“白井絢香” の検索結果 – FUJIROCK EXPRESS '21 | フジロック会場から最新レポートをお届け http://fujirockexpress.net/21 FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)を開催地苗場からリアルタイムでライブレポート・会場レポートをお届け! Tue, 02 Aug 2022 05:24:20 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.18 誰もが真剣に向き合い、決断を迫られた「コロナ禍のフジロック」 http://fujirockexpress.net/21/p_5816 Tue, 31 Aug 2021 08:53:35 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=5816  いつも通りなら、エキスプレスの締めくくりとなるこの原稿の巻頭を飾るのは、すべての演奏が終了した会場最大のグリーン・ステージ前で、満面の笑みを浮かべるオーディエンスの写真となるはずだった。が、今年は撮影さえもしていない。例年ならば、この時間帯、巨大なスピーカーから放たれる名曲、ジョン・レノンの「Power To The People」でみんなが踊り狂うことになるのだが、それが聞こえてくることもなかった。それに代わったのはMC、スマイリー原島氏の挨拶と締めの一言「Power To The People」だけ。オーディエンスの興奮に水を差すのは承知の上で、現場が最後の最後に彼らに対して「ゆっくり静かにフェスティヴァルの幕を閉じるようにお願いしよう」と判断したからだ。

 コロナ禍でのフェスティヴァル開催という、きわめて特殊な状況の下、例年とは全く趣を異にする光景が、始まる前から様々な場所で見え隠れしていた。越後湯沢駅に向かう新幹線から会場へのシャトル・バスでも同様で、いつもなら、嬉々とした表情を浮かべて仲間とはしゃいでいるはずなのに、誰もが言葉少なに見える。彼らが互いに適度な距離を開けて整然と列に並び、苗場を目指しているのだ。今回のフジロックを開催するに当たって、参加するお客さんから、全スタッフ、関係者に伝えられていたのが感染防止ガイドライン。それを彼らが徹底して守ろうとしているのが見て取れる。

 フジロッカーにとってはおなじみの、オアシス・エリアのど真ん中に姿を見せるはずのやぐらは見当たらず、それを囲んで、地元生まれの「苗場音頭」を大音響でながしながら、みんなが輪を描いて踊る光景もなかった。それが今年のフジロック開催前夜。過去10年以上にわたって続けられてきたというのに、レッド・マーキーで、「おかえり!」と声をかけて、「ただいま」と応えるみんなの記念撮影をすることも、もちろん、なかった。本来ならば、フジロックを愛する人達が待ちに待った時間の到来に、彼らの興奮が一気に爆発するのが前夜祭の開かれる木曜日の夜。しかも、前年の開催が延期されての2年ぶりだというのに、きわめて静かな幕開けとなっていた。

 公式に「前夜祭はない」と発表されてはいたものの、唯一それを感じさせてくれたのは、直前までやるのかやらないのか全く知らされなかった花火ぐらいかもしれない。例年なら、ここで大歓声がわき起こり、否応なしに「祭り」の始まりを感じさせてくれるのだが、そんな反応は一切なかった。最初の一発が打ち上げられたとき、わずかに驚きの声が聞こえ、涙を流す人がいたという話も耳に入っている。が、誰もが夜空を飾る花火をなにやら厳かに見上げていたように思う。拍手はあったかもしれないが、シ〜ンと静まりかえった会場で、花火の音と光だけが響くという、どこかで「特殊なフジロック」を象徴するかのような光景が目の前に広がっていた。おそらく、誰もがここまでたどり着くのが簡単ではなかったことを察していたのではないだろうか。


Photo by 安江正実

 当初、ライブハウスなどからクラスターが発生したことも影響したんだろう、感染拡大を誘発する場所として、ライヴ・エンタテインメントの場所がやり玉に挙げられ、そういったものが知らない間に「不要不急」を象徴するものであるかのように語られ始めていた。数多くのライブハウスが閉店を余儀なくされ、ミュージシャンや演劇人が作品の発表の場を奪われたのみならず、照明や音響の技術者が職を失っていた。さらには大規模なコンサートからフェスティヴァルが次々と延期やキャンセルの憂き目にあう。もちろん、感染拡大は阻止しなければいけない。が、同時に、音楽のみならず文化とは生きることに必要不可欠な要素であり、それを否定することはできない。その集大成としてフェスティヴァルという文化が存在する。とりわけ、それが日本で生まれ、成長していくきっかけとなったフジロックを根絶やしてはいけないという思いが主催者、関係者、そして、フジロッカーにはあったということだろう。

