LIVE REPORTWHITE STAGE8/22 SUN
THA BLUE HERB
今も、未来は俺等の手の中
THA BLUE HERBのライブに行くときは、いつも緊張してしまう。ただ遊びに行くだけの客が緊張するというはおかしな話なのだけど、どうにも肩に力が入ってしまうのだ。
最終日のホワイトステージ。THA BLUE HERBの出番は17:10から。上空は雲に覆われ、いつ雨が降ってきてもおかしくない状況だった。ステージ前方は比較的空いていたが、THA BLUE HERBの古いツアーTシャツを着ている人が目立つ。
開演時間になると、MCのILL-BOSSTINO(以下BOSS)がSEもなく無音でステージに現れた。それを迎えるオーディエンスの拍手を制し、「お控えなすってフジロック。from北海道、札幌、ススキノの路上。THA BLUE HERBと発します!」と口上を述べると、DJ DYEが流すビートと共に彼らにとって4年ぶり6度目のフジロックが幕を開ける。
のっけから鋭い言葉でラップを重ねていくBOSSは、同じ時間帯に別のステージに出演するミュージシャンたちの名前をあげて、「MISIA?GEZAN?上等。俺等も俺等で、ここで奇跡を見ようぜ!」とホワイトステージに集まった観客を巻き込んでいく。その姿は「煽っていくのがラッパーっしょ」という“I PAY BACK”のリリックを体現するかのようだ。
徐々に熱を帯びてきたフロアに投下されたのは、最新アルバム『THA BLUE HERB』に収録された“THE BEST IS YET TO COME”。曲のなかで歌われる「いつでもできる。いつかやろう。あぁ、それな。それ俺にもあったけど、マジで今やらないと、きっとやんないよ」というリリックが頭から離れなくなった。マイクから放たれた言葉が自分の日常に踏み込んできて、見て見ぬふりをしていた後ろめさをグサリとえぐる。
BOSSの言葉はどんなに大きな会場でも、どんなにたくさんの観客の中にいたとしても、1対1で対峙するような圧力で迫ってくる。まるでサシの勝負だ。だから、見てる側も気が抜けないし、自然と肩に力が入る。そうして気づけば、観客それぞれがライブの当事者になっていくのだ。ふと周りを見渡してみると、ステージ前には大勢の人が集まっていた。
盛大にリバーブがかけられた音響で「宇宙の1ミリが地球の一生、地球の一生の1ミリが人間の一生、人間の一生の1ミリが2021年8月22日、2021年8月22日の1ミリが……この瞬間」という言葉が会場に放たれる。その言葉が頭の中で振動し続け、さっきまで自分の日常を巡っていた意識が一気にホワイトステージへと引き戻された。
自分の意識が音楽によって飛ばされていたことを、はっきりと認識できるという不思議な体験。THA BLUE HERBのライブでは、こういうことがよく起きる。
「音楽は衣食住の次 暮らしが成り立たなかったら真っ先にクビ 我々いろいろと試されまくり」という歌詞で音楽が立たされている現状を切り取った“2020”を歌い終えると、ここまで一気に突き進んできたライブが一旦止まる。そして、コロナ禍でのフジロックに対する想いをBOSSが次のように語った。
「この3日間が、その(分断が)加速するきっかけになるんだったら、俺は違うと思うんですよ。その動きが終わるきっかけになってほしいって。俺は思うんです」
その上で、YouTube配信が行われているカメラに向かって、音楽の仕事を続けていく人たちに対する補償の必要性を訴る。
BOSSがカメラに向かって話す場面といえば、2012年のフジロックを思い出す人も多いだろう。東日本大震災後のフジロック、奇しくも同じホワイトステージでBOSSは政治家に対して「大切な仕事を与えられたんだと、いい加減、気づいてもらえることを祈るばかりだよ。皆、忙しい生活の真っ只中を働いたり、子ども育てたり、親介護したり、なんとか生き抜いてんだよ。君のカッコいい仕事っぷりってのを見せてくれる時間はまだなの?」と強い口調で問いかけ、最後に中指を立てたのだ。
しかし、今回は「1年半みんなギリギリ我慢して、それでこんな大きいの(フジロック)やって、いろんな意見飛び交ってて、そこで何が残るかって言ったら、そういう仕組みを作ろうとかっていう人いないですかね。先生方で。本当に。お願いします。考えて欲しいと思います、補償をする仕組み」と、政治家に向けて真摯に語りかけ、最後はキャップを脱いで頭を下げた。
静まり返った会場に盛大な拍手が巻き起こる。誰も声を発することはできないが、鳴り止まない拍手に目一杯の賛同が込められていることは、その場にいた誰もが感じていたはずだ。
MCを挟んでからの後半戦は、ぐいぐいとギアが上がっていく。“AME NI MO MAKEZ”、“MOTIVATION”、“LOSER AND STILL CHAMPION”と、しっかり意識を持って食らいついていかないとふるい落とされてしまいそうな、言葉の弾幕。再びMISIAとGEZANの名前をあげ、「あの人たちも、きっとうまく楽しませるさ。どっちもパッと出じゃねえ、もちろん。泥をすすって上がってきたんだろうしよ。なら、同じっしょ」とリスペクトを表すなど、粋なラップでオーディエンスを沸かせた。
「そこがどこだろうと一緒だぜ。足の間が宇宙の中心よ。そこから未来が見えてるかい?」というMCから、“未来は俺等の手の中”に突入する。まだまだ息つく暇はない。目の前の風景を切り取るように「音の間で出会った俺等は土砂降りなんかじゃ帰らない。増えることはあっても、もう減らない」と歌詞を変え、会場のボルテージを上げていく。2003年にリリースされた曲だが、BOSSのリリックが持つリアリティは何ひとつ失われていない。むしろ不安定な時代だからこそ、真実味を伴って響いてくると強く感じた。
数十分前には想像もしていなかったような高みに達したホワイトステージ。そこに“AND AGAIN”のイントロが流れると、THA BLUE HERBのライブが後半に見せる独特な別れの雰囲気が漂う。パンパンになるまで詰め込まれた札幌訛りの日本語が、優しいビートにのって頭の中を走馬灯のように流れていった。
ホワイトステージに来たときにまだ明るかった空は、気づけばすっかり夕闇に沈んでいた。たった60分のライブだったが、雨が降ったり止んだり、意識がいろんなところに飛ばされたりして、ものすごくたくさんのことが起きたような感覚がある。
その場から1歩も動いていないのに、無数の言葉に導かれて意識の海を旅するような、これぞTHA BLUE HERBという至高のライブだった。
[写真:全1枚]