“suguta” の検索結果 – FUJIROCK EXPRESS '25 | フジロック会場から最新レポートをお届け https://fujirockexpress.net/25 FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)を開催地苗場からリアルタイムでライブレポート・会場レポートをお届け! Tue, 12 Aug 2025 07:23:59 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.8.2 「もうええやろ。そろそろ辞めようか…」と考えたことが幾度かあった。でも、辞めなくてよかったね。やっと、「いつものフジロック」が戻ってきた…かも。 https://fujirockexpress.net/25/p_9083.html Sat, 09 Aug 2025 02:09:19 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=9083 我々が愛情と尊敬の念を持って大将と呼ぶのが、フジロックを創造したプロデューサー、日高正博。その彼に「俺がやりたいことを一番わかってるのがお前だ。手伝ってくれ」と言われて、黎明期のインターネットを核に情報発信を始めたのは第1回が開催された1997年が開けた頃だった。それからすでに28年が過ぎている。あの年、台風の影響で生まれた混乱や2日目のキャンセルで荒れまくったのが公式サイトの掲示板。それを公式から切り離し、コミュニティ・サイトとして、その年の暮れか翌年にfujirockers.orgを立ち上げている。それは大将と相談の上で生まれた、いわば、裏公式サイト。フジロッカーという言葉を生み出したのもこの時だ。個人として積極的に発言できる場として彼は幾度となく、ここを通じてメッセージを発信。直接、オフ会に顔を出すことさえもあった。ところが、コロナ禍で参加者が抗原検査を余儀なくされ、全面禁酒に加えて小規模開催しかできなかった21年を境に彼の言葉がほとんど聞こえなくなっていった。我々が彼の「指名手配」写真をパロディ化したTシャツを制作したのは、それを受けていた。なによりも大将が描いたフェスティヴァルを楽しみにしているのがフジロッカー。それほどまでに彼は求められている(「Wanted」)という意味をここに込めていた。このTシャツが最も参加者数が少なかったフジロックで、fujirockers.org史上最高の売り上げ枚数を記録。それはフジロッカーと大将が強い絆で結ばれている証のようにも思えていた。

その大将が「もうどうでもいい。放っとけ」と口にしたのは22年か。彼の体調が悪くなったのは、フジロックがただの野外コンサートにしか見えなかったあの頃からではなかったか? 人気エリア、カフェ・ドゥ・パリ周辺がフード・コードになり、パレス・オヴ・ワンダーにいたってはその片鱗さえなかった。主催者には苦渋の決断だったかもしれないが、あれを「フェスティヴァル」と呼ぶには無理がある。それにも関わらず、「いつものフジロック」を謳っていることに大きな失望を感じていた。もう辞めようか… fujirockers.orgも解散してしまおうかという思いが脳裏をよぎっていた。それでも自分をつなぎ止めたのはスタッフを含め、フジロックの存続を支えようとしていたフジロッカーたち。あの時、「フジロックがない人生なんて考えられない」という声を耳にしていた。そんな彼らがこのままじゃ終われないという気持ちにしてくれたように思う。もちろん、あの流れに抗い、フェスティヴァル復活を目指して必死に動き続けていた裏方がたくさんいたことも忘れてはいけない。

そのフジロックを触発した英国のグラストンバリー・フェスティヴァルを初体験したのは1982年にさかのぼる。当時、まだ20代だった自分はすでに高齢者と呼ばれる年齢になっている。あの時とは比べることができないほど巨大化したこれを取材し続ける意味はあるのか? ここ10数年悩み続けていた。そろそろ潮時かもしれないと思ったことが何度もあった。メディアが求めるのはステージに姿を見せるアーティストのことばかり。でも、それは、おそらく会場の20%にも満たないスペースで繰り広げられている一部分にしか過ぎない。だからこそ、ラインナップがほとんどわからない時点でも、20万枚以上のチケットが20~30分で完売となる。あのフェスティヴァルの魅力はメディアがほとんど取り上げない、その他にあるのだ。が、それを伝えるメディアはほとんど消え失せている。加えて、毎回同じことを書くわけにもいかないと、ここ数年はグラストンバリー未体験の若手ライターや写真家を同伴。彼らの新鮮な視点で伝えられる記事を楽しむようになっていた。開催時期に入院していた1995年を除いて、欠かさず通い続けて今年は43年目。もうなにも目新しいものはないと予測するのが普通だろう。が、待っていたのは「伝えなければいけない」という衝動を生む出来事や人との出合い。それが嬉しくて、また語り、書き続けていくことになる。

そのひとつが今年の前夜祭でレッド・マーキーに集まったみなさんの集合写真を撮影する時に語ったことだった。

「The Whole Farm’s the stage and all of you are players」

そんな言葉が書かれたポスターが、取材拠点となるプレス・テントを出た広場の壁に飾られていた。これは会場内で古ぼけた活版印刷の機械を使って毎日新聞を発行している地元のスタッフが作った1枚。それにハッとさせられるのだ。ここに書かれているfarmとは会場となっている農場を示す。簡単に訳せば「会場全てが舞台(ステージ)で、あんたたちみんなが演者(プレイヤー)なんだ」となる。

