LIVE REPORTFIELD OF HEAVEN8/20 FRI
前野健太
今ここにいることを讃える前野健太のうた
「音楽は素晴らしい」ということをこれほど素直に実感したことがあっただろうか。それは多くの不安を抱えながら2年ぶりに訪れたこの地がもたらしたものであることもまた確かだが、ユーモアを交えながら熱情を歌に込める前野健太のパフォーマンスは、ここに集った人々と周りを囲む雄大な自然をただただ讃えるように響いていた。
分散の観点からか例年の飲食店はさらに奥地に移動し、様々なペインティングに囲まれたフィールド・オブ・ヘヴン。馴染みの場所とはいえ例年とは違う風景の中、おそらく2日後も完全には晴れないであろう「ここに来てよかったのか?」という葛藤を抱えながら、ソワソワした面持ちで僕らは彼を待っていた。鑑賞マナーのアナウンスに続いて、アロハシャツとサングラスという出で立ちで前野健太の登場だ。
音の鳴りに感じ入るように緩やかに奏ではじめる前野。冒頭の“夏が洗い流したらまた”に続いて、“今の時代がいちばんいいよ”では「苗場の森は緑がもえて」と歌い替えながら聴衆の心を揺らしていく。「いい時代」とはとても言えたものではない昨今の時勢を想いながらも、力の限り叫びこの時代を讃える彼の姿に僕ははやくも目を潤ませてしまった。
しかし決してシリアスなメッセージに振り切るわけではないのが彼の魅力だろう。「ライブでやったことないけど新潟にちなんだ曲なので」とメンバーにコード譜を渡した即興の“MAX とき”では、「MAX とき(とき とき)」とゆるいコーラスも交えながら楽しそうに演奏する姿に、思わずこちらも頬が緩む。ダイナミックにピアノソロを奏でる佐山こうた(Key)。なんていい顔をしているんだ。
持ち味の変態エピソード(やたら股間の話をする)も交えながら日韓友好の曲と語る“マシッソヨ・サムゲタン”に、特別なフジロックに想いを馳せる新曲“いい予感”。朴訥に爪弾くフォークライクな哀愁と、フェンダーが唸る激情のバンドサウンドの間を縦横無尽に移行しながら弾き語る姿がなんとも清々しい。「くらくらするのはお酒のせいじゃないわ」のフレーズのように、お酒は飲めなくても集まった人々は彼の音楽に酔いしれていた。
そして圧巻は“ファックミー”。「コロナウイルスさんが気持ち良くなっていなくなっちゃうようなリヴァーブをください」などと冗談めかしつつも、この厄災も含めた雄大な自然への畏敬と、ままならない感情を歌に込める前野の姿には、僕も思わず拳を握ったものだ。続く弾き語りの“虫のようなオッサン”もそう。何一つ取り残さずここに集う人々をプリミティヴな感覚に立ち返らせてくれるような歌がヘヴンを包み込み、皆ソーシャルディスタンスのそれぞれの持ち場で揺れたり浸ったり、思い思いの感情を音楽に投影していた。
最後は小宮山純平(Dr)のキックと種石幸也(Ba)の5弦ベースの推進力に乗せて、バンドサウンドが駆動する“防波堤”と“love”。「愛なんてただの言葉だろう」と語る彼の歌には、これでもかと言葉の無力さを思い知らされた昨今の気持ちが重なるようでもあったが、それでもなお声の限り叫んだ前野健太。「本当はここにいるみんなとセックスしたかったんだけど」と最後まで彼らしかったが、モッシュもなく歓声もあがらなくとも濃厚な音楽体験がそこにはあった。不安は尽きない今年のフジロックだが、彼がもたらした「いい予感」に心躍らせながら3日間を過ごしていこう。
[写真:全10枚]