LIVE REPORT - GREEN STAGE 7/25 SAT
Trueno
ヒップホップの現在進行形はラテンにあり
セレブアーティストはハイコンテクストになり、日本だとラップバトルに代表されるJ-POPとも近接するヒップホップ。アメリカでは低迷してるとも言われるこの表現がことラテンアーティストにとっては今、非常にリアルであることがフジロック、そして日本初上陸のTruenoのステージで嫌というほど理解できた。アルゼンチンと言えば去年のカトパコ(CA7RIEL & Paco Amoroso)のグリーンステージ抜擢と熱狂が記憶に新しいが、スキルもセンスも秀でたアーティストがうじゃうじゃいるのだろう。Truenoはブエノスアイレスの中でもラ・ボカというサッカーやタンゴで知られる街の出身。そうした観光地然としたイメージだけじゃなく、イタリア系移民を始め、ヨーロッパの移民も多い労働者階級が多い場所でもある。自由や解放とストレートな上昇志向をラップする根拠が、少なくとも日本の我々よりはあるだろう。だが、Treunoはすでにビリオンヒットを有するアップライジングなスターだ。自身のバックグラウンドを現在、どう消化しているのだろう?そんな興味が湧く。
正午ごろまでの暴雨が止み、晴れると容赦なく暑いグリーンステージ。モッシュピットもまだ人が少ないが、Treuno幼少期のラップする映像とラ・ボカで成長することの意味を語りと現地の映像が伝える中、ドラマーとギタリストがイン。1曲目の“FUCK EL POLICE”のイントロとともにTrenoを含む3MCがステージに走り込んできた。オールブラックのスライリッシュなコーデで、Truenoは伝統的なKANGOLのハットとNIKEショックス。これは後のレパートリーのリリックでも効いてくる。アメコミ風のモノトーンのアニメーションがポリスへの怒りや皮肉を少しコミカルに転化する。生音が加わることでミクスチャーロックの音像でもあったりして、サウンドも多彩だ。
ストーリー性を持たせたブロックにレパートリーを分け、一旦ステージからはけて再登場するスタイルだが、その流れが掴めるまでは流れが切れる印象だった。が、アナログレコードやオープンリールへのオマージュ映像がハマる“RAINⅢ”、また次のブロックではギタリストが発した声をMPCに取り込み、その場で加工するなど細かいセンスでも魅せる。そんなごく現代的なステージを見せつつ、リリックは“俺を導くのは誇りだけ”とか、ラティーノであることの自負心が全面に出されているのだ。このバランスはラテンポップのアーティストならではのものだろう。ちなみにリリックの翻訳をせっかく投影しているにも関わらず、背景LEDの位置が下すぎてバンドメンバーに隠れたのは残念すぎた。時々、両サイドのビジョンにもリリックが出て、去年のカトパコはそのおかげで曲をより楽しめたので、もう左右ビジョンで良かったんじゃないか?という気も。
ヒートアップしてきたところで何らかのトラブルが発生。バンドを残してTruenoがなかなか再登場できないブランクが生じたが、フロアが一致団結してアンコールの声を上げ、クラップが起き、Truenoの名前が連呼される。最初は傍観していた人もどんどんモッシュピットに流入してきた。5分ほど経過したあと「アリガトゴザイマス!」の声と共に戻ってきたTruenoはスペイン語、英語を交えて感謝と自己紹介。そこから猛然と巻き返しを図り、高速ラップと人力ラテンビートがオーディエンスを盛んにジャンプさせる。ニューアルバム『TURR4ZO』からリード曲“TURRAZO”をいち早く披露したり、苦労してもスニーカーをゲットしなきゃいけないとラップする、古今東西のラッパー哲学を窺わせたりも。しかも“スオッシュ4つ、アディダスじゃない”のだ。
「フジロック、アイシテマス!」と特大の感謝を伝えると、自分の分身のような少年ラッパーのアニメーションが投影され、フロアも“彼”のアクションを真似る。リリックの中に“俺の名前はラティーノ、苗字はアメリカーノ”というクリティカルなものがあったが、ルーツはブエノスアイレスでも、自身の音楽はアメリカ産のヒップホップということだろう。戦士から少年まで、Treunoを表現するさまざまな映像も効果的だ。そしてポップスターの配信を考慮したライブで必須のステージ上のカメラアングルが現場でも効果を発揮していた。
何重にも現代的なラッパーであるTruenoだが、ラストは存外オーセンティックなソウル/ファンクのショーを彷彿させる“DANCE CLIP”で、その場に居合わせた人を踊らせ、颯爽とグリーンステージを後にした。いやはや、どんな知識で接しても刺さる部分があるパフォーマーとしての強度は圧巻だった。