 それだけではなかった。昨年、フジロックが延期を発表した頃、町内から「なんとか開催できないか」という打診があったという噂を耳にしている。その理由はフジロックで生まれる経済効果であり、それが断たれることが地元に計り知れない影響を与えることになる。それが二年も続けば壊滅的な打撃を受ける可能性も否定できない。だからこそ、地元と主催者が開催に向けた方法を模索し始めるのだ。その結果として、可能な限り徹底的な感染予防策を築き上げ、観客には不自由きわまりないがんじがらめの感染予防ガイドラインを提示することになる。しかも、本来のキャパシティのほぼ25%程度にまで規模を縮小。結果として1日の最大動員数は1.4万人弱と、一般的なスポーツ競技で日本武道館をほぼ満杯にした程度にとどまることになる。

 これで採算が取れるんだろうか? しかも、感染問題に絡んで参加に不安を感じている人達や体調がすぐれない人達へのチケット払い戻しにも対応している。加えて、チケット購入者にコンタクトをして、希望者には抗原検査キットを発送し、大多数の人たちがそれに応えていた。が、それでもまだ不安だと、目指したのは100%。必要とされる膨大な数の抗原検査キットを集めるのに東奔西走したという話が伝わっている。さらに、会場内の救護テントに加え、バックヤードには数多くの医療関係者や民間救急搬送車3台を待機。また、会場入りする前に全スタッフがPCR検査を受け、陰性であることを証明してからでないと、苗場入りできない取り決めをしていた。加えて、長期滞在するスタッフは定期的に抗原検査を繰り返す。さらに、すでに会場入りしていても、自宅の家族で濃厚接触者が報告されると速効で会場を追われ、陰性であることを証明することなく現場復帰はできなくなっていた。ちなみに、観客のみならずスタッフも全員が毎日検温チェックを受けないと、会場に入ることもできないことになっている。どこかの新聞が「厳戒態勢」という言葉を使っていたのだが、まさしくその通りだろう。


Photo by 粂井 健太

 下手をすると、今年は最もフジロックらしくないフェスティヴァルになるかもしれないという危惧があった。どこかで自由と自主性が魅力となっていたフジロックだというのに、感染対策に絡んで「がんじがらめ」のルールを守らなければいけない。しかも、コロナ禍での開催ということもあり、海外からのアーティストは皆無。会場を演出するUKチームの来日もできなかった。なにやら、フェスティヴァルと言うよりも、緑に囲まれた野外コンサートでしかないかもしれない。さらには、場内でのアルコール販売が禁止され、中心部から離れた場所にごくわずかに用意された喫煙所を除いて全面禁煙となっていた。1997年にフジロックが始まった頃から、毎回出店していた、オアシス・エリアの顔のような存在となっていたバーやお店の数々が出店をキャンセル。すでに「ここに来れば顔を合わせることができる」友人や仲間たちが参加を断念するにいたるのだ。

 誰もが苦渋の決断と選択を迫られていた。特に大都市を中心に新型コロナウイルス感染者が急増し始めると、「なんとか開催してほしい」という声と同じように、「中止すべき」という声も多くなっていった。出演を予定していたアーティストやパフォーマーに対しても、様々な声が寄せられ、参加しようとしていた個人も揺れ動いていた。その結果がなにであれ、ひとりひとりが真剣にフジロックに向き合い、判断したことに敬意を表したい。来てくれたみなさんにも、今年は来るのをやめたみなさんにも、ありがとう。中止すべきだと主張した人にも、開催すべきだと声を上げた人達にも、出演してくれたアーティストにも、出演辞退をした人達にも、ありがとう。そういった反響に感じるのは、多くの人たちにとってフジロックが大きな存在になっていること。だからこそ、真剣に向き合って、彼らが導き出した判断に最大限の敬意を表したいと思う。

 会場では感染予防ガイダンスを守ろうとするオーディエンスに圧倒されることになる。少なくとも、喫煙所やフード・テントを除いて、マスクをしていない人にはお目にかからなかった。しかも、ここで食事をしていて気付くのだ。ほとんど会話が耳に入ることはなかった。「黙食をお願いします」と書かれている注意書きを守ろうとしているのが、痛いようにわかるのだ。久々に仲間と会って握手をしたり、抱き合いたい気持ちがあっても、それを躊躇して肘や拳で挨拶。マスク越しに語り合う人はいても、大声で話す人にはお目にかからなかった。また、水分補給などでマスクを外すときも、周辺に人がいないことを確認してそうしているのが見て取れた。

