MOREFUN - PEOPLE 7/28 - (AFTER)
家賃滞納のバンドマンを追ってフジロックへ「彼の音楽が大好き」と踊り続けた大家さん
はじめてのフジロック、笑顔で踊り狂う
音楽がつなぐ不思議な関係性だ。
2025年の7月25日から27日まで新潟県の苗場スキー場で開催されたフジロック。今年も数多くの参加者が、音楽やグルメ、フェスティバルそのものを楽しもうと1年に1度の祭典に訪れた。
お気に入りの赤いTシャツを着て、人目を気にせずステージ前の最前線で踊っていた井野さん(仮名)もその一人だったが、参加理由はすこし特殊だった。
「ウチのシェアハウスに住んでいたバンドマンが、家賃を滞納したままいなくなったんです。それでプレッシャーをかけるという意味でライブハウスに行ったら、彼の音楽に踊らされた。そのときに『こいつら、絶対フジロックに出る』と思いました」
井野さんには先見の明があった。家賃を滞納したアーティストAは本当にフジロック出演をつかみ取った。その姿を一目見ようと、はじめてのフジロック参戦を決めた。
普段は他道府県でシェアハウスを営んでいるという井野さん。フジロックには原動機付自転車に乗って、はるばるやって来た。
家賃を滞納したアーティストAとは約半年の付き合いだったが、わが子のように可愛がっていたという。
ひどい話だと思い、神妙な面持ちで井野さんの話を聞いていたが、違和感を抱いた。井野さんは笑っていたのだ。「アーティストAに対して恨みや裏切られたという感情はないのですか?」と尋ねると、大きく首を振りながら「ないですよ」と言い切った。
「彼がシェアハウスを出ていった後も、イベントなどで会っては『ビッグになってくれ、フジロックにいつか招待してくれ』と話しを重ねてきました。お金の返済はまだですが、彼とは長い付き合いになるんだし、これからの人間性を見ます。
ウチはそういうダメな人も受け入れる優しいシェアハウスで、ミュージシャンやアーティストが多い。だから何といいますか、今回のフジロックで得た経験とかを、次の世代のために生かしてくれればいいと思っています」
その言葉にウソはない。アーティストAのライブ中、井野さんは笑顔で踊り狂い、ライブ終了後には特大の拍手で、同アーティストを見送った。
「大好きなんですよ、彼らの音楽が。彼のライブを改めて見て、あの時の勘は間違っていなかったと思いましたし、フジロックに出演して『やったぜ』という感じですね。彼はこの先もたくさんの人を踊らせていくと確信しています」とファンとして、アーティストAが大舞台に立つ姿を夢見ている。
ただ、アーティストAにはいち早く滞納金を返済してほしい。たとえどんな理由があったとしても、井野さんの善意を踏みにじるべきではないはずだ。
今回、アーティストAの実名を公表しないという条件で取材に応じてくれた井野さんは、アーティストAをかばう姿勢を見せながらも、「この記事のおかげで外堀が埋まっていくと思うんです。そしたらAも『大ごとになってきた』と焦ってくれるでしょう」と、返済を求める意向は変わらない。
アーティストAのライブを終えた井野さんは、このまま朝まで躍り明かし、フジロックを終えた足で約2週間かけながら各地の祭りを巡り、シェアハウスに戻るという。
はじめてのフジロックを終えた井野さんは「なかなか出会えないような、すごくいい音楽がたくさんそろっていた。会場内をブラブラしているだけで、いろいろな音楽と出会えたし踊れたので、すごく楽しかったです」と白い歯をこぼした。
アーティストAとの問題がいつ解決するかは分からないが、音楽がある限り二人のつながりは切れないだろう。これからも井野さんは、アーティストAのステージを見守り、応援し続ける。
次に井野さんがフジロックに来るときは、どんな理由だろうか。
[写真:全10枚]