“阿部仁知” の検索結果 – FUJIROCK EXPRESS '23 | フジロック会場から最新レポートをお届け http://fujirockexpress.net/23 FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)を開催地苗場からリアルタイムでライブレポート・会場レポートをお届け! Fri, 18 Aug 2023 09:33:43 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.23 帰ってきた大将…… みんな、それを待っていた。 http://fujirockexpress.net/23/p_9601 Mon, 14 Aug 2023 03:03:36 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=9601  たまたま見た記事に使われていた「完全復活したフジロック」という見出しに目を疑った。どこが? これを書いたのは、フジロックの一部しか知らない人か? あるいは、これが「忖度」ってヤツか? 興行的な側面を見れば、確かに近いものはあるかもしれないし、コロナのことなんぞ気にかけることもなく、やっと普通に遊べるようにはなっていたけど、「完全」はないだろう。もちろん、4年越しに復活したパレス・オヴ・ワンダーが、「らしさ」を垣間見せてくれたのはある。あれは生粋のフジロッカーにはめちゃくちゃ嬉しかった。が、「完全復活」という言葉を使うには無理がある。奥地に姿を見せていたカフェ・ドゥ・パリもなければ、音楽好きにはたまらない魅力となっていたブルー・ギャラクシーもない。ワールド・レストランがあった場所は、ただの空き地だ。開幕前と言えば、フジロックを生み出した、我々が大将と呼ぶ日高氏の影はきわめて希薄で、メディアではなにやら「過去の人」のようにされてはいなかったか。

 が、フジロックは日本のロック界を揺り動かし、変革し続ける希代のプロデューサー、日高正博氏そのものであり、その業績が結晶となったものと思っている。その原型といってもいい、アトミック・カフェ・ミュージック・フェスティヴァルをUKのグラストンバリー・フェスティヴァルの影響の下にぶち上げたのは、今から40年ほど前。あの頃から旧態依然とした音楽業界に風穴を開け、激震を与え続けているのが彼であり、その集大成がフジロックなのだ。

 彼が率いるスマッシュという会社が立ち上がったのは、そのしばらく前のこと。まず彼が着手したのは、国内でレコードも発売されていないようなアーティストの招聘だった。それまでの海外アーティストの来日といえば、圧倒的なレコード・セールスを記録し、誰でも知っているスターばかり。ところが、彼が着目したのはひと癖もふた癖もあるアーティストだった。名義こそスマッシュではなかったかもしれないが、最初に招聘したのはジョージ・サラグッドとデストロイヤーズではなかったか。当時、このアーティストの存在を知っている人は多くはなかったはずだが、一連のライヴが大好評を博している。しかも、会場となったのは、海外からのアーティストが使うことはほとんどなかった小さなライヴハウス。それも画期的だった。その後も、インディ系ロックからアンダーグランドのパンク、レゲエやワールド・ミュージックにいたるまで、ジャンルにとらわれることなく、なによりも彼が信じる才能やシーンを日本に紹介することを最優先して動いていた。

 同時に、座席付きの会場がコンサートの定番となっていたことに疑問を抱いた彼は、ボクシングやプロレスで知られる後楽園ホールに着目。なんとホールの中にステージを設営して、スタンディング・スタイルのライヴを企画していくのだ。ちょっと座席を立っただけで警備員に止められたり、会場から追い出されるのが常識だった時代に、「好きに踊りなよ」というライヴの場を提供したのは画期的だった。といっても、インフラが整っているコンサート・ホールとは違って、ステージから音響に照明まで全てを用意しなければいけない。当然、金がかかる。金儲けが目的の興業屋だったら、こんなことをするわけがない。それはフジロックでも同じこと。なにもない場所に全てを作り出すことで、どれほどの経費がかかるか? 杭を一本打つにも資材やその輸送費に人件費が必要となるのだ。

 それでも、オーディエンスにとって自由に音楽を楽しむことができるライヴがどれほど嬉しかったか? この時、UKレゲエのアスワドやUSで衝撃を与えていたヒップホップ、ビースティ・ボーイズをここで体験した人達にはわかったはず。これこそが音楽の魅力を、そしてその背景をも伝えてくれるライヴの場なんだと。しかも、当時、ライヴが始まる前のコンサート・ホールといえばシ~ンと静まりかえっているのが普通だったのに、ここでは出演するアーティストに絡んだ音楽が大音響で鳴らされている。それまで当然のように幅をきかせていた「音楽鑑賞会」と呼ばれていたコンサートとは全く違った空気が流れていた。思い起こせば、スタンディングが当然の場として、先駆けとなる渋谷クアトロが生まれたのは1988年。後楽園ホールで幾度もライヴが開催された後なのだ。

 実は、DJやクラブの動きに関しても、大きな役割を果たしていたのが大将だった。黎明期のクラブ・シーンを語るときに欠かせない桑原茂一氏率いるクラブ・キングと一緒に海外からDJを招聘したのは1986年。フジロックでもおなじみのギャズ・メイオールと、当時、ロンドンのダンス・ジャズ・シーンで脚光を浴びていたポール・マーフィーを来日させている。さらには、ユニークなダンス・スタイルでマンチェスターから躍り出たダンス・トゥループ、ジャズ・デフェクターズも招聘。会場となった原宿ラフォーレでは深夜になっても行列ができるほどの反響を生み出していた。

 さらに91年にはアシッド・ジャズからUKジャズを牽引したメディア、Stright No Chaserと共同でクラブ・イヴェントを企画。Kyoto Jazz Massiveとモンド・グロッソが初めて東京に進出し、U.F.O.とDJ Krushが一堂に会して、UKジャズをリードしていたスティーヴ・ウイリアムソンのバンドThat Fuss Was Usと、しばらく後に世界的ヒットを生み出すDJユニット、US3を迎えてた大規模なパーティも実現させている。4000人超を集めてオールナイトで繰り広げられたこれが、日本のクラブ・シーンを一気に活性化させるのだ。

 そういった大将の業績を集約するように始まったのがフジロックだった。誰もが「無謀だ」、あるいは、「これでスマッシュも倒産だろ」と口にしたのが1997年の第一回を前にした頃。ものの見事に台風にやられて、2日目をキャンセルせざるを得なくなったのを「ざま見ろ」と口にした業界人も多かった。加えて、会場に来ることもなく「観客を管理する柵も作っていない」と批判をぶつけてきたのが大手メディア。「ロック・フェスティヴァルに来る人間は無知で粗野な人種だ」とでも決めつけているんだろう、そんな「常識」との闘いがこの時から始まっていったのだ。

 その最前線にいたのが大将であり、奇抜とも思えるアイデアを次々と現実にしてフジロックを成長させてきたのも彼だった。いうまでもなく、周辺にいたスタッフはたいへんな思いをしたに違いない。なにせ彼に「常識」は通用しない。が、それがフジロックを他のなにものにも比較することができないユニークなフェスティヴァルとしてきたのだ。会場外にステージを作って、奇妙奇天烈なサーカス・オヴ・ホーラーズを招聘したのは2000年。翌年には、同じ場所に、出演者でもないジョー・ストラマーとハッピー・マンデーのベズを中心としたマンチェスター軍団から、後にスターになる娘、リリーを伴った俳優のキース・アレンらを呼び寄せて、フリーキーな遊び場を作っていた。さらに、翌年になると、UKのアート&パフォーマンス軍団、Mutoid Waste Companyをリードするジョー・ラッシュがここにパレス・オヴ・ワンダーと呼ばれる空間を生み出している。その延長線にあったのが、オレンジコートの奥地に生まれたカフェ・ドゥ・パリやストーン・サークル。フジロックを単なる野外コンサートではなく、どこかで奇想天外で別世界のような祭りに仕上げていったのは間違いなく大将だった。