Photo by 阿部光平

フェスティヴァルの魅力…あるいは、そこで生まれるマジックの所以をこれが見事に語りかけているように思えていた。「自然に囲まれた環境がフジロックの魅力ですよ」としたり顔で語る業界人は多い。でも、それは要素のひとつにしか過ぎない。また、「ユニークなラインナップ」も間違ってはいない。が、フジロックというフェスティヴァルの魅力ってなになんだろうと考えた時、グラストンバリーでみつけたあのフレーズがピンとくる。おそらく、苗場にやって来る人たちの想いがなにやら磁場のようなものを生み出し、それがフェスティヴァルを作り出しているんじゃないだろうか。

フジロックに絡んで始まったのが年に3回ほど開催されている苗場のボードウォーク・セッション。全国からその補修をするために集まってくるヴォランティアのみなさんとはすでに顔なじみで、会場で彼らとよく顔を合わせている。今年は行けなかったが、フジロック直前の7月のセッションの時には会場設営が始まっていたはず。ここに舞台設営にPA関連、テント設営からトイレの準備と、多くの人が加わっていく。そして、前夜祭前日まで、汗まみれで働いているのが、ゴンちゃんの制作チームやパレス・オヴ・ワンダーのスタッフ。と思えば、ボードウォークを歩いていると、様々なオブジェを作っているアーティストたちが目に入る。その誰もが笑顔で輝いている。出店しているブースの飾りやデザイン担当から、その裏で働く人たちやフジロックを支えてくれる地元のみなさんの想いをひしひしと感じるのだ。

そこに雪崩れ込んでくるのが、全国どころか全世界から集まってくるオーディエンス。なかには思い思いのコスチュームに身を固めて遊んでいる人や楽器を持ってきて演奏する人もいる。今年はゲリラDJも出没したんだそうな。彼らから放たれるエネルギーがなにかを揺り動かし、それが共鳴しながら拡散、拡大されていく。ステージに立つミュージシャンの演奏がそこに重なって有機反応を引き起こす。それが奇跡的なパフォーマンスの数々を生み出しているようにも思えるのだ。フジロックでのライヴ体験の素晴らしさの背景にはそれがある。DJブースは、もちろん、カフェやバーに食事を提供するストールでも同じこと。見ず知らずの人にだって、当たり前のように話をすることができて、あっという間につながりができる。そんな空気がここに出来上がっている。

そのフジロック、今年は7月19日に始まっていた。前夜祭は7月24日なのになぜ? と思われるかもしれないが、その前の週末に幕を開けたのがフジロックの一部、ピラミッド・ガーデン。会場の端っこにあるここが「Beyond the Festival」と銘打って単独開催されていた。フジロック独特の磁場がゆるやかに、本番に向かって確実に強くなっていたのを、ここに遊びに来た人たちなら、感じることができただろう。

主催していたのは2010年からこのエリアを任されていたキャンドル・ジュン。彼のフェスティヴァルへの想いがこれを動かしていた。それは大将が抱いていた「想い」にも繋がっている。ずいぶん昔のこと、彼が口にしていたのは「1週間ぐらい開催するってのもいいなぁ」というアイデア。ひょっとすると、そのあたりに伏線があったのかもしれない。大将がなによりも求めていたのは、ラインナップに依存することなく、「フジロックだから」こそ戻ってきたいと思わせるフェスティヴァルを作り上げること。そんな想いをピラミッド・ガーデンに詰め込もうとしたのが今回の試みだったのかもしれない。

ここにいるだけで気持ちよかった。ライヴを追いかけてあくせく歩き回ることもない。タイムテーブルはのんびりと余裕を持って作られているし、ライヴが中心でないのは明らかだ。釣り堀で釣った魚を料理して食したり、サウナで汗を流して冷たい水が流れる川に飛び込む。あるいは、ワークショップを覗き込んだり、日陰で昼寝をしたりと、ゆったりとした時間と空間の中に身を置くことだけで気持ちいい。生きていることのしあわせを充分に感じることができるのだ。

加えて、大将がいつも口にしていたのは「地元の人たちと一緒に作る」という意識だった。都会から地方に来た企業が利益を吸い上げ、地元はおこぼれを授かるだけといったイヴェントのあり方を彼は嫌悪していた。ピラミッド・ガーデンに反映されていたのがそれだった。後援は地元の湯沢町で、一役買っていたのが苗場観光協会。実は、この閉幕からフジロック開催までの間に会場を使って開かれたのが、フジロックに大きな貢献をしている地元若者の結婚式だった。これが今後、どういった展開を見せるか未知数だが、フジロックや苗場を愛する人たちにもそういった場として、この時間と空間を提供していきたいとのこと。興味がある方は観光協会へ問い合わせてみたらどうだろう。

