LIVE REPORT - NAEBA SHOKUDO 7/28 FRI
藤本夏樹
Posted on 2023.7.28 18:42
ソロとバンド・セットで魅せたポップでダークなアンビエント世界の極地
15時を過ぎたころ、ずいぶんと雲が多くなってきた。過ごしやすい気温になった苗場食堂の前には、携帯用チェアに腰掛けてくつろいでいるフジロッカーがズラリ。年齢層はバラバラで子ども連れの家族もいるなど、これから森の教室で特別授業が始まりそうな雰囲気なのだが、たまたまそこで休憩していたというより、みんな次のアクトを待ちわびているようだった。
このあと出演するのは、サイケデリックでアンビエントなソロ作品を発表している藤本夏樹だ。まだ明るい時間から、さすがはフジロック。強者揃いである。観客からして音楽に勤勉過ぎやしないかと少々驚いてしまった。
前作『pure?』からおよそ1年ぶりとなる新EP『RANDOM』を8月9日にリリースすることが発表され、本作からの先行シングル『Why?』の配信を7月19日から開始したばかりだ。今回のフジロックは、その新曲のお披露目という貴重な場でもある。コンテポラリー・ダンスのような映像表現で楽曲世界を表現した“Why?”のPVも非常にクールで見応えがあった。否が応でもどんなライブになるのか期待してしまう。
Tempalayのドラマーとしても知られる藤本は、既に過去2回自身のバンドでフジロックに出演済みだ。今回はソロ・アーティストとして苗場食堂に出演するのだが、Tempalayと苗場食堂といえば、2017年に参加した際、前夜祭で小原綾斗(Vo & G)が骨折してしまい、急遽サポート・メンバーで乗り切るというトラブルに見舞われた。2019年のレッド・マーキーに再度バンドで出演し、その雪辱を晴らしたことは印象深く、フジロッカーたちの記憶に残っているのではないだろうか。
祭囃子で呼び出されると、シンセ2台の前に藤本夏樹が登場。1曲目の“甘蕉(BANANA)”で轟音とノイズにまみれたローファイなエレクトロニカを鳴らして、森の教室が一瞬で吹っ飛び、平穏だった苗場食堂の景色を緊張感のある世界へと一変させてしまう。潮が満ち引きするかのように強弱が変化する歪な轟音の塊が解き放たれていく。続く“リュウグウノツカイ”では、耽美なメロウさでゼリーフィッシュが海中を漂うような悠久の刻を感じさせる音像を奏でる。藤本が恍惚の表情を浮かべたかと思うと、後ろから押し寄せる低音が唸りを上げ、後半はビートを加速させて美しさと危険度を増していく。
「どうも、こんにちは。藤本夏樹です。よろしくどうぞ」
“Why?”のイントロが始まると、藤本は突然見えない敵を威嚇するかのようにステージ上を所狭しとシャドーボクシング。さらにヒートアップした藤本は上着を脱いで黒いタンクトップ姿で音に身を委ね、没入していく。ダークな音像だが、藤本の歌声には温度感があり、祈りとも叫びともつかないアンビエントな音を作り出して、観客をみるみる引き込んでいった。続く“Beautiful Waves”では、藤本は音に合わせて身体をくねらせ踊る。サイケでドリーミーな音像と藤本の高音ヴォーカルが絡み合い、神秘な空間を創造していく。小雨が降り始めたころ、PAトラブルか、曲途中で外音(客席側スピーカーの音)が出なくなったがすぐ復旧するという場面も。
「ありがとうございました」とMC。「今日はね、せっかくフジロックのステージに立たせてもらえてるということで、特別バンド・セットでやろうかと思っていまして。ちょっと呼び込みしてもいいですか」と「カモ〜〜ン!」の声と共にステージには、Odd Donutsの宮田航輔(Vo)と中島宏士(G)、フレンズのおかもとえみ(B)、tricotの吉田雄介(Dr)の4人が姿を現す。
「“月面うさぎ”をバンド・アレンジしたので聴いてください」と鋭く切れ味のある吉田のドラムでスタート。曲が生音で再現されたことにより、ベッドルーム・ミュージックを飛び越えていくような生命力を宿して攻撃的なほど聴く者の中に入り込んでくる。藤本は「最高! 最高!」とご満悦の表情。「(今)ここは本当に最高ですね。フジロック中を見渡してもここが最高なんじゃないかと僕は思っています」とライブを心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。
藤本からトークを振られた中島は「なっちゃん(藤本)、こんな大舞台に呼んでくれてありがとう! そして、ここにいる苗場食堂のみんなーーーー! 元気かーーーい? まずこれだけ言わせてくれ! なっちゃんのステージかっこよすぎだろうってぇ!」と、これまでの雰囲気をひっくり返す唐突な熱血チャラ男風トークに苗場食堂の観客も笑ってしまう。藤本はこのタイプのMCと一緒になることがなく対応方法が分からないとのことで、中島のトークは雑に処理された。
ラストは「Odd Donutsの2人とコラボで曲を作って今日初めて披露しようかなと思っているので」とのMCに歓声が上がる。「次の曲マジ長いんで覚悟してください」とタイトル不明の曲へ。吉田のタイトで鋭いビートが炸裂し、宮田(今日28日は誕生日だったとのこと)もリズムを刻むようにヴォーカルを入れていく。ギターを弾く中島はさっきのトークとは打って変わりハードな演奏を、おかもとは頭を揺らしながらグルーヴを過熱させていった。藤本は言葉とも叫びとも判別のつかない歌で曲のサイケデリック度を上げていく。曲をループさせ、宗教音楽のような熱量を放つと、藤本と宮田は先にステージを降り、楽器隊はさらに加速。最後は吉田のドラムと即興ループ音源がバチバチに火花を散らして、会場を盛り上げた。
肉体を得た曲はより感情面が色付いて聴こえエキサイティングだったし、ソロ・セットとバンド・セットで曲の手触りの差を楽しめ、藤本夏樹という才能を再認識できるステージだった。夕方前のまだ明るい、牧歌的な風景が広がる苗場食堂では、彼の音楽の中毒性は多少緩和されていたかもしれない。もう少し深い時間帯にこの音像に触れられたら、もっと飲み込まれてしまいそうな強度が彼の曲にはある。今後はフジロック限定とは言わず、このバンド・セットの進化系にも期待していきたい。
<Set list>
1.甘蕉(BANANA)
2.リュウグウノツカイ
3.Why?
4.Beautiful Waves
5.月面うさぎ
6.Odd Donuts コラボ曲
[写真:全10枚]