 ふつうならグリーン・ステージ外にMCを置くことはなかったのだが、今回は全ステージにMCを配し、演奏が始まる前に必ずオーディエンスに呼びかけていたことがある。

「必ず鼻を隠すようにマスクをして、声は出さないでください。安全な距離を保つために地面に記されたマークを確認してください。ステージ前では水分補給用のペット・ボトルなどを除いて、飲食物を持ち込まないでください」

 MCにはそのマニュアルが渡され、毎回オーディエンスに訴えかけるように義務づけられていた。そうして飛沫や接触による感染を防ごうとしているのは言うまでもない。

 そのおかげで目撃するのは、おそらく、フェスティヴァルやライヴでは前代未聞の光景だっだ。どれほどライヴが白熱しても、ほとんど歓声が聞こえることはなく、聞こえてくるのは拍手や手拍子のみ。それでも、その想いがステージ上に伝播するんだろう。加えて、悩み抜いてここに来る決断をしたアーティストの想いがそこに重なって、誰もがとてつもない熱を感じさせるパフォーマンスを見せていた。それは数えるほどのオーディエンスしか目に入らなかったちっぽけなステージであろうと、幾分の違いもなかった。今年は、会場入りを断念した数多くの人達がYouTubeでそれを目撃することになるのだが、演奏の素晴らしさを支えていたのはこの場で生まれた、えもいわれぬエネルギーのたまものではなかっただろうか。


Photo by MITCH IKEDA


Photo by Eriko Kondo

 今年は、珍しく、チーフ・プロデューサーの日高大将が二度、グリーン・ステージに立っている。昔からフジロックを支えた二人の仲間が他界したことを告げたのが初日、そして、最後、日曜日のトリを務めた電気グルーヴの前。そこで彼がオーディエンスから感じたのは「なんとかしてフジロックを支えようとする人々の熱気だった」という。それが端的に表れていたのは彼らが感染防止ガイダンスを守り続けたことのみならず、まるで1999年の苗場で起きた奇跡の再現でもあった。すべてが幕を閉じた後、会場にはほとんどゴミが落ちていなかったという。ゴミ・ゼロ・ナビゲーションを訴えて、活動しているiPledge(アイプレッジ)が毎日、会場に落ちたゴミを拾い集めているのだが、各所に設置された収集箱を除いてほとんど仕事がなかったという嬉しい話も届いている。

 フェスティヴァルが終わった8月24日に発表された主催者からの公式声明によると、その時点で「会期中の会場においてひとりの陽性者も確認されていないこと」が伝えられている。もちろん、それで完結してはいない。「今後も、時間経過と共に情報収集に努め、その結果をあらためて皆様へご報告し、未来のフェスティヴァルにおける感染防止対策の改善につなげてまいります。」と続いている。また、振り返るには早すぎるかもしれないが、完璧を目指したすべての関係者、地元のみなさん、そして、全国から会場にやって来ることができた方々や来られなかった方々にも、批判した方々にも、ここまでたどり着けたことを感謝したいと思う。

 台風に襲われて惨憺たる状況を経験した1997年開催の第一回目から、その存続が問われる大きな試練となったのが苗場に場所を移して最初の1999年。「ロック・フェスティヴァルは危険だ」という偏見に対して、互いを思いやり、愛し合うことを行動で示すことによって、会場どころか、苗場の町からお世話になったホテルや民宿でゴミひとつ落ちていない「奇跡」を形にしていた。これが「地元と共にフェスティヴァルを育てる」という流れを生み出している。それ以降、同じように台風や記録的な豪雨といった幾多の試練を乗り越えて成長してきたとは言え、今回直面したのは前代未聞のウイルスによる危機だった。前述のように、まだまだ結論を導くには早すぎるのは十分承知の上で、関わるすべての人達が可能な限りの知恵と努力で「奇跡」を目指した今年は、フジロックの歴史を語る上で無視できない1年となったことは言うまでもないだろう。

 どこかで様々な意見や考え方の違いが音楽界で分断を引き起こしているという声も耳に入る。が、フェスティヴァルを愛する人達が、多様性を認めるのは当然であり、互いを尊敬し、受け入れて、そこからよりよい選択肢へと自らを導いていくべきだと思う。その上で、今回の経験を糧に、来年を目指したいと思うのだ。このウイルスによる影響がいつまで続くのか、誰にも予測はできないかもしれない。いつか、そんな心配をすることもなく、苗場でみんなとまみえることがある日を願って、今年のエキスプレスの幕を閉じたいと思う。