「俺たちにはそんな大将が必要なんだ」という想いを形にしたのが、3年前に初めて彼の写真を使って我々が発表した「Wanted」のTシャツだった。元ネタは1981年に発表されたピーター・トッシュのアルバム・カバー。下敷きとなっているのはマカロニ・ウェスタンや西部劇と呼ばれるアメリカ映画でよく見かける指名手配書だ。賞金額と「Dead or Alive」(生け捕りでも死体でも)という言葉がセットになっていて、人相書きを元に、賞金稼ぎがその首を狙うというもの。今もこんなのが生きているのかどうか知らないが、ピーター・トッシュはこのジャケットで「俺は危険なアーティスト」というイメージを打ち出したかったんだと察する。

 一方で、日高大将をネタに僕らが作ったヴァージョンには全く違った意味が込められていた。賞金の代わりに並べたのは「9041」という数字。囚人番号にも見えたこれは彼が大好きな言葉、クレイジーをもじった番号で、「Not Dead But Alive」としたのは、「生きていてもらわないと困る」からに他ならない。コロナ禍できわめて厳しい状態に直面しているフジロックが生き残るのみならず、本来の姿に戻ってさらに深化(進化)させるのに、必要不可欠なのは元気に走り回る日高大将。と、そんな想いを込めていた。

 最低限の取材経費を主催者から受け取っても、独立性を保つためにも、日常活動に関しては一銭のギャラも受け取らないボランティアで構成されるのがfujirockers.org。というので、その始まりから、活動資金作りのために様々なアイデアを絞り出している。そのひとつが、Tシャツなどの物販で生まれる収益。その歴史でかつてないほど好評だったのがこの作品で、以前とは比較にならないほどの売り上げを生み出していた。おそらく、この結果が生まれたのは、会場にやって来るフジロッカーズも同じような「想い」を共有していたからだろう。

感染防止のためにがんじがらめのルールに縛られながら、「なんとかフジロックを支えたい」という思いが際立った2021年にこれを作っていた。規模を縮小しなければいけないという流れの中で、集まった人達の数は史上最低。恒例となっている前夜祭での集合写真も撮影できなかったし、なにやらもの悲しかったのが花火大会。さらには、「声を上げるな」というので、ライヴでの歓声もないという、きわめて異様な光景が広がっていた年だ。それでも、出演者関係者のみならず、集まってきた参加者から「なんとかフジロックを守りたい」という思いがひしひしと伝わってきたのをよく覚えている。それは、現場に来ることを選ばなかった人達からも同じように感じていた。

 そして、「いつものフジロック」を謳って開催された去年も、現場ではぴりぴりした空気が漂っていた。なんとか恒例の前夜祭での集合写真は撮影できたものの、あの時、「みなさん、マスクを付けてください」と、この奇妙な時代を象徴する記録を残そうとしたことを覚えている方もいると思う。オレンジカフェのテントで食事をしようとしても、テーブルを仕切る透明の板の上には大きく「黙食」と書かれていて、久々に会った仲間との会話さえはばかられる。確かにライヴは行われたけれど、なにか釈然としないものを感じていた。グリーン・ステージの最後のバンドが演奏を終えて、いつもなら、祭りの終わりをみんなで共有する時間があったはずなのに、それもなかった。当然のように、オーディエンスの集合写真を撮ることもなく、静かに幕を閉じていった。

 それよりもなにより、フジロックでしか体験できない時間や空間を感じることがほとんどなかったのが昨年。それを象徴していたのがパレス・オヴ・ワンダーの不在だった。なにやら、フジロックからフェスティヴァルの要素がすっぽり抜け落ちて、ただの野外コンサートになっていたような感覚を持った人も多かったのではないだろうか。この時、フジロッカーズ・ラウンジでは「Where Is “Wonder”?」という写真展を開催している。「どこに『驚き』があるの?」とここで問いかけていたのは、パレスに絡んだことだけではなかった。かつてジョー・ストラマーが口にしたように、「年にたったの3日間でもいい。生きているってどういうことかを感じさせるのがフェスティヴァル」だとしたら、それがどこにあるのか? そんな疑問を感じざるを得なかったのだ。

 もちろん、パレス・オヴ・ワンダーの主力部隊がUKからやって来るスタッフだというのは、多くの人が知っている。コロナの影響で彼らの来日が難しいというのは百も承知で、同じく、大幅な縮小での開催を余儀なくされたという、経済的な打撃が後を引いているのは理解できる。が、その上で「いつものフジロック」を謳うのは「違うだろ!」という声が多数派をしめていた。

 さらに、以前なら、ジープに乗って会場を動き回っていた大将の姿を見かけることはほとんどなかった。そうやって会場に集まっていた人達と会話を交わしたりと、いつもフジロッカーに最も近いところにいたのが大将。1997年の第1回が始まる以前から、Let’s Get Togetherと名付けた公式サイトの掲示板経由で、オフ会にまで顔を出して、彼は日本で初めて継続的に開催することを目論んでいたフジロックのお客さんたちと繋がろうとしていた。その掲示板が独立するような形でfujirockers.orgが生まれた後も、「なにかをやりたい」と集まってきたスタッフと幾度となくミーティングをしたり、インタヴューの場を設けてくれたり……。それが終わると、みんなを引き連れて居酒屋に出かけて四方山話となるのだ。フジロックが成長するにつれて、そういった機会は少なくなっていくのだが、それでもフジロックを愛する普通の人達の声に彼はいつも耳を傾けていた。

 我々フジロッカーの想いは、「Wanted」のTシャツに集約されていた。大将が最前線に戻ってきて欲しい。だからこそ、昨年も「Mad Masa」のTシャツを制作。そして、今年は、彼が復活させた「苗場音頭」と忌野清志郎と作り出した「田舎へ行こう」のシングル盤を作り出すことでその重要性を訴えようとしていた。常識ではあり得ないだろう。レコード会社でもない、フジロックを愛する人達のコミュニティ・サイトを運営するfujirockers.orgがレコードを発売するという、前代未聞のプロジェクトだ。そのアイデアを彼に伝えると、二つ返事で「じゃ、事務所につないでやるよ」と動いてくれたのだ。

 そのプロモーションで動き回るなか、フジロックが生み出した「故郷」を認識することになる。「ずっと都会生まれで都会育ちの人にとって、苗場が毎年帰ってくる田舎のようなものになっていったんです」と語ってくれたのは、7月頭の苗場ボードウォークで語り合ったフジロッカーだった。なにやら故郷に帰る人達のアンセムのような響きを持つのが「田舎へ行こう」であり、彼らを暖かく受け入れて迎えてくれるのが「苗場音頭」。フジロックは野外コンサートを遙かに超えて、年に一度「生きている」ことを祝福する故郷の祭りとなっていることを思い知らせてくれるのだ。

 そのフジロックに危機が訪れていた。コロナの影響で思い通りに開催できなかったことから負債が累積。と、そんな噂が駆け巡っていた。予算も縮小しなければいけないし、今年がうまく行かなかったら、来年はない……。毎年のように「来年はないかもしれない」という危機感は持っていたんだが、それがいよいよ現実になるのかもしれない。噂の域を出てはいないというものの、想像してみればいい。もしもフジロックが開催されなかったら……。まるで故郷をなくしたような気分に陥るのだ。

 しかも、当初は予算の関係で不可能だと思われていたのがパレス・オヴ・ワンダーの復活。突き詰めていけば、コロナの影響によるダメージで、なによりも実現しなければいけないのはコンサートであって、それ以外のものは「無駄」だという発想が支配的になっていたからだ。それでも必死に食い下がったのが、UKチームのボスから東京のスタッフ。彼らがなんとか復活させたいと必死に動いていた。実を言えば、ほとんどの関係者が、守ろうとしたのはフジロックという「フェスティヴァル」であり、その象徴がここにあった。

