LIVE REPORT - GREEN STAGE 7/26 SUN
KNEECAP
血を流させないために、血を通わせること
ライブへの興奮で振り上げる手と、強い意志で突き上げる拳にそれほど違いはない。「乾杯!」とか「ありがとう」と「Free Palestine」や「戦争反対」もやはり不可分なものなのだろう。水だかビールだか汗だかを浴びながら、モッシュピットでもみくちゃになった1時間のパーティーは、僕にそんな感覚をもたらしてくれた。
今年もっとも話題を集めた出演のひとつ、ベルファストのヒップホップ・トリオ、ニーキャップ。定刻前にはパレスチナの旗がステージに掲げられ、最初から政治的な姿勢を隠す気はまったくない。それでもライブが始まると、まず飛び込んでくるのは身体を突き動かすビートとラップだった。気づけば何度も知らない誰かとぶつかり、転んだ人がいれば誰かが引っ張り起こす。その繰り返しの中で、「Free Palestine」のコールも、「乾杯!」と投げ交わす言葉も、同じ熱量で飛び交っていた。
政治活動やデモと聞くと距離を感じる人もいるかもしれないが、ニーキャップがつくっていたのは、まずストリートカルチャーであり、レイヴであり、パーティーだった。だからこそ政治も自然にそこへ溶け込んでくる。考えるより先に身体が動き、その延長線上にメッセージがある。ビートやラップの気持ちよさも、そのための入口なのだろう。
プロヴィの目出し帽を被ったオーディエンスを集め、「ジャパニーズ・プロヴィ!」と茶化して盛り上げる場面もあり、終盤にはプロヴィ自身がモッシュピットへ飛び込み、その身体を何百人もの手が支えながらラップは続いていく。スクリーンではトランプやネタニヤフを批判するメッセージが絶えずフラッシュし、目の前では汗まみれで肩を組む知らない誰かがいる。映像に映し出されるメッセージも、モッシュピットで出会った人たちも、このライブでは全部同じ景色だった。
本来ならアイルランド人への侮蔑語である「FENIAN」や「H.O.O.D」を、当事者である彼ら自身がシンガロングへ変えてしまうこともそうだ。差別や分断を説明するより先に、その言葉をみんなで歌うという行為そのものが、同じ感覚を立ち上げてしまう。そうやって、グリーン・ステージには言葉だけでは届かないものが、確かに通っていた。
そして一番印象に残ったのは、モッシュピットで出会った何百人もの人たちのことだった。名前も知らないし、二度と会わないかもしれない。それでも肩を貸し、引っ張り上げ、ともに拳を突き上げていた。ステージでは世界中の争いや権力者たちへの怒りが映し出され、その足元では知らない誰かを支えるために何百もの手が自然と伸びている。その光景が、あまりにも鮮烈だった。
血を流させないために、まず血を通わせること。そんな当たり前のことすら、この世界はうまくできなくなってしまっている。だからニーキャップは理屈より先に、僕らをパーティーへ巻き込む。踊って、ぶつかって、支え合う。その時間をともにしたあとでは、「Free Palestine」という言葉も、ライブの熱狂から切り離されたスローガンにはもう聞こえなかった。