 なお、ガイダンスに則り、感染を防ぎながら取材をしなければいけないという難しい状況のなかで、動いてくれたスタッフに最大限の賛辞を贈りたい。マスクやフェイス・シールドの用意はもちろん、安全な距離を保ちながらの取材は簡単ではなかったはず。また、独自に用意周到な感染対策を生み出してラウンジを運営したスタッフにも頭が下がる。心の底から、ありがとう。

 今年動いてくれたスタッフは、以下の通りです。

■日本語版(http://fujirockexpress.net/21/
フォトグラファー:森リョータ、古川喜隆、平川啓子、北村勇祐、MITCH IKEDA、アリモトシンヤ、安江正実、粂井健太、白井絢香、HARA MASAMI、おみそ、suguta、シガタカノブ、佐藤哲郎
ライター:丸山亮平、阿部光平、石角友香、あたそ、梶原綾乃、阿部仁知、近藤英梨子、イケダノブユキ、三浦孝文、東いずみ

■英語版(http://fujirockexpress.net/21e/
Laurier Tiernan, Jonathan Cooper, Nina Cataldo

フジロッカーズ・ラウンジ:飯森美歌、obacchi、藤原大和

ウェブサイト制作&更新:平沼寛生(プログラム開発)、坂上大介(デザイン)、迫勇一

スペシャルサンクス:三ツ石哲也、若林修平、守田 昌哉、Park Baker、そして、観客を守るために奔走してくれた全スタッフ、試練を乗り越えてフェスティヴァルの素晴らしさを伝えてくれた観客のみなさん。

プロデューサー:花房浩一

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fujirockers.orgとは1997年のフジロック公式サイトから独立した、フジロックを愛する人々のコミュニティ・サイト。主催者から公式サポートを得ているが、独自取材で国内外のフェスティヴァルからその文化に関わる情報を発信。開催期間中は独自の視点で会場から全方位取材で速報を届けるフジロック・エキスプレスを運営。
http://fujirockers.org/
MerdekaTogel

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奇妙礼太郎 http://fujirockexpress.net/21/p_946 Sun, 22 Aug 2021 13:22:18 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=946 そろそろフジロックが終わってしまう。メインステージのトリが始まる少しだけ前の澄んだ夜空に、幻想的な光が灯る苗場食堂ステージ。その最後を飾るのは、奇妙礼太郎だ。

“humming bird”が始まると、感情の波がぐっと押し寄せてきて、とっても切なくなってしまった。彼ひとりとギター1本だけなのに、浮かんでくる様々な情景。ときにか細く、ときに声を大にして歌い、そのメリハリのついた表現にぐっときてしまう。どの曲もストレートに投げてくるのかと思いきや、独特な世界観の“お茶を飲もう”なんて曲も。一度聴いたら忘れない、踊る千利休というパワーワード。どこか遊び心のあるナンバーで場を和ませた。続いて“Life is Beautiful”の儚さから一転、“アスファルト”では力強い声量で魅せる。顔をくしゃっとして振り絞るように放たれる彼の声とエネルギーは、どう考えてもその体以上に大きい。

途中、さり気なく差し込まれた“サザエさん一家”もまたまた不思議だったけれど、何事もなかったかのように“エロい関係”へ。以前に結構ウケたのだという、杉咲花さんのラジオでのエピソードを披露したところ、ここでは全くウケない様子でとてもおかしかった。

ときどき、他ステージからの音漏れが目立ってきて、彼の歌に集中できないときがあったのが残念だった(聴いている場所にもよる)。彼もきっと気になっていただろうけど、それでも力の限り歌を届けてくれた。トラベルスイング楽団とかにぎやかな形態も好きだったけれども、今回のようにしっとりと過ごせる機会もまた贅沢だと思った。

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LITTLE BLACK DRESS http://fujirockexpress.net/21/p_945 Sun, 22 Aug 2021 11:08:09 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=945 碧海祐人 http://fujirockexpress.net/21/p_944 Sun, 22 Aug 2021 09:33:16 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=944 Ms.Machine http://fujirockexpress.net/21/p_955 Sun, 22 Aug 2021 07:14:29 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=955 STAP Sigh Boys http://fujirockexpress.net/21/p_954 Sun, 22 Aug 2021 05:18:15 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=954  今回の出演アーティストをブラウズしていて強烈に目に留まったのが、本アーティストのSTAP Sigh Boys。インド風の女装?アイルランド?そして高円寺在住?プロフィールを読んでもよくわからない。これは目撃するしかないと、新人アーティストの登竜門的ステージのROOKIE A GO-GOへと急いだ。