ひょっとすると、それこそがフジロッカーズをつなぎ止めたのかもしれない。メインのステージでの演奏が終わると、行き場所がなかったのが昨年。が、今年は違った。様々なオブジェが姿を見せ、サーカスまでもが繰り広げられる。まるで映画のセットのようなその空間に浮かび上がる木造テント、クリスタル・パレスは健在だった。4年間も放置されたことで、かなりの修復が必要だったらしいが、今年もユニークなバンドの数々とDJたちが至福の時間を生み出していた。特に嬉しかったのは、その箱バンのような存在だったビッグ・ウイリーが戻ってきたこと。いつも通り、ちょいとセクシーなダンサーたちと極上のエンタテイメントを提供してくれた。

 残念ながら、ダブルAサイドで復刻した7インチのアナログ・シングルを生むきっかけとなったブルー・ギャラクシーの復活を願う声は主催者には届かなかった。まずはJim’s Vinyl Nasiumとして生まれ、それが成長して新たな名前を付けられたここで蒔かれた「音楽を楽しむ」という種を各地に持ち帰った人達が育てたのがフジロッカーズ・バー。もちろん、DJバーの土壌はすでに存在したし、ジャズ喫茶やクラブの文化も背景にはある。その全てが複雑に絡みながら、発展してきたことは言うに及ばない。が、ここから生まれたフジロッカーズ・バーというイヴェントが日本全国の様々な町で企画され、音楽を楽しむ場として定着しつつあることも見逃せないのだ。

 そんな仲間に手をさしのべてくれたのが会場外でジョー・ストラマーの遺産を守り続けるJoe’s Garageだった。「いいですよ、ここを使ってくれたら」とフジロッカーズ・バーでDJを続ける仲間たちがここに集まっていた。彼らはチケットを買ってフジロックにやって来たお客さんでもある。その彼らに「めちゃくちゃ楽しい」と言わしめたここは、UKチームのたまり場でもあり、ここでも祭りの文化が花開いていた。

 そして、なによりも嬉しかったのはフジロッカーズが「帰ってきてくれ!」と願い続けてきた大将の姿が、今年はあちこちで目に入ったことだろう。しかも、どん吉パークではいきなりステージを作って、苗場音楽突撃隊のライヴを実現させている。と思ったら、最後の朝、月曜日の早朝のクリスタル・パレスでは、ビッグ・ウイリーのバーレスクが演奏を終えたっていうのに、ステージに姿を見せた彼が言うのだ。

「もっともっと聞きたいだろ!」

 と、オーディエンスに呼びかけてアンコールをせがんでいた。へとへとになっているバンドも大将に言われたら、断れない。というので、予定外の演奏が始まっていた。なにが起こるのか、予想もできないハプニングが待ち受けているのもフジロック。それを動かしているひとりが、言うまでもなく大将なのだ。

 いつもなら、全てが終わった後、入場ゲートに「See You」と来年の告知がされるのだが、今年は昨年同様日付が記されてはいなかった。さて、本当に来年のフジロックはあるんだろうか? きっと、あるんだろうと信じたいのはやまやまだが、どこかで「まさか..……」という疑念も振り払うことができない。

 いずれにせよ、ここ数年、ずっと頭に浮かぶのは、パレス・オヴ・ワンダー、生みの親のひとり、Mutoid Waste Companyのヘッド、ジョー・ラッシュがインタヴューで残してくれた言葉。

「フェスティヴァルってのはね、ただ口をぽかんと開けて、(チケットの金を払ったんだからと、それに見合う)なにかを受け取るだけの場じゃないんだよ。自らその一部となるってことだと思うんだ」

 おそらく、fujirockers.orgのスタッフもそんな人達の集まりだろうし、会場の外でJoe’s Garageを生み出した仲間も同じだろう。苗場音頭のために浴衣を持ってきたり、コスプレで遊んだり、あるいは、お客さんなのにレコードを持ってきてDJをしたり、どこかで誰かが演奏を始めたりってのも、自らフェスティヴァルを作り出すってことなんだろう。そんな人達がいる限り、フジロックは「終わらない」と思えるんだが、どんなものだろう。もし、開催が危ういというなら、大騒ぎをして主催者を動かしてやろうじゃないかとも思う。

 さて、好天続き……というよりは、炎天下に襲われたのが今年のフジロック。まだまだ完全復活には時間が必要かもしれないが、それでもフジロックでしかない貴重な時間や体験を生み出す、フジロック本来の魅力を伝え続けてくれたのは、以下のスタッフ。ありがとう。こよなくフジロックを、そして、フジロック的なものを愛するあなたたちは、間違いなく「フジロック」を作り、支える仲間です。

 また、赤字で当然のレコード再発プロジェクトを支えて協力してくれたスタッフ、フジロッカーズ・バーの仲間のみなさん、ありがとう。まだまだ売らないと元が取れないというのでここで、もう一度大宣伝です。契約の関係上、レコード屋さんでは買うことができないことになっているこのシングル、忌野清志郎の「田舎へ行こう! Going Up The Country」と円山京子の「苗場音頭」をカップリングして、両A面としているこのレコードはこちらで購入可能です。これを買って、fujirockers.orgを支えていただければ幸いです。
https://fujirockers-store.com/collections/cd-lp

FUJIROCK EXPRESS’23 スタッフクレジット

■日本語版
あたそ、阿部光平、阿部仁知、イケダノブユキ、ミッチイケダ、石角友香、井上勝也、岡部智子、おみそ、梶原綾乃、紙吉音吉、粂井健太、小亀秀子、古川喜隆、小林弘輔、Eriko Kondo、佐藤哲郎、白井絢香、suguta、髙津 大地、近澤幸司、名塚麻貴、ノグチアキヒロ、馬場雄介(Beyond the Lenz)、HARA MASAMI(HAMA)、平川啓子、前田俊太郎、三浦孝文、森リョータ、安江正実、吉川邦子、リン(YLC Photograpghy)

■E-Team
カール美伽、Jonathan Cooper、Park Baker、Sean Scanlan

■フジロッカーズ・ラウンジ
mimi、obacchi、SEKI、yamato

■TikTok
磯部颯希

■ウェブサイト制作&更新
平沼寛生(プログラム開発)、迫勇一、坂上大介

■スペシャルサンクス
三ツ石哲也、若林修平、東いずみ、Nina Cataldo、卜部里枝、takuro watanabe、Chie、竹下高志、西野太生輝

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fujirockers.orgは1997年のフジロック公式サイトから派生した、フジロックを愛する人々によるコミュニティ・サイトです。主催者からのサポートは得ていますが、完全に独立した存在として、国内外のフェスティヴァル文化を紹介。開催期間中も独自の視点で会場内外のできことを速報でレポートするフジロック・エキスプレスを運営していますが、これは公式サイトではありません。写真、文章などの著作権は撮影者、執筆者にあり、無断使用は固くお断りいたします。また、文責は執筆者にあり、その見解は独自のものであることを明言しておきます。

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【フジロック3日目深夜周遊記】 http://fujirockexpress.net/23/p_8530 Wed, 02 Aug 2023 01:51:41 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=8530 きゃりーぱみゅぱみゅによって口火を切られた3日目の深夜。もろもろの仕事に一区切りをつけ26時頃にオアシスに繰り出すと、1日目のOVERMONOだったり2日目のTSHAROMYのサウンドが弾けていた同時間帯ほどではないけど、それでも多くの人が夜を楽しんでいるみたいだ。Rainbow cafeの店員さんが、通りがかった下町バルながおか屋の人たちと「フジローック!!」って掛け合ってたりする光景を見ると、最終日って感じがしてくるなあ、なんて少ししみじみとしてしまう。