大将から「フジロック前に、みんなに伝えておきたいことがある」と連絡があったのはその取材をしていた時だった。それを受けて、東京のスタッフが彼を訪ねている。話題になったのはクロージング・バンド。その言葉からはこのプロジェクトに対する彼の並々ならぬ想いが伝わっていた。今年はそれだけにとどまらず、様々な指示を出している。ネパールのバンドを招聘したり、どん吉パークのDon’s CafeにDJを入れたいという依頼も届いていた。それを受けてフジロッカーズ・バーの常連DJに協力を依頼。「俺もDJするかも」なんて言われて、リクエストのあった昭和歌謡のシングル盤も用意していた。その1枚がクロージングに出演した尾藤イサオの大ヒット曲『悲しき願い』のオリジナル。もちろん、これはここで使っているし、最後のグリーン・ステージでご本人に見せると大喜びしてくれて、なんとサインもいただいている。

Photo by おみそ

Don’s Cafeは大将の盟友、池畑潤二率いる苗場音楽突撃隊がゲリラ的にライヴをする苗場のホーム。昨年はDJゴンちゃん夫妻がDJをしているし、彼のお気に入りバンド、USも演奏している。今年も同じだがホットハウス・フラワーズのリアムがここに加わり、ゴンちゃん夫妻に代わったのがフジロッカーズ・バーや仲間のDJたち。主要ステージでの演奏が終わる頃ともなると、大将を慕う仲間がここに集まってくる。といっても、実は、フジロック開催を前に「身体が持たないかもしれない」という情報もあって、大将の会場入りが危ぶまれていた。が、前夜祭の朝、東京を離れたという連絡が入ってひと安心したものだ。彼を訪ねると、血色もよくて、去年より元気に見えた。体調もよかったんだろう、毎晩、ここに顔を出して仲間と一緒に楽しんでいた。

そして、最終日、いきなり大将から呼び出しだ。DJの仲間とセッティングをしていたどん吉パークからとぼとぼ歩いて本部の隣を訪ねると、「フジロッカーになにかプレゼントしたいんだ」という。「じゃぁ、今年のポスターにサインしてよ」とお願いして、その様子を撮影。それを3枚受け取っている。さて、このプレゼント、どうしようか。大将へのメッセージを書いてもらうのを要件として、応募してくれた人から抽選するのがベストだろうと思う。もちろん、そのメッセージは彼に手渡すことにしよう。詳しくはこちらで確認していただけると幸い。

Photo by おみそ

クロージング・バンドが演奏する前に大将と一緒にグリーン・ステージ脇に移動。初めて顔を合わせる尾藤イサオと彼が談笑している姿がほほえましい。耳をそばだてているとエルヴィス・プレスリーがどうしたこうしたとロック談義が続いているのがわかる。このライヴに出演するみなさんと挨拶を交わしつつ、「お客さん、残ってくれてるかなぁ」と心配顔だった大将。でも、残って楽しんでいる人たちを見ると実に嬉しそうだ。そして、1943年生まれで御年82歳だというのに、とてつもなくソウルフルな尾藤イサオに大喜びしながら、『悲しき願い』を声を出して一緒に歌っているのだ。

「みんな、若いから知らないかもなぁ。でも、これは、俺からみんなへのギフトなんだ」

彼が愛して止まないロックンロールの名曲の数々を、日本の伝説的ロッカーに歌ってもらい、オーティス・レディングの名曲『ドック・オヴ・ザ・ベイ』をリアムにまかせる。そして、チェ・ゲバラと並んで彼のヒーローだというジョン・レノンの『イマジン』を加藤登紀子に託して幕を閉じる。そこには彼の想いがあった。

さて、今年のフジロックはどうだったか? なによりも嬉しかったのは愛知県豊田市で続けられている、おそらく、国内で最も素晴らしいと感じた『祭り』、橋の下世界音楽祭の仲間がフジロックの奥地を復活させたことかもしれない。印象的なステージを苗場に持ち込んで作り上げたのがオレンジ・エコー。これで明らかに観客の流れが変わっていた。彼ら独特の色を持つラインナップも興味津々で、あの世界がまだまだ広がっていくことを予感させる。地元新潟から三国トンネルを越えた群馬あたりの伝統工芸から民謡や芸能までがここに紛れ込んできたら… なんて夢みるのは、それこそ彼らが橋の下でやっていることだから。さて、来年はどうなるだろう。

また、子供の頃から、あるいは、生まれた頃からフジロックと共に育ってきた地元、苗場の若者たちがDJブース、Roots Grooveを動かし始めたのも特筆に値する。かつてワールド・レストランがあったエリアにGonchan Barを誕生させたのもそんなひとり。これで彼らもフジロックを作る一部となった。さて、これから彼らがなにをどうする? ボードウォークでのパーティは、もちろん、まだまだできることはあるはずだ。彼らからどんなアイデアが出してきて、どう発展させていくのか、それが楽しみでならない。