 例年は場外エリアだったが今年は場内で、苗場食堂ステージが昼間の時間にROOKIE A GO-GOとなる。以前はDJテントのブルーギャラクシーがあった辺りだ。長椅子が備え付けられ、間隔を空けて座るよう注意書きが施されている。ステージが完了次第、毎回消毒を徹底していて、ここでも主催者の絶対に感染者を出さないという覚悟が見て取れた。

 開演前からかなりの席が埋まっていて、注目度の高さがうかがえる。開演時間になると、突飛な音が飛び交う中、四方に黄色の立ち入り禁止のテープが貼られた緑のシートで全身が覆い隠された状態で登場。バックバンドを務める3ピースバンドのNeruQooNeluは白衣姿と、この出で立ちに興味をそそられたのか、前方の席を確保しに移動するオーディエンスが散見された。顔を少し出して歌っていたが、途中でシートをはがすと、両肩に肩を組みあっているように見えるキャップをかぶった人形2体が現れた。「基本的に初めてのライヴですから、めちゃくちゃ緊張してます!」という中で、みんなで肩を組んで僕の音楽を楽しんでほしいと気持ちが伝わってきたし、曲の最後に大歓声の音を入れたりして、この環境下でも最大限盛り上げようとする創作している様子には好感しかなかった。

 基本は、面白いサンプル音を入れ込みながらのベースが先導するファンキーなインディーロックだ。NeruQooNeluのKajiが出力するベース音は腰にビンビン来る。座って静かに観ていても身体の揺れを止めることができない。6週間前にはバンド形態としてのSTAP Sigh Boysは存在しなかったとのことで、「本当に本当に助けられた」と感謝の意を表していた。Black Flagを思わせるエキセントリックに疾走するハードコアチューンもB級感たっぷりで大好きだ。

 ラストの”You Could Be Love”でバンドが生み出す渾身のグルーヴの中、カズーを吹き鳴らしまくって爽快に完了。拍手が続く中、何とも恥ずかしそうにステージを後にした。初めてにして、フジロックという大舞台でのライヴは、可能性にあふれていた。ここをきっかけに、STAP Sigh Boys流の面白い表現をどんどん磨いて、出して爆発させていってほしい。彼の今後の一手に大期待だ。

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ELL http://fujirockexpress.net/21/p_953 Sun, 22 Aug 2021 03:51:23 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=953 DENIMS http://fujirockexpress.net/21/p_871 Sat, 21 Aug 2021 17:42:21 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=871 Mega Shinnosukeに続いて踊りたい僕らを待っていたのは、関西インディーシーンを代表するバンドのひとつとなったDENIMS。今年から新メンバーの土井徳人(Ba)を加え、さとうもかとのコラボレーションなど活動の幅を広げる彼らのパフォーマンスを観ようと、レッドマーキーには多くの人が詰めかけた。前身のバンドのAWAYOKUBAとしてルーキーで出演した2011年から10年、苗場食堂に出演した2016年から5年という節目の年のレッドマーキーのステージは、彼らにとっても思い出深いものとなっただろう。

Sly & the Family StoneのファンキーなSEに乗せて登場した彼らは、このステージで音を合わせる喜びを噛みしめるように“Crybaby”、“Goobye Boredom”と立て続けに披露。岡本悠亮(Gt)のキャッチーなギターリフが映える軽やかなダンスロックに身を委ねていると自然と身体が動き出す。一転してストイックなビートを刻む最新リリースの“RAGE”は、バンドサウンドの広がりを感じたものだ。

「ルーキーから10年かかってレッドマーキーに立てました」と感慨を語る釜中健伍(Vo / Gt)。続く“fools”でも、ずっと追ってきた人もはじめて観る人も自由なフィーリングを交錯させる姿がなんとも愛おしい。主催イベント『ODD SAFARI』のTシャツを着たファンが手を振りあげていたのが印象的だった。そして「自分自身を認めて愛して先に進んでいこうという決意の曲」と語る“I’m”やワルツ調の“虹がかかれば”では、ピアノを弾き語る釜中。リズムピアノと哀愁のギターが映える楽曲にオーディエンスは聞き入っている。