あと3時間ほどで今年のフジロックが終わってしまう名残惜しさを感じつつも、最後まで楽しみ尽くそうとする人々の活気を感じる心地よい空気感。僕はというとオアシスに響いているレッド・マーキーのYUNG BAEのプレイと、溶け合うように聞こえてくるGAN-BAN SQUAREのTAKU INOUEのサウンドに後ろ髪を引かれつつも、パレス・オブ・ワンダーに向かう。だって今年まだパレスに行ってないもの!パレスへ向かう道すがら、ゲートでは記念撮影をする人たちの姿が。でも僕らにはまだ早い。

パレス・オブ・ワンダー編

26:20くらいにパレスに到着すると、ROOKIE A GO-GOではSPENSRのライブが盛り上がりを見せている様子で、クラブ・ミュージックの情感をファンキーなバンドサウンドに落とし込んだような演奏は、こんな夜にぴったり。「来年もまた苗場で会えたら嬉しいです」という言葉にも気概がこもっていた。

そしてたまたま友人と遭遇し、すぐ隣のパレス・アリーナで始まったのは、SAKURA CIRCUSの今年のフジロック最終公演。前夜祭でもレッドのPA前あたりからこの公演を観ていたが、目の前で見ると迫力も段違いだ。連動して回転する2つの円の内外で2人がまわるパフォーマンスは、一歩間違えれば大事故必至でハラハラドキドキが止まらない。

前夜祭でも観たDuo vitalysのバランス芸は、至近距離で見ると2人の表情がとても印象的で、一瞬でも集中を切らすと失敗するであろう緊張感が凄まじい。そして新太くんとアラン・ダヴィッドさんの足技「イカリオス」では新太コールが巻き起こり、ビシッと決めた新太くんは会心の表情。9歳にしてこのショーマンシップとプロ意識なのだ。まったくもって頭の下がる思いだ。

司会進行をしていた小深田尚恵さんが取締役を務め、我が子と親戚らを合わせて総勢約50人の大所帯サーカス一家にとって、一つ一つが人生をかけているステージ。その気概に触れて僕も自分の人生について少し考えたりもする。これぞ本物の体験とでも言いたくなる、生々しくて濃密な体験がパレスにはある。そしてそれはいたるところで同時多発的に起こっている。

ROOKIE A GO-GOに戻ると今年最後の出演者となるカラコルムの山々が登場。な、なんだ?どういう音楽だこれ?かなりカオティックなバンドサウンドに歌心も混ざり合うパフォーマンスは深まっていく夜を刺激的に彩っている。

ルーキー枠を設けるフェスティバルは数あれど、フジロックのように深夜に開催するのは珍しい。みんなベロベロに酔っていてテンションも弾けているから盛り上がりもする一方で、楽しみたいという直感のみに従って、面白そうな方にふらふら動いている人々をつかまえ続けるのは、並大抵のことではないだろうとも感じる。

ルーキーの出演者だってこのステージの出来次第で人生が変わるのかもしれないのだから、全身全霊で出せるものを余すことなく出す気迫が光っている。GEZANだって思い出野郎Aチームだってここからメインステージに駆け上がったし、おとぼけビ〜バ〜やCHAIは世界で戦っている。もちろんここで来年のメインステージを勝ち取ればそれでもう成功というほど人生は甘くないが、ここで触れたルーキー達の熱情も詰めかけた人々の記憶に残っていくはずだ。

バーカウンターのお兄さんにお酒を奢ってみんなで乾杯したり、DJで奔放に踊りふけっていたりと、自由なフィーリングが弾けているパレス・オブ・ワンダー。見かけた茶道のようなパフォーマンスは僕にはなんなのかよくわからなかったが、オフィシャル・サイトに載っているものだけがすべてではない。

至る所に設営されたさまざまなオブジェを眺めながら、僕は本当にたくさんのものを見落としていることに気づく。忙しく駆け回るライブ取材の中ではどうしてもそうなってしまう部分もあるのだが、ただライブを観るだけがフェスティバルではないのだろう。気づかないだけで、素敵なことはフジロックのいたるところにあるんだなと、しみじみと考える。

そしてクリスタル・パレス・テントに入ると、BIG WILLIE’S BURLESQUEがフロアを盛り上げている。いや、“が”ではないな。ここにいる全員が織り出すような光景は眩いばかりで、僕らもあまり自覚はしていなくとも、観るというよりこの濃密な時間を感じることをしているんだろう。

90分程度しかいなかったが、なぜあれだけ復活が待望されていたのか、なぜみんなが口々にフジロックの象徴とか本質とか言っているのか、その理由をひしひしと感じる時間だった。でもまったく堪能し切れた気がしない。今年の復活を心から嬉しく思い、来年に思いを馳せながら、再びオアシスのほうへ足を運ぶ。

オアシス編

この時間になってくると多くの飲食店も閉まり始め、店員さんも奔放な感じになっている。28時過ぎにオアシスに到着すると麺屋「極」のお兄さんが呼び込みをしていて、お客さんや隣の店の人とも気さくに言葉を交わす様子は、もう友達のような感じもある。もちろん売り上げ次第で、という話もあるはずだけど、与える側 / 与えられる側なんて垣根がなくなっていくこの感じが好きだ。

GAN-BAN SQUAREではSeihoがガンガンにフロアを煽るビートで盛り上がっている様子。アンビエントなセットも好きだけど、これもまたいい。そろそろ空が明るくなっていく。遭遇した友人とベストアクトや今年あったエピソードを話しながら、ゆらゆら揺られていた。いつだったかここでUKアンセム祭りみたいな朝を迎えたことがあったななんて、懐かしく思ったりもした。

そしてレッド・マーキーに足を運んでみるとFrancois K.の最終盤で29時終演。なはずが前方に集った人たちは歓声と拍手で次を望み、帰る気配がまったくない。「もう一曲かけれるよ」と流暢な日本語で応え、29:18頃、最後の音が鳴り止む。本当に一瞬足を運んだだけだけど、すごくいいフロアだったんだろうなということがよくわかる、ハッピーなムードが漂っていたことだけはよく覚えている。

前夜祭から4日間のさまざまな出来事を思い返しながら、道行く人々をぼんやり眺める。疲れは感じさせつつ楽しそうな様子も見て取れて、その足取りは確かだ。本当にいろんなことがあった。一年で一番歩いたし、一年で一番遊んだ。一年で一番虫に刺されたし、一年で一番疲れてる。でも一年で一番充実していたこの4日間。

今回のフジロックは僕にとって自分を見つめ直すような体験だった。来る前はあまり調子が良くなくて不安もあったけど、今はヘトヘトでもすごく気力に満ち溢れている。みんなが口々にお正月とか言うのは、楽しかったからってだけじゃないんだと思った。ここでもらった活力を胸に、心機一転で僕も明日からの日常を歩いていこう。そして来年もここに来よう。確かに残ったそんな実感を噛み締めながら、僕は帰路に着いた。

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きゃりーぱみゅぱみゅ http://fujirockexpress.net/23/p_1668 Mon, 31 Jul 2023 21:46:56 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1668 グリーン・ステージではリゾが愛の溢れるパフォーマンスを披露し、ついに前夜祭から4日間を過ごしたフジロック’23も終わりが近づいている。今年は暑くて暑くて仕方がなかったし、むしろちょっとくらい雨降ってくれよという感じだったが、ひとまず無事に過ごせてよかった。みんな本当にありがとう。

なんて言うのはまだ早い。今年は夜通し朝まで楽しみたい。パレスにも行きたいしGAN-BAN SQUAREも気になる。まだ食べてないご飯も色々ある。フジロックへの出演は少し異色な感じはするが、そんなこれから迎える最終日深夜へのワクワクとソワソワに最高にぴったりな気がするし、ある意味では僕が今年最も期待していたきゃりーぱみゅぱみゅ(以下、きゃりー)が、もう少しで登場する。23時定刻の5分前くらいにレッド・マーキーに入るとすでに人でごった返していて、何とかPA横くらいにたどり着いた。