3年を費やして徐々に復活したパレス・オヴ・ワンダーとブルー・ギャラクシーがフジロックには「なくてはならない存在」だということを見事に証明していたのが今年。「ラインナップでしかチケットは売れない」ってのが、業界では常識らしいが、さて、どうなんだろう。圧倒的な人気を持つスターが演奏している時だって、ちっぽけなステージやDJがいるところには人が集まっていた。その全てがフジロックの魅力。だから、ここに来るのだ。

結局、今年も、雑務に追われて、ほとんどライヴを見ることはできなかった。6月にローマにまで出かけていって、魅力を伝えようとしたフェルミン・ムグルサもクリスタル・パレスでチラ見しただけ。楽しみにしていたホワイト・ステージにはたどり着けなかった。春ねむりを見ようとアヴァロンに向かうと、NGOヴィレッジで難民問題をアピールするブースで昔からの友人と遭遇して長話。結局、わずかな時間しかライヴには接することができなかったが、インパクトは強力で濃密だった。ちなみに、かつてワールド・レストランでフィッシュ&チップスを売っていたのが遭遇したイギリス人。映画にもなったワイト島ミュージック・フェスティヴァルを10代の頃に体験していて、東京でやったフジロッカーズ・バーに来てもらって当時の体験談を聞かせてもらったことがある。

多くの人がそうだったように山下達郎のライヴはなんとしても見たかった。が、あまりの人の多さに恐怖を感じてステージが見えるところまで出かけてはいない。簡単には帰ってこられないと思って、フジロック・エキスプレスの本部裏で音を聞いてたにすぎない。

「仕事がどうなるかわからないんですけど、見に行きたいですよ。竹内まりやが出てきたら… もう、奇跡ですもの」

と、語っていたのは苗場プリンスで働いているスタッフの方。さて、彼はその奇跡を体験できただろうか。あの時の騒ぎや興奮は本部裏にも伝わっていた。実際に見に行った仲間からは、目の前で泣きそうになっていたのは日本人じゃなくて、アジアのどこかから来た人だったとか、海外からのお客さんがやたら多かったなんて話しも伝わっている。

山下達郎の方針としてライヴは放送させないんだとか。でも、それでいい。スクリーンを通じて伝わるのはその一部。Be there or be squareとはよく言ったもので、そこにいなけりゃわからない。うだるような暑さに襲われていたあの日、ひどい雨にやられてしばらくの後に始まったあの時の空気や臭い… そのなかで待ちわびた人たちが最初の音を聞いた時の興奮がどれほどのものだったか。ステージから放たれる音楽が空気を揺らして、それを全身で浴びる感覚はお茶の間ではわからない。さらに、フジロックそのものの魅力は伝わりようがないだろう。

あのステージに近づけなかったおかげで、苗場食堂で目撃することになったのがクリス・ペプラーのバンドだった。

「J-Waveで番組をやっているんですけど、そこで言ってたんですよね。今年のフジロックの一押しは、間違いなく山下達郎だよねって。そしたら、真裏で演奏ですからね」

と苦笑いしながら続けたライヴ。素晴らしかった。スライ&ザ・ファミリーストーンの『Thank you』をカバーしたのは、スライ・ストーンへのトリビュートなんだろう。そこにはブラック・サバスのフレーズも飛び出していた。言うまでもなくオジー・オズボーンへの感謝の気持。めちゃくちゃ嬉しかった。

始まるまではずいぶん長い時間を待たされるように感じるけど、動き出すと一瞬のうちに終わってしまうのがフェスティヴァル。どこかでメンバーには出会えてもライヴを見ることができなかった友人のバンドは数え切れない。出店している仲間たちにもわずかに挨拶できたに過ぎない。会場内外を歩きながら、できるだけ多くの仲間たちと言葉を交わそうと思うけど、なかなかうまくはいかない。そして、気が付くと最終日。いつものように夜明けを迎えるパレス・オヴ・ワンダーあたりに顔を出すのだ。そこで体験できるのが至福の時。会場から流れ出てくる人たちの表情が素晴らしい。若干の疲れを見せながらも、誰もがニコニコ、ニヤニヤと笑顔を見せている。それだけで「楽しかったよ」と語りかけてくれているように見える。名残惜しそうな表情を浮かべながら、たむろしている人も多い。クリスタル・パレスから音が消えて、バーのテントも最後の曲を流している。ザ・ハイロウズの『日曜日よりの使者』。それを大声で歌っている人たちに感動しながら、撤収作業に向かう。ありがとう。今年もフジロックに来てくれて。きっと、来年も、また会えるよね? 心の中で彼らにそう語りかけながら、今年の幕が下りていった。

さて、自分が体験できたフジロックはほんのわずかな部分でしかない。でも、全国から駆けつけてくれたボランティア・スタッフが、馬車馬のように働きながら続けてくれたこのがフジロック・エキスプレス。ここにもっともっとたくさんの「しあわせ」の瞬間 が刻まれているはず。これを書き上げて一段落したら、また、ジックリと拝見しようと思う。ありがとう。みなさんは、私の宝物です。

