隊がかっこいい“Vermelho Do Sol”、大クラップの中迎えた“Relive”。ラテンなキーボードソロ、最後の最後まで走り続けていく。大歓声の中、急遽アンコールが叶い披露された“yellow surf”は、それまでよりも音数少なく、シンプルなアルペジオのフレーズが際立つ1曲。静かなところからじわじわと音数を増やし、世界を押し上げていくようなダイナミックな展開で魅せていく。おちゃめに動くベースライン、ロマンチックなフレーズ。最後の細かなところまで聴きどころのあるラストだった。

「また苗場で会いましょう!」とメンバーたち。過去のヘブンでのステージも良かったけれど、ここ苗食のちょうどいい床の間感もクセになるなと思った。

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サンボマスター https://fujirockexpress.net/25/p_1064.html Sat, 26 Jul 2025 14:55:33 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1064 疲れた社会人だから、励ましてもらいたくてサンボマスターに来た。グリーンステージでは山下達郎がまだプレイしているころだけれど、レッドマーキーには人、人、人。さすがの人気、それはそうだ。大きな拍手で迎えられた彼らは、力いっぱいの”輝きだして走ってく”を披露する。正直、最初から「かかってこいよ!」「準備はいいか、レッドマーキー!」とか、煽ってこられてもあまりノレなかったひねくれ者リスナーもいただろう。私もちょっとそうだった。しかし、山口隆(Vo&Gt)は想像以上に本気でぶつかってくる。“ミラクルをキミとおこしたいんです”で「おめえとミラクルを起こしにきた」「お前らがヘッドライナーだ!」という強い言葉たちに、心を動かされずにはいられない。「全員優勝」コールが会場を包む。このステージの目指すところは、フジロックでの全員優勝。仕事だいじょうぶかなとか、次の移動どうしようかとか、そういう焦りやモヤモヤをすべて打ち消すくらいのでっかい気持ちだ。

スクリーンに8時のカウントダウンが表示され、「時間は8時になりました!」と、夜20時すぎの苗場に“ヒューマニティ!”が始まる。朝の情報番組「ラヴィット!」のタイトルロゴと背景が表示され、お茶の間と苗場がつながってひとつになった。会場のテンションはMAXを更新し続ける。続いて“青春狂騒曲”では大シンガロングが起こり、山口のギター・ソロがパシッとハマる。“とまどうほどに照らしてくれ”では、近藤洋一(Bs)、木内泰史(Dr)が確かなリズムを前進させ、山口の強い願いの込もった歌声が響き渡る。レッドマーキーの屋根を突き破り、苗場の高い空から降り注ぐように。呪いを解きにきたんだと語る山口に、会場では涙を流す客も。今日までつらかったよね、と私は心の中でそっと声をかけた。

「戦争を止めるぜ、愛と平和!」という叫びが印象的だった”世界はそれを愛と呼ぶんだぜ”、フルで大合唱が起こった”できっこないをやらなくちゃ”など、キラーチューンがずっと続いていく。私は疑い深い人間だから、愛とか平和とか言われてしまうと、「それは本当なの?」って思っちゃうタイプ。でも、サンボマスターのライヴは嘘がない。本当の本当の本当に愛と平和を目指しているし、その瞳は全員で優勝を目指しているんだ。

山口は語る。自分がいなくてもいいと気づいてしまったのは、こんな土曜の夜だった。そんな自分の前にロックンロールが現れた。ロックンロールは死にたくなった人を探しに来ると。その流れから”Future is Yours”に突入する流れは、とてもドラマチックで、完全に心打たれてしまった。繰り返される「君はいたほうがいいよ」の言葉は、かつて死にたくなっていた山口と、死にそうになっていたリスナーたちと、これから生まれるロックスターの原石たちすべての心をほぐしていくようだった。泣いている観客に「なんで泣くのよ。冷静になっておじさんの顔よく見てみろ?ほら、笑った!」というMCの展開もとても愛おしかった。

今回、山口はしきりに「伝説」と「ロックンロール」を強調していたが、その答えがここにあった。「おい、こんちゃん、木内、思いっきりやってやろうぜ」と言うと、突如ザ・クロマニヨンズ“タリホー”が演奏される。会場がざわめくと、そこに、ヒロトとマーシーが登場した!!喜びとパニックでいっぱいになる会場で、ザ・クラッシュの“White Riot”が披露され、山口もこちらも感極まってしまった。あっという間のステージを2人がはけていき、最後は“ロックンロール イズ ノットデッド”でライヴを締めることになる。今振り返っても頭がふわふわしていて、あれは夢だったのかもしれない。でも、自分の前にロックンロールが現れて、「君はいたほうがいいよ」と確かに言われ、めちゃくちゃ元気に生きたくなった。山口がかつて体験したことを、我々もここ苗場で体験したのではないか?

「俺、なにも新しいことはしたくねえ。おんなじことやるだけ」と山口は言っていた。サンボマスターはロックンロールの列に並んでいて、さあ次は誰が続く?こうして伝説は引き継がれていくんだろうなと思った。

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