そんなタイミングで前の方から突如きゃりーコールが始まり、レッド全体に即座に伝播した時はもう面白すぎて笑ってしまった。そしてDJと4人のダンサーに続いてついに登場したきゃりー。当然のように大歓声が巻き起こる中、開幕は「きゃりー!きゃりー!」と連呼する“DE.BA.YA.SHI.2021”。あ、さっきのコールはそういうことか。最初に叫んだあんた、相当気合い入ったファンじゃんか。

とか思いつつ、「ファッションモンスター!」と歌う入りで一瞬勘違いさせるニクいことをしてくる“CANDY WAVE”で、お祭りをキックオフ。めちゃくちゃ速いBPMのエレクトロ・ポップサウンドに早速ブチ上がるレッド・マーキー。

“どどんぱ”ではかなり重いビートがレッドを揺らす中、きゃりーの歌に合わせて「どんち どんち どどんち どんち ちきどん」の文字がポップにフラッシュするスクリーン。こんなのもう疲れも相まってテンションもバグってくる。

そして“原宿いやほい”でもきゃりーとダンサーを真似るように手を挙げて「ほい!ほい!」とレッドのみんなが叫んでいる。いや、誇張じゃなく本当に見渡す限りみんな手を挙げて叫んでいる。ものすごい数のエネルギーがステージの方向に向かって飛んでいっている。こんなに一体感のあるレッドなんて見たことがないよ!

ステージのダンスが映える“一心同体”に続いて、ピンクの扇子(でいいのかな?お姫様が持ってそうなやつ)を持ち出した“パーフェクトおねぃさん”。このあたりはサウンドは少し抑えめになって、みんなピンクなのもあってCHAIのライブとも感覚が似てるところがあるなーなんて考える余裕もあった。

それから少しビートが重い“PON PON PON”ではみんなでぽんぽんぽんするわけだし、「みんな!忍者って知ってる?Do you know Ninja?」と投げかけた“にんじゃりばんばん”や、カラフルなスクリーンが映える“CANDY CANDY”でも、レッドのみんなは見よう見まねで振りを真似まくってる。僕の前にいたお姉さんは振りがキレッキレで、それもまたテンションが上がるってもんだ。

終盤ではスローな入りから徐々に加速していく“つけまつける”や一際歓声があがった“もったいないとらんど”など、さらに勢いを増すヒットチューンの連発体制。ここで「デビュー12年目にして初フジロック、音楽で心を一つにできたことが本当に嬉しいです」と語り、「フジロックまた出てもいいですか?」にはもちろん大歓声!そして「私史上一番“ロック”な曲」の“ファッションモンスター”で、まったくとどまることのないきゃりーのステージは最後まで一直線に駆け抜けていった。もう45分たったの?早すぎでしょ。

ミックスがとても巧みだったからか、ずっと踊ってたのにまったくもってノーストレス。後で知ったことだが、この日のノンストップDJミックスは、中田ヤスタカが特別に作り上げたオリジナルミックスだそう。さすが世界のヤスタカ。そしてそのミックスを200%くらいに引き出すきゃりーを存分に堪能させてもらった。サマー・ソニックなどで何度か観ていたきゃりーのステージだが、最終日深夜のテンションも相まって受け取る感触はまったく違っていて、これはコーチェラやプリマヴェーラで世界を虜にするのも納得の、ポップの極致みたいな時間がここにはあった。

僕は「音楽で心を一つに」という言葉がかなり印象に残っていて、これほどの一体感を体験すると、これこそが最強のラブ&ピースなんじゃないかと思えてくる。タイムテーブル発表の時点ではそれほど意識しなかったが、リゾから続く流れもかなり絶妙だ。やっぱり実際に体験しなきゃわからないんだよなあ。踊りに踊ったレッドのみんなが、これから始まる深夜に解き放たれていく口火を切った、最高に刺激的なパフォーマンスだった。来年も来てよ!

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カネコアヤノ http://fujirockexpress.net/23/p_1639 Mon, 31 Jul 2023 21:41:57 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1639 2週連続の東京と大阪の野音ワンマンショーを終えた勢いのまま、2年振りのフジロック出演となったカネコアヤノ(Vo /Gt)。前回の出演以降長年のメンバーが立て続けに変わり、新体制となったバンドセットへの期待もあり、少しそわそわしながら20時前のホワイト・ステージに到着するとすでに多くの人が詰めかけていて、彼女の登場を待ち侘びているようだ。イントロのノイジーなギターが空に抜けていき、始まったのは最新作の表題曲“タオルケットは穏やかな”。オルタナ調の荒々しいギターサウンドを感じながらも、彼女の凜とした歌声がホワイトにこだまする。

小気味のいいインディー感のある“愛のままを”でも、飯塚拓野(Ba)のベースとHikari Sakashita(Dr、 San hb)のドラムは一音一音をずっしりと響かせ、そこにカネコと林宏敏(Gt)がかき鳴らすギターが織りなすバンドサウンド。例えば一時期のサニーデイ・サービスやくるりなんかも彷彿とさせるシンプリシティが光る。最新作のジャケット同様ライティングや衣装もモノトーンで統一されたステージもしかり、彼女が彼女であることを示すのにはもう何の装飾もいらないのだろう。そんなことさえ感じる演奏の説得力が凄まじい。

林のギターが唸る“爛漫”や、古き良き日本語ロックの情感を持つ“さよーならあなた”でも、バンドのエネルギーを内へと凝縮させていくようなステージを狭く使うスタイルも相まって、よりアグレッシブなバンドサウンドに打ちのめされてしまう。こんなに広いホワイト・ステージなのに、まるでライブハウスのようにさえ感じさせる生々しい臨場感がある。

怪訝そうだったり不敵な顔をしていたりと、たびたびかなりアップでステージ上部のモニターに映るカネコの表情にはとても緊迫感があり、この点も音源のリラックスしたムードと全く違う緊張感をライブに持ち込んでいるように感じられる。ギターソロで林が見せる恍惚の表情ともまた違う、彼女独特の存在感にもただただ圧倒されてしまうばかりだ。

ざっくりとしたカネコのバッキングギターと林のアルペジオが絡み合う“グレープフルーツ”。曲間で「かわいいー!」という歓声にはにかむ様子など、ふと素の表情を感じさせるところもあったが、“月明かり”や“気分”、勢いのままざっくりとしたサウンドで奏でる“アーケード”でも、一分の隙もなく自らの存在を示し続ける彼女の姿は、シンガーソングライターの自負をまざまざと感じさせる。ああ、なんでカネコアヤノはこんなにもカネコアヤノなんだろう。

スライドギターにまどろむ“こんな日に限って”では、前半の楽曲からたびたび出てきた長尺のセッションはさらに混迷を増し、最後は“わたしたちへ”。何度も言うが、ただただ圧倒されるばかりだった。僕がいたホワイト後方あたりでもぽかーんと見入ってる人もちらほらいた。しかしながら今改めて振り返ってみると、バンドがせめぎ合った迫真の60分は、彼女がたびたび歌う「私が私であること」を、迷い苦しみながらもつかみとろうとするプロセスのようにも思えた。原稿を書き終えた今になって、最後に“わたしたちへ”を演奏した余韻が沁みてきた。

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スターダスト・レビュー http://fujirockexpress.net/23/p_1635 Sun, 30 Jul 2023 16:08:23 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1635 フジロック3日目の朝方10時頃の話。今日のタイムテーブルで一際存在感を放つ、スターダスト・レビューの名前がずっと気になっていた。

名前は昔から知ってたけど、曲もどんなライブをするのかもほとんどよく知らない。でも2018年のMISIA昨年の鈴木雅之などもしかり、そういうアーティストのステージに足を運ぶと、想像もしてなかったくらい素晴らしいライブだったなんてことは、フジロックではよくあることだ。幸いなことに、時間的にも体力的にも足を運ぶ余裕がある。これはもう観に行くっきゃないんじゃないか?