なお、今年動いてくれたのは以下のスタッフとなります。

■日本語版
HARA MASAMI(HAMA)、安江正実、堅田ひとみ、リン(YLC Photography)、森リョータ、みやちとーる、古川喜隆、おみそ、平川啓子、佐藤哲郎、©2025MITCH IKEDA、前田俊太郎、井上勝也、suguta、粂井健太、エモトココロ、Miyaryo
東いずみ、渡辺紗礼、YAMAZAKI YUIKA、越川由夏、浅野凜太郎、こっこ、Izumi、Eriko Kondo、阿部光平、丸山亮平、梶原綾乃、阿部仁知、イケダノブユキ、三浦孝文、石角友香、あたそ、西野タイキ

■E-Team
Jonathan Ruggles、Sean Scanlan

■フジロッカーズラウンジ
mimi、obacchi、SEKI、yamato

■ウェブサイト制作&更新
平沼寛生(プログラム開発)、迫勇一、坂上大介

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寺尾紗穂 https://fujirockexpress.net/25/p_1117.html Sun, 27 Jul 2025 18:51:22 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1117 ASOUND https://fujirockexpress.net/25/p_1119.html Sun, 27 Jul 2025 18:34:31 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1119 佐野元春 & THE COYOTE BAND https://fujirockexpress.net/25/p_1051.html Sun, 27 Jul 2025 17:48:46 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1051 GALACTIC Featuring Jelly Joseph https://fujirockexpress.net/25/p_1100.html Sun, 27 Jul 2025 15:01:52 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1100 VAMPIRE WEEKENDの真裏。新設されたオレンジエコーでは、maya ongakuが異世界へと誘う頃、ヘブンには多くの観客がステージの前で待っていた。
オンタイム。体の準備はできているだろうけれど、心の準備はできてる?という煽りとともに、バンド名が叫ばれ、メンバーが次々と楽器の前に姿を現した。2025年、ヘブンを締める、GALACTIC Featuring Jelly Josephの登場だ。
ニューオーリンズファンクの系譜、現代ファンクの先駆者として知られるギャラクティックの芯を支えるのは、ドラムのStanton Moore。タイトで少し跳ねた独特なリズムで観客たちを揺らす。力強いホーンセクションとシンセ、ギターで彩られるギャラクティックの楽曲たち。インストだとしても踊らされることが必至なのに、今回はJelly Josephが仲間入り。“声のリズムマシン”という異名を持つJelly Josephは、声を楽器のように操ったり、パワフルでソウルフルなヴォーカルでも楽曲を盛り上げる。
最初の約1時間は、Jelly Josephが巧みに観客を煽り、そんなに激しい楽曲ではないのに、ずっと体を揺さぶられていた。例えば、コリーウォンのようなBPMも早くてカッティングの嵐!みたいな曲で、ぶち踊らされても、とても気持ち良いんだけど、ギャラクティックはもっと大人というか、メロウというか、エロさというか。決して細かすぎない音符で、速すぎないテンポで、飽きさせることなく、僕たちを左右に揺らしてくれた。
中盤、スロウテンポの楽曲が披露される。すごく暖かくて幸せなヴァイブスがヘブンを包み込み、木に映し出されたミラーボールの光のように、それぞれがそれぞれのダンスを楽しんでいた。
ヘブンの良いところは、このミラーボール。ノリの良い曲のときは、光の玉が上下にはずむように揺れ、メロウな曲のときは、左右にゆっくりと流れる。この光が周りの木々に映り込み、とても大きなアートワークとして、自然を照らすのだ。そこに合わせて、極上の大人のファンク。こんな贅沢な夜は、ここ最近味わった記憶がないな。
客入りとしては、音が鳴り出したら増えてくる、ということもなく、最初から最後まで、さほど変わらない多さだったように感じた。つまり、ここだと決めてくる人大半だったということ。ヘブンが好きな人は大体同じような人が集まるから、なんだか一体感が生まれる印象があって。とくに、今日みたいに、あえてここを選んだ人が集まる純度が高いときは、その一体感も強くなる。ギャラクティックの演奏が素晴らしいのはもちろんだが、それ以外にも、フジロックということ、そしてヘヴンということが相乗しているように思う。だって、ギャラクティックが去ったヘブンから立ち去ろうとする人が少ないんだもの。名残惜しいのか、まだそこに幸せヴァイブスが滞留しているのか。他のステージではあまり見ることのないその光景に、僕は安堵と共感を残し、ヘブンを後にしたのだった。

