LIVE REPORTFIELD OF HEAVEN8/22 SUN
上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット
音楽を止めるな、を体現し続ける果てしないパワー
直前に強めの雨が降り、生ピアノはもちろん、弦楽器は無事なんだろうか?といらぬ心配をしてしまったけれど、これまでも過酷な野外の環境であるフジロックに出演してきた上原ひろみに対してそれは杞憂だった。
個人的に昨年、彼女がライブハウスの火を消さないためにブルーノート東京で連続公演を決意したとき、いま見るべきはこのライブだと直感し、熾烈なチケット争奪戦の末、最初のソロ・ピアノ・シリーズを見ることができた。何か生身の人間が鳴らす音楽の可能性を上原の演奏で浴びまくりたいと思ったのだ。
そして今回のピアノ+弦楽四重奏という編成はそのシリーズ「SAVE LIVE MUSIC」の2020年末から2021年始にかけて初披露された新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターである西江辰郎を中心とするカルテットとのプロジェクト。目下、9月のニューアルバム『SILVER LINING SUITE』から”Ribera Del Duero”のみ配信されているが、なんと今晩のプログラムはアルバムに先駆けて、新曲をほぼ演奏してくれるという、スペシャリテもスペシャリテな内容だったのだ。
西江辰郎(1st violin)、ビルマン聡平(2nd violin)、中恵菜(viola)、向井航(cello)がチューニングを終えたところに、真っ赤なドレスにゴールドのスニーカーの上原がささっと登場し、すぐプレイが始まる。チェロがコントラバス的な役割をしているのもユニークだし、なんと言ってもピアノと弦の掛け合いはジャムバンドかマスロックだ。歓声を上げられないのが残念だが、スリル満点。
超絶技巧だけがすごいわけじゃなく、ピアノと弦楽四重奏の作編曲をしたことが、まずなかなかないと思うのだ。映画音楽ならありえるのかもしれないが、ライブで演奏されてこそ活きる抜き差しの多彩さが彼女の妙味。いま、ヘブンにいる人が初めて聴く曲ばかりだが、演奏で引きずり込まれて、立ち尽くす人、揺れる人、自分なりにリズムをとって踊る人、さまざまだ。また、上原のソロが最高潮に盛り上がってくると、ジャズに詳しいオーディエンスだけじゃないはずなのに、自然と拍手が起こる。ジャズやクラシック・コンサートのルールなんてわからなくても、思うまま反応することはできる。
終盤に1曲だけ、ソロ曲の”Kaleidoscope”をプレイし、そのパワーに圧倒される場面も。弦楽の演奏者も演奏に聴き入り、弓で賛辞を送る、あの光景も見られたのだった。
ラストに”Ribera Del Duero”を配したのはソロ・パートの見せ場があるからだろうか。アンサンブルも素晴らしいが、ひとりひとりの演奏にも鳥肌が立つ。山の中でピアノと弦楽四重奏の演奏会、しかも夜にスタンディングで楽しめるなんて、生涯でもうないかもしれない。
音楽を止めないと、様々なアーティストが言う。その方法論やスタイルは人の数だけあるだろう。だが、上原ひろみのように自分が先陣を切って、実際に音楽を止めないために動く人は稀だと思う。俯瞰で見ると、フジロックに出演したのみならず、この挑戦は痕跡と呼べるものだが、逡巡や過程を知らせることなく、ただ彼女の音楽はそこにあった。
[写真:全7枚]