そんな感じで観ることを決めて、急遽訪れたホワイト・ステージ。一昨日Tohjiはこの場所で歌ってたのか…なんて思いながら12時半過ぎにPAブース前に到着すると、前方には多くの人が詰めかけている。僕のような好奇心で観にきた人もきっといることだろう。サポートメンバーを加えた5人のバンドが登場すると、待ってましたとばかりに拍手に包まれるホワイト・ステージ。当然のことながら、長年出演を待ち侘びていたファンもたくさんいるのだろう。歓迎ムードがとてもあたたかい。

根本要(Vo / Gt)が「風が気持ちよくて今日のライブは楽しみだー!以上、発声練習でしたー」とアドリブ気味に柔らかく歌い、始まったのは誰もが知るあの名曲のカバー“AMAZING GRACE”。声が気持ちよく空に伸びていく5人のアカペラ合唱に、無事最終日を迎えられたことを感謝するような厳かな気持ちになる。続いて演奏した“夢伝説”では、ライブ前に会場SEで流れていたTOTOの“Africa”も彷彿とさせる煌びやかな80sシンセサウンドに彩られ、少ししゃがれた根本の歌声が優しくホワイト・ステージを包み込む。

目を細め、とてもいい笑顔で歌う根本の姿を見ているだけで、なんだか自然と僕も笑顔になってしまう。甘いコーラスワークが冴えわたる“今夜だけきっと”でも、あたたかいバンドサウンドが苗場の空気に染み渡るようで、近くで嬉しそうに手拍子をしている60代くらいのご夫婦の姿が印象的だった。

「嬉しいなあ、何度も見に来てるけど、満員の会場見たら泣きそうになった」とフジロック初出演の感慨を語り、「MCは控えてくれって言われてるから、これはMCだと思わないでくれよ頼むから」と歌うように続ける根本。「知ってる曲ねえだろきっと」と自虐的な様子は笑いを誘ったりもしたが、「とりあえず一番有名だと思われる曲」と次の曲を紹介し、「天国のお父さんお母さん、フジロックで歌えるようになりました」と語ると大歓声が巻き起こった。この曲はさすがに知っていた。“木蘭の涙”だ。

ピアノの伴奏とともに感じ入るように歌う根本の、情感豊かな声が空に消えていく余韻を噛み締める寂寥感。僕も亡くなった大切な人がふと重なり感極まってしまう。しっとりと歌い上げた根本に贈られる惜しみない拍手。ここに居合わせられた幸福にうっとりとしてしまう、とても素敵な時間だった。

「申し訳ないな、こんな暑い中お茶も出さずに」とまた笑いを誘い、後半は3人のホーン隊が登場。総勢8人となった“AVERAGE YELLOW BAND”では、間奏で軽快なステップを踏んだりウィンドミル奏法みたいに下手の5人が腕をぶん回したりと、先ほどまでと打って変わって一気に華やかになったバンドサウンドに僕らも大興奮。

身体をくねらせるファンキーな演奏が光る“HELP ME”でも、間奏でブルージィな哀愁を奏でたかと思えば、ホーン隊はチューチュートレインみたいなことをしたり、根本もボイス・パーカッションをはじめたりと、だいぶはちゃめちゃになってくる。後方のバンドロゴの〜SINCE 1981〜がなんとも説得力を持って見える、様々な引き出しを惜しみなく開放してくるのだからこれはたまらない!

「祭りだ祭りだー!」と“オラが鎮守の村祭り”が始まる時に「埼玉県」と書いたタオルを持ったお客さんがカメラに抜かれていたのが面白くて思わず笑ってしまったが、後で調べるとメンバーの出身地なんですね。そしてサンバのリズムに乗って広がるように5人がステージ前方へステップを踏み、決めポーズ!なんて楽しい時間なんだ!

“Get Up My Soul”では、Wow Wowのシンガロングとともにホワイト・ステージに集ったみんなが波のように手を振り、最後は「フジロックのためにこの曲を作ってまいりました」と“苗場ネオン・パラダイス”。本来はネオンの光る銀座の曲のようだが、「なえーばー」と歌った瞬間に太陽に照らされ草木が輝く苗場の曲になるのだから、懐の深さがものすごい。

でかでかと表示される「ウッ!」に合わせて何度も「ウッ!」と拳をあげるのをみんなで楽しんで、最後は「フジーローック」と歌い変え大団円。初めて観た人も往年のファンも巻き込んで、誰もが思わず笑顔になるとっても愉快な時間は、あっという間に過ぎていった。いやー、楽しかった!ほとんど予備知識もなかったけど、フジロックはこういう出会いが嬉しいんだよな。ここに来て本当によかった!ありがとうスタレビ!

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ROTH BART BARON http://fujirockexpress.net/23/p_1687 Sun, 30 Jul 2023 11:12:08 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1687 最終日15時過ぎのフィールド・オブ・ヘヴン。ここには今年初めて訪れたが、やはりわざわざ一番奥地のステージを選んで集まった人々が織りなす独特の雰囲気が好きだ。そして彼らはそんな空気にぴったりだと思っていたので、ずっとずっとここで会えることを待ち望んでいた。多分似たようなことを思っていた人は多いんじゃないだろうか。ROTH BART BARONの7年振りのフジロックのステージが幕を開ける。

まずは最新アルバムの表題曲“HOWL”からライブはスタート。ボン・イヴェールのようなインディー・フォークのニュアンスを巧みに取り入れながら、7人編成のバンドが織りなす力強いアンサンブルは、生命の胎動といったような躍動感をまとっている。ドライヴ感溢れる“春の嵐”や、西池達也(Key)のシンセと工藤明(Dr)のキックに合わせて手拍子が巻き起こった“K i n g”でも、3拍子でも4拍子でも好きなように揺れていればフィットする、各々の身体のリズムを呼び覚ますような懐の深いバンドサウンドが、ヘヴンのフィールドに鳴り響いている。

“霓と虹”が終わったあたりで、照りつけはじめる太陽。そして“赤と青”で三船雅也(Vo / Gt)がゆらめくように歌う「赤と青 その手を繋いだなら どんな色だって 作れるはずなんだよ」というフレーズに僕は早くも目を潤ませてしまう。ROTH BART BARONのライブを観るたびに感じることなのだが、三船が歌う言葉には、例えば(でもそれができないのはなぜ?)といったような憂いのトーンが感じられて、この世界が、あるいは僕らや三船自身がどれほど残酷で醜いのかを暴きだし、心の奥底の触れないでいたい部分にあっさりと触れてくる。何か見透かされたような気持ちにもなってしまう。

それでも彼の歌は、「僕はここにいるんだ、ここにいていいんだ」と誰もが感じるような肯定感に満ち溢れている。コロナ禍でアイナ・ジ・エンドとのユニットA_oの楽曲にも何度も勇気付けられた“BLUE SOULS”も、ROTH BART BARONのアルバムアレンジがヘヴンによく似合い、ただただ手を振り上げ喜びに身体を震わせる僕らがいる。残酷さや醜さから一切目を逸らさないからこそ、彼の歌う希望の言葉がスッと胸を打つのだろう。

