LIVE REPORT - FIELD OF HEAVEN 7/28 SUN
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
昼のヘヴンに染みわたる、優雅なオルケスタの夜の情感
いよいよ最終日を迎えた今年のフジロック。奥地のフィールド・オブ・ヘヴンに到着すると、疲れを感じさせながらもたくさんの人々が晴れやかな表情で次のアーティストを待っている様子だ。11人編成の菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールが大歓声に迎えられながら登場した。
一曲目は”キリングタイム”。4人のストリングスがうみだす不穏な空気に、ベースやピアノもどんどん合流。そして満を辞してサックスを吹き鳴らす菊地成孔(Sax / Vo / Cond)の佇まいにさらに惹き込まれる。菊地がカウベルを叩いてパーカッションとセッションする場面など、演奏が移り変わるたびに歓声をあげるヘヴンの聴衆。優雅だけどどこか心地よい緊張感があって、ロックバンドともまた違うエキサイティングさを持ったオルケスタの演奏にはやくもヘヴンは魅せられている。
“嵐が丘”でもスキャットやヴァイオリンの形態模写、拍子木を叩いたりもする菊地とともに、バンドネオンやストリングス、ハープやピアノが映画のような芳醇な情感を描き出し、ヘヴンの聴衆は思い思いに揺られている。この感慨を正確に描写しきれないことを悔しくも感じるくらい、重厚で贅沢な音楽体験。こういう体験ができるのもフジロックの醍醐味だろう。
「ビタ一文ロックでないのに、フジロックに呼んでいただいて光栄です。ハープが山を越えるだけで赤字です。昼から出るのははじめてなので吐きそうです」と語る菊地。僕はというと、ドラマ『岸辺露伴は動かない』の音楽から本格的に興味を引かれて今回はじめて生の彼に触れたわけだが、菊地成孔といえば夜のクリスタル・パレス・テントやGAN-BAN SQUAREの印象が強くあったので昼のヘヴンで繰り広げられる光景にはなんだか妙なギャップを感じたりもする。長年親しんできた聴衆や彼自身にとってはなおのことなのだろう。
「こんな雰囲気なのでチルアウトな曲をやります。隣の人とカップルにでもなって、いやそんなことしないかフジロック。そんな気分で、ダンスホールのように」と語り、“京マチ子の夜”。とろけるようにムーディーな調べを味わい、堪能し、身を任せるこのひとときがなんともたまらない。
僕からすれば菊地成孔の音楽は少し高尚なものなのではないかと身構えていたところがあったし、実際最初の方はただ立っているだけでも醸し出される異様な存在感にやられていたが、そんなことを考える必要はまったくないのだろうと思う。そう思うと僕もリラックスした気持ちになって、ただ演奏に身を任せるだけだ。“色悪”では菊地がヴォーカルパートを歌い、具体的な夜の情景をイメージさせる話し言葉のような歌が、シネマティックな情感をさらに深くしていく。ダイナミックなユニゾンが印象的だった“ルペ・ペレスの葬儀”で通り過ぎていった一瞬の雨も、まるでそういう演出かのようにこの優雅な光景に色を添えていた。ああ、たまんないな。
最後には丁寧にメンバー全員を紹介し、「昼間なんで調子狂いましたが、夜また会いましょう」と語る菊地。彼曰く水曜に新宿歌舞伎町のダンスフロアで行われる、フル尺の夜の公演が本領だそうだ。僕にはなにが狂っていたのかまったくわからなかったが、野外フェスティバルで繰り広げられた優雅で妖艶な夜の情感を心ゆくまで楽しむことができた。
「ハープを山に運ぶこと、パーカッションを山に運ぶこと、悲願でした。悲願がかないました」と話した菊池成孔。彼もこのフジロックでしかできないスペシャルなひとときを満喫したことだろう。それでは、夜また会いましょう。
[写真:全10枚]