LIVE REPORT - GREEN STAGE 7/27 SAT
BETH GIBBONS
人生で一度きりの軌跡の瞬間
いよいよ念願のこの時間がやってきた。フジロック2日目、19時のグリーンステージ。陽も落ちはじめ、気持ちよい風が吹いている。雨も降る気配はない。夜へと移行していくこの瞬間に、見渡す限りの山々に囲まれたこの場にいると神秘的な気持ちにさせられる。こんな完璧な環境のもと、これから登場するのはベス・ギボンズ。マッシヴ・アタックと並び立つ、ブリストル・サウンドの立役者、ポーティスヘッドの歌姫だ。1998年にポーティスヘッドとして初来日をするはずのところ、ベスの疲労困憊により成田に到着したものの残念ながらキャンセルに。これから繰り広げられる初来日にして初演となるステージは、待ち望んだ奇跡の瞬間なのだ。
開演時刻を若干回った頃、暗闇のステージの中、ベスと総勢7名のバンドが登場。一瞬の静寂に包まれた後、“Tell Me Who You Are Today”から開演した。ヴァイオリンとヴィオラ、ベースでは珍しいボウイング奏法で出力された音が幻想的な鳴りを伴ってダークな世界観を描き出していく。そして、あのかすれた幽玄なベスの声が響き渡ると会場一帯が大歓声に包まれるのだ。両手でマイクにしがみつき、祈るかのように、ただ歌を宙に向けて送り出している。照明が深紅から徐々に上から黒へと変化。まるで鎮火していくような表現で唯一無二の音世界を彩っている。続く“Burden of Life”では青白くミニマルに光り、終盤に披露された“Whispering Love”では、スモークでステージが煙る中、紫と緑の照明が差し込み、儚く立ち尽くすベスの陰がぼんやりと浮かぶ。自分が今どこにいるのか分からなくなってしまうような迷い込んだ感覚に陥る。本セットの照明は筆舌に尽くしがたいほど神秘的だった。
ベスを引き立て、その世界観を支える凄腕のバンドメンバーたち。終始ドラムで本ステージの土台を創り続けたジェームス・フォード。彼は今年リリースされた『Lives Outgrown』の共同プロデューサーでもあり、ベスが今最も信頼を寄せ、この世界観を共に創り上げた人物と言えるだろう。“Beyond the Sun”で叩き出した激しいドラムビートはひと際華を添えていた。そして、浴衣に身を包み、侍のような出で立ちで数々の楽器を駆使して色付けをしたハワード・ジェイコブス。フルート、バリトンサックス、リコーダーといった管楽器からヴィブラフォン、ティンパニ、銅鑼といった打楽器まで何でもござれ。更にはノコギリの様な金属まで使っている。音源を聴いた段階では何をどう演奏しているのかまったく分からなかった“Rewind”や“Lost Changes”での摩訶不思議な音像は、彼の貢献によるものだと判明。そして、キーボードのジェイソン・ヘイズリーを除くメンバーの全員がバッキングボーカルで、ゴスペルのようなコーラスをもってベスの歌声に深みを加えていた。このバンドメンバーたちのお陰で、ベスはその歌もスタイルも何も変えることなく、何も付け足す必要もなく表現できる。ここにいる全員でまさにこれしかない音を奏でているのだ。我々は苗場の地でもの凄いものを目撃している。
終盤にベスがメモを見つつ日本語で「皆さんは優しい!」とはにかみながら、たどたどしいながらも感謝を伝えた。「ここに来れて本当に良かった。可愛らしい木々にあなたたち、普段はあまりしゃべらないんだけど…ありがとう!」と。目頭が熱くなったのは言うまでもない。
そしてはじまったのは“Roads”。あのディープな音色が残響音とともに繰り出されるだけで割れんばかりの拍手と歓声が送られる。ベスとバンドによるあまりに儚く美しいアンサンブルにグリーンステージ一帯が酔いしれた。
ラストは疾走感を伴い前のめりに走った“Reaching Out”で1時間の魅惑のステージを幕引き。ベスとバンドメンバーが前に出て来て、ベスは「あなたは優しい!」と再度感謝を伝える。泣きそうな素敵な笑顔を浮かべながら何度も手を合わせお辞儀をし、ステージを後にするまでフロアに向かってずっと手を振っていた。ここで私は涙腺崩壊である。
こうして苗場の山で、奇跡の瞬間は訪れた。様々な感情を伴う感動とともに、多くの大切なことを教えててくれたベスとバンドメンバーたち、そしてこの人生で一度きりの軌跡の瞬間に立ち会えたことに感謝以外の言葉が見つからない。ありがとう。
[写真:全10枚]