そして「10年分の想いを込めて歌います」と語り、初期の代表曲のひとつ“化け物山と合唱団”を演奏するROTH BART BARON。神戸のライブでLPを買ったなあなんて思い出も浮かんできたものだが、バンドの躍動感は当時よりも飛躍的に進化しているようで、ザック・クロクサル(Ba)の堅実なベースに乗せて、優河 with 魔法バンドnever young beachのステージにも出演した岡田拓郎(Gt)のジョニー・グリーンウッドを思わせる荒々しいギターが生み出した混迷の後、三船の歌声が空に抜けていくのには感極まってしまったものだ。

アンプのジーっという音が聞こえるほどの静寂ごと奏でているような情感があった“糸の惑星”に続いて、岡田のギターと竹内悠馬(Tp)のトランペットや大田垣正信(Tb)のトロンボーンの絡み合いが冴え渡った“Ubugoe”と、どんどんと深みを増していくフィールド・オブ・ヘヴンの空気感。代表曲となった“極彩 | I G L (S)”や“けもののなまえ”では、感極まったように思い思いに手を振り上げて踊る僕らの姿がそこにはあった。三船も「この景色が本当に美しいよ」と言っていた、それぞれの心と身体が織りなす極彩色の光景。どこかから湧き上がった「最高!」という歓声に、さも当たり前のように「あなたたちが最高なんじゃないですか」と応える三船の姿にも心からグッときたものだ。

思えばフジロッカーズ・オルグ主宰の花房浩一が、グラストンベリー・フェスティバルを語った記事や3日前の前夜祭でも「フェスティバルはみんなでつくるもの」「生きているって実感する場所」といったことを話していたが、ROTH BART BARONのライブを体感しながら、そのことがスッとつながったような気持ちになった。最後の“鳳と凰”で三船が僕らのもとまで降りてきて巻き起こったシンガロングは、7人のバンドメンバーだけではなく、ここにいるすべての人が主人公なのだと讃え合うような喜びに満ちている。惜しみない拍手が鳴り渡った終演後にも、僕は輝いているみんなの表情をしばらく見渡していた。居合わせてくれたすべての人に心からありがとうと言いたい。僕らは確かに今日ここにいたのだ。

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ROMY http://fujirockexpress.net/23/p_1660 Sun, 30 Jul 2023 00:17:17 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1660 25時半のオアシスにはかなりの人が残っていて、一年に一回のこの祝祭を体力の続く限り楽しもうという気概が感じられる。TSHA Liveの興奮も冷めやらぬレッド・マーキーにもたくさんの人が詰めかけ、彼女の登場を待っている。The xxのロミーによるDJセットの始まりだ。

登場しただけで大歓声が巻き起こるレッド・マーキー。もちろんフジロックで観たThe xxの思い出もたくさんあるし、中止となったフジロック’20にもラインナップされ、長らく彼女の来日を待っていたのだから感慨もひとしおだ。そういえば今日はオアシスでもちらほらロミーが仲間と遊んでいるのを見かけたし(越後魚沼の地酒屋に並んでいたのはなんだかグッときてしまった)、Twitterでも一緒に写真を撮っているフジロッカーの様子をちらほら見かけた。(おそらく)その時と同じ黄緑のTシャツのままステージに立っているロミーの姿も愛らしい。

シンセサウンドを貴重としつつ、直感的に盛り上がれるポップな楽曲を中心に構成された選曲のロミーのDJセット。前半で早くも流れるソロデビュー・シングル“Lifetime”は最初かなり音が小さくロミーも困惑しているようだったが、2番に入るタイミングでうまい具合に大音量になり「そういう演出?」みたいに可笑しく思いながら飛び跳ねたし、前の楽曲からヴォーカルを織り交ぜ布石を置きながら、9月リリースのデビュー・アルバム『Mid Air』からの先行カットの“Enjoy Your Life”になだれ込む展開にドキドキしたり、どんどん気持ちも弾けていく。居合わせた友人と「Enjoy Your Life!」と口ずさむ感じはなんだか気恥ずかしくもあるけど、もう遠慮なんかいらないし、ただ今を楽しむだけ。それが人生を楽しむってことだろう!

昨日の同じ時間にレッドを熱狂させたOvermonoの“So U Kno”をプレイする遊び心にもニヤリとしたし、そんな風にさまざまな選曲をしながら、つい数日前にリリースされた“The Sea”や The xxの“On Hold (Jamie xx Remix)”など、自身の関わる楽曲も最高に輝く絶妙なタイミングで飛び込んでくるこの感じ!後半ではEDMテイストの強いより直感的なポップソングを連発してフロアを盛り上げていたが、Fred again..とコラボレートした“Strong”なんて流れたら、もうはちゃめちゃに踊ってしまうばかりだ。明日に備えて帰る人もちらほらいるが、テンションがバカになっているレッドのオーディエンスたちと何も考えずに踊るのもいいよね。とはいえそのまま立ってまどろんでいてもすごく居心地がいいフロアだ。

そんなハッピーな時間の最後の最後でプレイしたのは“Loveher”。歌いこそしないものの身振り手振りで愛を表現するロミーと、呼応するように手でつくったハートマークを掲げる僕ら。愛が溢れるピースフルな情景にみんなしみじみと浸っている。惜しみのない拍手を送りながらレッド・マーキーを出ると、フジロックに来ている友人に次々と遭遇しそのまま乾杯。やっぱりみんないるよね!だって僕らはみんなロミーが大好きなんだもの!

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TSHA Live http://fujirockexpress.net/23/p_1659 Sat, 29 Jul 2023 23:56:33 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1659 多くの人でごった返した24時過ぎのオアシスエリア。昨年や一昨年では考えられないような人の多さに、まさに完全復活の活気を感じる深夜の雰囲気。長谷川白紙の迫真のライブと入れ替わるようにレッド・マーキーに入った僕は、おそらく他の人と同じようにステージを見て思わず声をあげた。本当にライブセットなんだ!

今一番エキサイティングといってもいいロンドンのDJのTSHA(ティーシャ)だが、出演発表以降“TSHA Live”という表記に様々な話題が飛び交った。本人のInstagramを見てもどうやらスペインのプリマヴェーラ・サウンドでプレイしたらしいことはわかるが、動画もまったく出回っていないし「本当にライブセットで来るの?」なんて半信半疑でいた人はきっと僕だけではないはず。ほとんど誰も全貌を掴めていないライブがこれから始まるのだ。ワクワクしないわけがない。

2人のバンドメンバーを引き連れ現れたTSHAは、“Running”をドロップ。どうやら彼女はDJ卓でトラックをコントロールしつつベースとコーラスを担当し、そこに生音のドラムとギターも合流するという編成に見える。シームレスに移行した“Power”ではドラムパッドも叩いたりと、見たことのないバンドスタイルに早くもオーディエンスは大興奮。“Renegade (feat. Ell Murphy)”ではシンガーのレクシーも登場し、“Change (feat. Gabrielle Aplin)”でも奔放に踊りながらパワフルなヴォーカルでフロアを鼓舞。「レクシー、メイクサムノイズ!」とTSHAもがんがん煽ってくるから、気持ちもどんどんたかぶってくる。

スティールパンの音が映える“Water (feat. Oumou Sangaré)”に雪崩れ込んだかと思ったら“Time”に繋ぎ、ジリジリとフロアを温めにかかるライブセット。「繋ぐ」と表現するが、抜群に刺激的な入りでシームレスに次の曲へ移行する様子は、Boiler Roomの動画なんかで観た彼女の普段のDJプレイ(そちらもめちゃくちゃかっこいいから今回興味を持った方はぜひ観てほしい)と、なんら変わりない感触なのだ。次の展開も仄かに匂わせながらミックスしていくクラブDJの妙を存分に堪能すると同時に、バンドの迫力に唸りっぱなしという、なんともフレッシュなフィーリング。喜びを爆発させるように跳ね回るオーディエンスの躍動感が、レッド・マーキーを揺らしている。サウンドと声が掛け合うように流れる“Sister”も、ライブセットならではの立体感が際立っていた。

