LIVE REPORT - GYPSY AVALON 7/26 SUN
アトミック・ カフェ 曽我部恵一
本当の気持ちだけを研ぎ澄ました言葉で歌うことだけが心を開かせる
昨夜のサニーデイに打ちのめされ、生きていることの喜びと同時に自分の「背骨」はどうなんだ?と、少しフワフワした気分で最終日のジプシーアバロンに向かう。夜半からの雨でしっとりした地面に椅子を置いてくつろぐ人、ONE PERSON,ONE POWERパッチをリュックにつけた人。アトミックカフェに集まる人の意識はグラデーションを描く。
フラッと、あまりにも自然にステージに現れた曽我部さんはギターの音を拾うマイクを丁寧に調整。息をするように“ギター”を歌い始める。《戦争にはちょっと反対さ》、明確に反対じゃないこの歌詞に賛否あるが、曲はできたときの作者の心情がある。暮らしへの愛が優しい語り口を呼び、意味は声やトーンが作ることに気づく。続く“キラキラ!”も、好きな街で本を探したり友達にたまたま会う、かけがえなさが自分の体験に重なって響く。もしそれが当たり前の日常じゃなくなったら?彼はそこまでは歌わない。だからよけいに不安になる。それが歌だ。戦争や世界情勢だけじゃない。2000年頃より遊びで人に会うことが減り、それはSNSで代替できない。優しく語りかけるように歌う“ギター”と天まで届くような“キラキラ”!の対比は意識を声だけで変えられる表現者の力量を映す。さらに紛争はなくならないだろうと現実を見つめながら泣くことしかできない状態が描かれる“長い夜”。それはむしろ悔しさや悲しみを増幅するのだ。
今回、曽我部さんはお子さん3人と苗場までドライブしてきたという。家族で初めてのフジロックが幸せだ、と。一番上の娘さんが生まれた時、五里霧中の子育ての最中も家に赤ちゃんがいる事実そのものが幸せだったと話し娘さんのことを歌った“おとなになんかならないで”が、親の無償の愛がおそらくあったのだろうな、と十分に大人の自分も包み込むし、今、幼いお子さんを持つ親御さんは共感で溢れていたことだろう。そう。そうした実感の積み重ねでしか平和な世の中であってほしいと心底思うのは難しいんじゃないだろうか。曽我部恵一という表現者は徹底して自分の実感しか歌わない。もちろん、ソングライターとしての個性を活かして。
子供への目線から大人の現実ににスイッチして“満員電車は走る”が、一人ひとり異なる人間を属性で判断せざるを得ない仕事の面接などをリアルに描いて、身に沁みる。曽我部さんの激しいストロークがさまざまな感情を乗せて爆走する地下鉄のような凄絶さを帯びる。「こんな森の中で満員電車の歌歌ってごめんね」と詫びると苦笑いの人もいたかもしれない。話は前回フジロックに出演した時に及ぶ。コロナ禍で声を出せないことで、本当に出演したのか怪しいという。今回は存分に声を出し合えて最高だ、と話す。今回の「愛と平和」というセクションのテーマを浮かべ、遠い国の戦争などが起きた時、自分で考えて作った曲を持ってきたそうだ。
昨夜のサニーデイ・サービスのライブの感触にも繋がる恋の病を歌う“LOVE-SICK”で「結局、恋に戻ってきたよ」と思ったのは私だけじゃないだろう。誰にも恋する気持ちは奪えないとばかりに絶唱する。何をしでかすか分からない不安と背中合わせの生きている実感。幼い恋じゃなく、むしろここで歌われるのは大人の恋だろうと思う。
1曲1曲、蓋をしていた気持ちがどんどん剥がされていくのが曽我部さんの歌に触れる醍醐味であり、その瞬間に再度自分の内側を見ればいいのだ。そこからは人それぞれ。
持ち時間がもう10分あるとわかると、「これ実話なんだけど、昨日、宿の部屋が息子とマネージャーと俺で。ベッドが2つしかなかったから俺は車中泊したの」と話し、今回のアトミックカフェ・トークが忌野清志郎にも関連していることから、“スローバラード”を急遽カバーしてくれた。そして「愛のうたを歌っていいよね」という歌だと説明して、ラストに“春の嵐”を渾身の力で歌い切ってくれた。この時点でもう十分な気がした。「愛と平和」をテーマに話す以上に雄弁な歌があったから。
[写真:全10枚]