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GRACE BOWERS & THE HODGE PODGE https://fujirockexpress.net/25/p_1103.html Sun, 27 Jul 2025 14:16:35 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1103 今年のフジロックは本当にギタリストの当たり年だ。パーラー・グリーンズのジミー・ジェイムス、マヤ・デレイラ、メイ・シモネス、マーシン、コリー・ウォン、MIYAVI、ロバート・ランドルフ、そしてグレース・バウワーズ。これから、ここフィールド・オブ・ヘブンに登場するグレース・バウワーズは、ギターの卓越した腕前で世界中の耳目を集める19歳のギタリスト・ソングライターだ。昨年11月にBlue Note Tokyoに初来日している彼女が、初となるフジロックで早くも再来日を果たす。

フジロック最終日も15時を過ぎた。陽はまだまだ高く暑い。開演時間定刻にバンドメンバー5名からステージに姿を見せ、続いてグレース・バウワーズが登場。衣装は夏っぽいノースリーブの白いドレス。裾が波打ったデザインがキュートだ。ふわふわのカーリーブロンドヘアが風になびいている。ギブソンSGでアーム奏法を繰り出し、うねりを上げながらクール&ザ・ギャングの“Hollywood Swinging”から開演。ファンキーなカッティングもお手のものだ。のっけから出し惜しみのないギターソロでグルーヴを創り上げていく。年長者のバンドがグレースを支え、グレースが自由にギターを弾くのだろうと思いきや、その逆だった。バンドの音をよく聴き、目で合図を送り、時にはメンバーの傍まで寄っていく。ステージを牽引しているのがグレースなのだと冒頭から把握できた。

お次は新曲だろうか。T・レックスのような重たいリフ主体のハードロッキンブギーな進行がかっこいい。ここではグレースがリードボーカルを取る。ギターの神童っぷりに比べ、ザ・ランナウェイズのシェリー・カーリーを思わせるグレースの歌声は、まだ成長中の19歳であることが感じられた。途中ブラック・サバスのようなリフが飛び出したり、間奏部ではハードロック然とした速弾きを繰り出す。最初のギターヒーローがスラッシュで、初めて独学で弾けるようになったのがAC/DCの“TNT”だという彼女のストレートな影響源から来る初期衝動を感じさせるような展開だった。

「フジロック!気分はどう?」と集まったオーディエンスに挨拶。「前のブルーノートも良かったけど、あなたたちの方がいいクラウドよ」なんてとお世辞を言いながら新曲“Furure Trip”を披露。ミドルテンポのヴィンテージ感あるロック。グレースの最大のインスピレーションの一人だというレスリー・ウェストのような土臭さを感じさせる楽曲だった。

ジョシュア・ブレイロックによるキーボードソロからはじまった“Get On Now”。キーボードの出音割れていて気になる。その後、途中で左側スピーカーの音が途切れたので、この時点で音響トラブルに見舞われていたようだ。そんなことはグレースもバンドも気に留めず演奏を続ける。デカール・ベイカーがドカドカと巧みなドラムソロを繰り出し、ショシュアによるキーボードとグレースのギターの掛け合いで仕立てられたファンキーなグルーヴを生み出す。発生したトラブルを問答無用で覆してしまうようなたくましさが感じられた。

「お願いがあるの。あそこの人(ベースのジャラヴェン・ヒル)が見える?彼が今日誕生日なの。なのでハッピーバースデーソングを歌って祝ってくれる?」と言うのでオーディエンスが歌いはじめると「違う!本当に歌ってよ」と止めると、ジャラヴェンが慌てて「グレースの誕生日は2日前だった。だから両人を祝ってくれ!」とフォロー。次の誕生日に関する曲に繋ぎたかったのだと思うが、柔軟にオーディエンスと一緒にステージを創るという点においてはグレースの未熟さを感じざるを得なかった。

その後もギターの可能性を探求し表現するグレースの天才っぷりを遺憾なく発揮。激しくかき鳴らし弾き倒すスタイルからゆったりと暖かいフレーズを届けるスタイルまで緩急をつけつつステージを進行していく。最後はファンカデリックの“Red Hot Mama”で敬愛するエディ・ヘイゼルよろしくドライヴ感満載のギターで締めくくり。大歓声が沸くクラウドをグレース自ら写真に収め、にこやかにステージを後にした。

新曲がたくさん披露されたセットリスト。1stアルバムはスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの“Dance To The Music”を含むファンク主体の内容だったが、本セットでは新作からのロックなヴァイブスが加味され、多彩な構成だった。音響やオーディエンスとのコミュニケーションなどの課題は残ったものの、リーダーたる立ち位置を十分に示した本ステージ。グレースの輝かしいこれからの起点となる予感がしてならない。

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ENG: FERMIN MUGURUZA https://fujirockexpress.net/25/p_6399.html Sun, 27 Jul 2025 11:46:59 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=6399 The backdrop of the stage said it all: Muguruza FM 1984-2024.

The banner was made for Muguruza’s farewell tour last year and his last major concert in Iruña-Pamplona on October 4, 2025, at the Navarra Arena.

Due to his love of Fuji Rock, he was persuaded to play one more time, a concert that will culminate his love of touring internationally and celebrate his 40 years in the music industry.