「昨日はゆっくり寝てDENIMSに備えてくれたことでしょう」なんて語る岡本の軽口も微笑ましい。レッドマーキーで観たザ・クロマニヨンズの思い出や、フジロックに向けてギターをローンで買ったことなど、このステージにかける想いが伝わってくる。「バンドの未来もフジロックみたいな野外フェスの未来もまだまだ明るいということを伝えたい」と語るのは、同様にローンでギターを買ったという釜中。バンドみんなでコーラスを歌った“そばにいてほしい”には、ここに集まった人々にとってライブハウスやバンドたち、フジロックがどれだけ大切かを共有するようなアンセムが鳴り響く。

そして「5年前の再現してくれますか?飛沫飛ばさへんようにやるので俺らとステップ踏んでくれますか?」と投げかけ“DAME NA OTONA”を繰り出すDENIMS。メンバーとともに左右にステップを踏む、なんだか可笑しくなっちゃうようなノリもDENIMSらしいが、“INCREDIBLE”の畳み掛ける釜中のヴォーカルや、ワウを効かせたギターが生み出すグルーヴも彼らの持ち味だ。縦ノリも横にグラインドするノリも混在する懐の深いバンドサウンドに身を委ねて、レッドマーキーは解放感に浸る。代表曲の“わかってるでしょ”で最後まで踊りきったレッドマーキー。新加入の土井も随所で存在感を示し、新生DENIMSの次のステージがはやくも楽しみになるライブだった。

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ReN http://fujirockexpress.net/21/p_870 Sat, 21 Aug 2021 11:58:44 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=870 Mega Shinnosuke http://fujirockexpress.net/21/p_872 Sat, 21 Aug 2021 07:44:48 +0000 http://fujirockexpress.net/21/?p=872 朝一番の空気が気持ちいいレッドマーキーには、Mega Shinnosukeが登場!自身の楽曲だけでなくアートワークや映像制作にも携わりながら、菅田将暉への楽曲提供も注目を集める彼のパフォーマンスを観ようと、はやくからちらほらと人が集まりはじめる。まずはサポートのバンドメンバーがバンドセッションを繰り広げ、2人の覆面パフォーマーに続いてMega Shinnosukeも現れシームレスに“Thinking Boyz!!!”に移行。ラップ調のフロウが折り混ざる軽快なポップチューンは、掴みからインパクト十分だ。

「ロックンロールはダンスミュージックなのでみなさん踊ってください!」と投げかけ披露するのは“Sports”。sooogood!(Gt / Cho)のザラッとしたギターストロークや、GOTO(Dr)のパワフルなドラムが冴え渡るパフォーマンスに、思わず身体も動き出す。そして福岡の盟友クボタカイをフィーチャーした“兄弟”では「手を見せてよ、Hands Up!」とフロアを鼓舞し、ヒップホップのようなフィーリングがレッドマーキーを満たしていく。そもそもSNSネイティヴ世代の彼には、ロックだヒップホップだとあえて区別する感覚がないのだろう。軽やかなフットワークでただただ楽しいことを追求するクリエイター気質には思わず唸らされる。

昨今の時勢に想いを馳せながら「楽しいことを増やしていけば乗り越えていける」と語るMega Shinnosuke。そんなモヤモヤする気持ちが乗った“桃源郷とタクシー”は、この夏のハイライトといってもいい情感が溢れていた。躍動するKameyama Kenshiro(Ba / Cho)のベースに、見惚れてしまうギターソロ、長尺のアウトロでは「甘く熱い口づけを交わす」と即興でORIGINAL LOVEのフレーズを織り交ぜたりと、レッドマーキーは甘美な陶酔感に酔いしれる。それでもなお声をあげず身体で呼応するオーディエンスも最高だ。

どうやら楽屋でずっと「レッツゴーフジロック!」と言っているらしいが、はじめて来たというフジロックを存分に楽しんでいる様子がパフォーマンスからも伝わってくるようだ。レッドマーキーだから着てきたという赤いTシャツになぞらえ、大好きな服について歌った新曲“お洒落すぎてどうしよう”、キラーチューン“Sweet Dream”に続いて、最後はファンキーなフレーズが耳に残る“O.W.A.”。バンドメンバーに順々に見せ場を回しながら2人の覆面パフォーマーがそれを撮影したりと、最後まで自由奔放だったMega Shinnosuke。昨日の疲れも吹き飛ぶようなフレッシュなパフォーマンスに、朝から集まったオーディエンスも活力をもらったステージだった。

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