後半では再びレクシーが登場。“Dancing In The Shadows (feat. Clementine Douglas)”では前半以上にエネルギッシュに「カモンフジ!」とフロアを煽り、“OnlyL (feat. Nimmo)”ではフロアを巻き込むシンガロング。幅広いフィーチャー楽曲を1人で歌いこなす姿に魅せられ、僕らも気持ちのままに踊るだけだ。最後は日食のようなオレンジが映える“Giving Up (feat. Mafro)”で発散し尽くした僕らの夜は、レッド・マーキーを駆け抜けていった。深夜のテンションや情景が生み出すマジカルなフィーリングも完全に味方につけたTSHAのライブセット。踊り倒した終演後には、頭上でミラーボールが煌々と輝いていた。

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SLOWDIVE http://fujirockexpress.net/23/p_1657 Sat, 29 Jul 2023 12:53:58 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1657 開演10分ほど前に向かうと前方の入り口が規制で入れないようで、慌てて後方から向かうもPA横くらいまで行くのが精一杯。レッド・マーキーは多くの人でごった返している。いや、わかるよ。再結成後の2014年も、22年ぶりのアルバム『Slowdive』リリース直後の2017年もレッドだったし、ここで観るスロウダイヴはもう、約束された最高みたいなもんだから。みんなそれを知っているからなのかどうなのか、5人のメンバーが登場した時にはものすごい歓声が湧き上がる。

サイケデリックな映像がスクリーンに投影される中、“Slomo”からライブはスタート。少しハスキーなニール・ハルステッド(Vo / Gt)の歌声と透明感のあるレイチェル・ゴスウェル(Vo / Gt)の歌声が溶け合うヴォーカル・ワークは健在で、重厚なギターサウンドとずっしりとしたニック・チャップリン(Ba)のベースが身体に響くあのサウンドスケープ。“Catch The Breeze”の後半ではクリスチャン・セイヴィル(Gt)のギターもガンガン歪み、粒が際立つサイモン・スコット(Dr)のドラムがこれでもかと暴れ回っていて、“Star Roving”の演奏もやたらとドライヴ感がある。まるで夢の中にいるような甘美な陶酔感に早速浸りつつも、僕は若干の違和感を覚える。

とはいえみずみずしいギターから幻惑の世界に雪崩れ込む“Crazy For You”や、ぐわんぐわんしたサウンドが恍惚へと誘う“Souvlaki Space Station”、甘美なギターが響く中でカプセルの錠剤をかたどった無数のネオンライトがスクリーンでたゆたう“Sugar For The Pill”など、音に揺られてまどろんでいるだけでも最高なサウンドは確かなもの。リズムという概念さえ空間に溶け出していくような身体のゆらめきに任せて揺れているだけで気持ちいいし、仮にこのまま寝落ちしたとしてもこの上ない幸せだろう。疲れも結構溜まってくる2日目の夜のライブは、17年のような昼過ぎよりもさらに映えているし、半屋外という環境が生み出す反響のおかげか、やはりレッド・マーキーはシューゲイズ・サウンドがよく似合う。ごった返したレッド後方からはレイチェルの髪型がSIAっぽいことくらいしか見えないが、そんなことはほとんど関係ないようなサウンドが響き渡っている。

だが続くインディー感のあるざっくりとしたサウンドが光った“Alison”あたりで、まるで睡眠時の途中覚醒のようにハッとさせられた。かつてないほどバンドサウンドがダイナミックになっている。無骨に刻むギターから暴風雨のような轟音に突入する“When the Sun Hits”だって、シューゲイズというよりむしろオルタナのような情感がある。9月リリースのアルバム『everything is alive』からの先行カット“kisses”もとてもシンプルな演奏ながらバンドのダイナミクスをこれでもかと感じたもので、最終曲“Golden Hair”も一人歌うレイチェルの歌声からゆったりと怒涛の演奏に移行し、レッド・マーキーを飛び越してどこまでも遠くへ響いていくようなバンドサウンドが鳴り渡っていた。

本当にびっくりした。僕はスロウダイヴを楽しむ作法のようなものをわかっているつもりでいたが、まだあの没入のその先があったのか。終演後にギターのフィードバックが鳴り響く中、僕はレッド後方でしばらくぽかーんと佇んでいた。前方ではずっと歓声がこだましている。その先にはまばゆくゆらめく光が見えた。

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WEYES BLOOD http://fujirockexpress.net/23/p_1655 Sat, 29 Jul 2023 08:17:22 +0000 http://fujirockexpress.net/23/?p=1655 16時前に足を運ぶと、すでに前方には多くの人が詰めかけているレッド・マーキー。Twitterを見るとインディー愛好家として知っている人たちが何人も最前列付近で待機しているようで、念願の初来日を果たすワイズ・ブラッドことナタリー・メリングへの期待の高さが伺える。スクリーンにはなにやら目を血走らせた水夫のようなキャラクターが時計を気にしている様子が映っているが、まだかまだかと歓声があげる僕らの気持ちも似たようなものかもしれない。

4人のバンドメンバーとともに、白いドレスとサングラスで現れたナタリー。“It’s Not Just Me, It’s Everybody”では歌い出しや間奏のたびに大きな歓声が上がり、メンバー全員で重厚なコーラスを入れる“Children of the Empire”でも、しっとりと伸びやかに歌う彼女の歌声に早くも虜になってしまった。甘美なメロディにうっとり浸る“Andromeda”では流星群のようなキラキラした映像も相まって、なんともドラマチックな時間が流れている。

ナタリーがサングラスをとって、続いては”Seven Words”。チャーチオルガンから徐々に演奏が合流していくバンドサウンドは決して主張的ではなくシンプルなものだが、だからこそ堅実に寄り添うような演奏が光っている。ゆったりとした時間の流れを感じながら、身振り手振りに気品を感じさせるナタリーの優美な歌声が響きわたるレッド・マーキー。なんて贅沢な時間だろう。ドキュメンタリー映画監督のアダム・カーティスへのリスペクトを語った“God Turn Me Into a Flower”では、3つの鍵盤のアンビエント風味のフレーズとナタリーの伸びやかな歌声が重なり合う中で、ドキュメンタリー風の断片的なイメージがフラッシュする背景の映像がとても印象的に映る。

続いてはナタリーがリズムピアノを奏でる“Everyday”。基本的に抑制的な演奏のバンドだからこそ、ブリッジのここぞというところの爆発力も際立っている。ドライヴ感のあるインディー・サウンドにゆらゆら揺れたり飛び跳ねたりしながら、感じ入るような表情でステージを見つめるオーディエンス。特にクレバーなベースラインだったり、エリオット・スミスやジョン・レノンのソロ作のような感触のドラムのサウンドメイクがとてもインディー然としていて、甘美に酔いしれながらもグッとくる絶妙なバンドサウンドだ。

ナタリーのアコギの粒感と微睡むようなエレキギターが溶け合う“Something to Believe”に続いて、ミュージカルのようにチャーミングに踊り歌う“Do you need my Love”。この辺りでは神々しくさえ感じていたナタリーの佇まいにも親しみを覚え、どんどん親密な雰囲気になっていくレッド・マーキーの雰囲気もまたたまらない。

“Twin Flame”ではナタリーが縦横無尽にステージを駆け回り、最後はスペーシーなシンセフレーズが印象的な“Movies”。ドラムが入る終盤では再びドキュメンタリー風の映像が流れたかと思ったら、ブーケトスのように白いバラを何本もフロアに投げ入れるナタリーは本当にキラキラして見えた。惜しみない拍手でバンドを見送る僕らの胸には、親密で贅沢な時間を過ごした確かな充実感があった。

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