The band were all dressed in signature black clothing. And as soon as they took the stage, they unleashed a ferocious energy. Ripping into popular numbers such as “Nicaragua Sandinista” and “Sarri, Sarri.”

In what may be the last chords of Fermin Muguruza’s career, he didn’t go quietly, instead a defiant roar for Palestine. The Basque punk legend turned the stage into a revolutionary trench, blending ska-punk fury with unapologetic solidarity for Gaza.

From the first riff, Muguruza made it clear: this wasn’t just a show, but a political act.
At the end of the set, pre-recorded voices from Gaza played against Muguruza’s heart-wrenching plea to end the war. The moment wasn’t tokenism—it was raw, uncomfortable, and necessary.

Images of “CEASEFIRE NOW” showed on the video screen, and the crowds cheers of “Free Palestine” were louder than ever. This show wasn’t a nostalgia trip. It was proof that music still has teeth.

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MONO NO AWARE https://fujirockexpress.net/25/p_1053.html Sun, 27 Jul 2025 04:56:22 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1053 玉置周啓(Vo/Gt)はただフジロックに出演できることを手放しで喜んでいるわけじゃなく、この場でいまのMONO NO AWAREがどんなバンドなのか?セットリスト+αで意思表明してきた。おそらく玉置だけの意見じゃないだろうが、最近のアルバムやシングルリリースの都度、明確なテーマがあるだけに、ファン以外のオーディエンスも多いフジロックではっきりさせたい何かがあったんだろう。

というのもオープニングは玉置と加藤成順(Gt)の故郷、八丈島の太鼓の演奏が2人の演者によって披露されたのだ。その強靭なビートに身体をくねらせる玉置をはじめメンバーがステージに現れる。彼らの演奏は山に響き渡るように「ヤーヤーヤーヤーヤー」と詠唱する“明日晴れたら”から。民謡的な側面とXTCにも通じるユニークなアレンジに耳が行く。続いては“井戸育ち”。世間や都会を知らないことを意味する初期のナンバーだが、玉置のストラトはコリー・ウォンばりのナイスカッティング、加藤も山が見えるこの空間に身を任せてリラックスした表情でアレンジは大幅に更新されている。

「外気持ちいーーーーー!」と大声で心情を伝える玉置に100%賛同のリアクション。まだライブは序盤なので、立て続けに初期曲を演奏したのはたまたまかもしれない。ライブの行方を見守っていると、次は玉置ならではの早口言葉がスリリングな“かむかもしかもにどもかも!”が大きな歓声とともに進んでいく。こうしたループナンバーでの竹田綾子(Ba)のプレイはティナ・ウェイマウスを思い出させるし、曲そのものもトーキング・ヘッズのある時期に近いミニマムなファンクだ。そして派手さはないがバンドを支える柳澤豊(Dr)の確かさは観ていて安心を与えてくれる。

さて個人的にポイントに思えたのは続く“me to me”と“同釜”だった。言葉の実験場の側面も捨てずに音楽的な快楽を拡張していくアレンジ。フロント3人によるコーラスも声だからできる有機的なものでありつつ、意味より体感重視。長尺のナンバーをフェスの場でもじっくり聴かせる胆力が頼もしい。食を切り口にした近作『ザ・ビュッフェ』のなかでもタイトル通り同じ釜の飯を食うことを軸にしたにした“同釜”は言葉の積み重ねや加藤のトリッキーなギターがカタルシスを生む。後半、ジャムバンドのごときグルーヴを生み出し、大きく開脚してギターから何かを出すような仕草で弾く玉置はこれまでのキャラクターを少し逸脱したんじゃないだろうか。

2016年、OASISの裏で出演したROOKIE A GO-GO。そこからここまでやってきたと感慨を語る玉置。そこから代表曲“風の向きが変わって”をメンバー全員心地よさそうに演奏した。そして海を感じる加藤のギターが八丈島を想起させる“東京”。バンドというかアーティストの数だけ東京をテーマにした曲があると言っても過言じゃなく、この曲で玉置は今自分がいる街は東京であり、故郷は帰る場所じゃないと歌う。それは若い時期のプライドでもあるだろう。それがMONO NO AWAREの“東京”の軸だ。だが玉置は前言を撤回する。というか、曲は曲なのだが、「(“東京”で)故郷は帰る場所じゃないと歌いましたが、帰るのもいいんじゃないかといとも簡単についえてしまいました。八丈太鼓が曲の後半で入って大団円を迎えるというのを皆さんも楽しんでいただけたらなって」と、“水が湧いた”をファンク×島太鼓バージョンで展開。しかも曲は“マイムマイム”に変化して行き、民謡と誰もが子どもの頃から馴染みのフォークダンス、つまり異国のフォークソングがつながる仕組みが面白かった。玉置は島太鼓を聴いて育ったから今回共演したという意味合いのことを言っていたが、果たして本当にそういう意図だったのか。いや、深読みしすぎずに先人の魂を太鼓で癒やしたんだと思えば納得である。

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トミー富岡 https://fujirockexpress.net/25/p_5310.html Sun, 27 Jul 2025 03:08:57 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=5310 CONFIDENCE MAN https://fujirockexpress.net/25/p_1071.html Sun, 27 Jul 2025 02:54:49 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1071 フジロック2日目、グリーステージ大トリのヴルフペックがその卓越した演奏力と楽しさ満載のステージングで場をアゲにアゲた後はじまるは、妖しく罪深き深夜のクラブのお時間到来だ。

「TRIBAL CIRCUS」と銘打たれたレッドマーキーの1発目を飾るのはオーストラリアからやってきたコンフィデンスマン(Confidece Man)。2022年のグラストンベリー・フェスティバルでのステージで注目を浴び、フロントのジャネット・プラネットとシュガー・ボーンズが繰り広げる爆発的なパフォーマンス、フロアを問答無用に上げるビートで世界中のクラブを沸騰させている。今年の多彩な出演陣の中でも今目撃しておくべきアクトのひとつだろう。二人が踊る「CONFIDENCE MAN LOADING.」という動画が映し出され、集結したオーディエンスに準備を促している。

開演時刻にカウントがはじまり、ロケットが発射されたような爆発音とともに、ドラムとシーケンサーを担当するプロデューサーのレジー・グッドチャイルドとクラレンス・マクガフィーが登場。頭から全身覆われ黒子のような出で立ちなのでどちらがどちらか分からない。満を持してジャネットとシュガーの二人が姿を見せ“Now U Do”からスタートだ。さながらアニメの世界から飛び出してきたような不敵な面構えでフロアを見据え躍動する二人。のっけからジャネットは髪を振り乱し、縦横無尽踊りまくる。シュガーがそれに気後れしているかのようにジャネットについて動いているように見えるのが可愛らしい。一気にフロアが沸騰する。

すぐにはじまった‟ALL MY PEOPLE”。ステージから放出されるビートの圧も二人のエネルギーもどんどん高まっていく。大歓声の反応と上下に波打つ聴衆。ここ、レッドマーキーは完全に灼熱のダンスフロアと化す。ノイズの残響音が漂う中、シュガーがジャネットを持ち上げ回転させ、アクロバティックに締めた。

続くは“I Can’t Lose You”の冒頭でシュガーが早くも上着を脱いで上半身裸になって肉体美をさらす。ジャネットを太ももに乗せてスクワットをしたり、肉体的なパフォーマンスで魅せてきた。緑のレーザビームが飛びまくり、照明もアガるしかない演出で盛り上げる。中央で二人のポーズを決めた後、一端ステージ横にはけた。

プロデューサー二人による多幸感あふれるダンスビートがたまらない“Firebreak”へ。さぁクラブの時間のはじまりだぜ!と宣言しているかのようだ。ドラムビートがズシズシ腹にくる。二人の顔がドアップで映し出され、オーディエンスのダンスをさらに煽るのだ。

ジャネットとシュガーが中指を立てる映像が映し出されると、ステージに再登場したシュガーの肩パットとジャネットの胸を覆ったコーンが暗闇の中光っている。出た!これで二人が暴れ回るのだからフロアも爆発しないわけがない。我を忘れて踊りまくるのだ。

グラサンをかけ、ハンドルを手に運転しているかのようなポーズとともに発進する“C.O.O.L Party”。照明が二人を全身ピンクに照らし、妖しさのレベルをさらに上げていく。黒子二人による“BREAK IT DOWN(ON THE BASSLINE)の打ち込みダンスタイム。二人が今度はラフなスウェット姿に着替え、ビートに合わせて踊り倒すのだ。

“gossip”に移るとすぐに上のスウェットを脱いで、オーディエンスに向かってケツを振るジャネット。セクシーを通り越してお下劣だ。“Boyfriend(Repeat)”ではライヴでお決まりのアレ。みんなでしゃがんで床に手をつき、ためてためて爆発!ってやつ。“REAL MOVE TOUCH”がレゲエのトースティングとともにすぐにはじまる。狂ったように踊り狂う二人。とどまるところを知らないハイテンション。あれだけ動いているのにジャネットは涼しげな表情を浮かべている。無尽蔵のエネルギーだ。“SO WHAT”ではシュガーがジャネットを肩車。するとフロアから幾つも肩車が何体も出来上がるのだ。二人がフロアに降りて来てオーディエンスと触れ合い、盛り上がりもピークに達する。

ラストは白シャツを羽織りはじまった“Holiday”。宙を蹴り上げ、髪を振り乱し、回転して腕を回しまくる。トータル1時間、最後まで動きっぱなしの激アツステージを駆け抜けた。ジャネットとシュガーの表現は悪ふざけ満載で実に馬鹿馬鹿しい。これぞ、ザ・エンターテインメント。二人が全身全霊で表すパフォーマンスに触れ、身体は勝手に動き、思わず顔がほころんでしまうのだ。今、世界に必要なのは馬鹿馬鹿しさなのかもしれない。

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