MOREFUN - AREA REPORT 7/27 - (AFTER)
フジロック… だからここに来た
Posted on 2026.8.6 11:41
楽しかったね、本当に。めちゃめちゃ楽しかった。こんなに楽しかったフジロックって何年ぶり? と、そう思えるほどに楽しかった。なにやら、やっと「いつものフジロック」が戻ってきたような気がしていたし、これからもっともっと面白くなるようにも感じていた。ひょっとすると、エキスプレスをスタッフに任せて、DJ三昧で遊びほうけていたのが、そう感じた理由のひとつかもしれない。けれども、会場のいたるところで出会ったのがフェスティヴァルを心の底から楽しんでいる人たち。彼らから感じるフジロック愛が、その楽しさに輪をかけていたように思う。
すでに大昔のことのように映るかもしれないけど、新型コロナの影響でフジロックが開催できなかったのは、今からさかのぼること6年前。縮小を余儀なくされて2021年には開催されたけど、あの時はまるで野外コンサートにしか映らなかった。それでも、感染拡大の可能性が危惧されるなか、フジロックを存続させたいと数多くのアーティストやフジロッカーがやってきてくれたことがどれほど嬉しかったか… 言葉では言い尽くせない。ただ、そこに欠けていたのはフェスティヴァル的な要素。その魅力を放つエリア、パレス・オヴ・ワンダーには海外からのスタッフが必要不可欠で、この時は実現不能だったのだ。一時は、主催者の間で不要論が囁かれ、消滅の危機もあったのだが、現場スタッフの熱意で、小規模ながらも復活したのが23年。そして、オアシスになくてはならないDJスポット、ブルー・ギャラクシーが戻ってきたのは翌24年と、徐々にコロナ以前の姿を取り戻しつつあった。さらに、その時点ではフードコートしかなかった奥地に、かつて異彩を放っていた伝説のオレンジ・コートと呼ばれたステージに代わって、昨年、橋の下世界音楽祭の仲間たちがオレンジ・エコーを生み出している。加えて、イエロー・クリフには地元苗場の若者たちを中心にルーツ・グルーヴというDJブースが生まれていた。
そして、今年だ。協賛企業として加わったのが、ブルー・ギャラクシーやクリスタル・パレスでもおなじみのDJ Naoki Ienaga率いるレコード・シティ。アナログ・レコードの面白さ、楽しさをアピールしていたそのブースでも数多くのDJがオーディエンスを盛り上げてくれた。また、俄然、面白くなってきたのがプリンス・ホテルとキャンプ場の間にあるDon’s Cafe。毎日夕方になると全国から集まってきたDJによるアナーキーな選曲が独特の空気を生み出している。ここに毎夜顔を出していたのが、フジロックの創始者、日高大将。彼が仲間やお客さんと会話しながら、幸せな表情を見せていた。公式発表はなかったかもしれないが、「みんな知っている」シークレット・ライヴが行われているのもここで、手が届きそうなステージで繰り広げられる、箱バンのような池畑潤二率いる苗場音楽突撃隊の素晴らしいこと。彼らも、オーディエンスも幸せいっぱいで、毎晩、ここが笑顔で溢れていた。

Photo by カワセルイ
思うに、今年、前夜祭からずっと目にしていたのがそれかもしれない。フジロッカーにはおなじみのMC、スマイリー原島が年明けに他界して、ちょっとしんみりするかも… と想像していたのが苗場音頭の時。なにせ、愛嬌いっぱいのあのだみ声をもう聞くことができないのだ。でも、「Love, Peace & Understandingね。楽しくやろうぜ」って彼の声がみんなの頭の中で響いていたのかもしれない。しんみり感は皆無。彼もそこにいて、1年振りの里帰りを一緒に祝福してくれているようにさえ見えていた。

Photo by suguta
レッド・マーキーで恒例となっている記念撮影の時、「おかえり!」と声をかけると、「ただいま!」と応えてくれるオーディエンスも輝いていた。文字通り、フジロッカーにとって、ここは年に一度は「戻ってくる」故郷のような場所。だからなんだろう、毎年、ここでしか顔を合わすことのない知人や友人たちがいっぱいいる。ぷらぷら歩いていると、誰かに遭遇したり、声をかけられたり… ってことが数え切れないほどあったし、懐かしい人との再会もあった。さらに、知らない人とだって、気軽に話しかけることができるってのが、フジロック・マジック。そんな空気が会場を包み込んでいたように思う。
残念ながら、ライヴはほとんど見ることはできなかった。グリーン・ステージに向かう橋を渡って奥地に向かえたのはわずか一度っきり。それも最終日だけだった。唯一、大きなステージの前で見たのはKneecap。主に彼らが使っている言葉はアイルランド語(ゲーリック)で、当然、意味はわからない。それでもその向こうから伝わるものがある。ステージ前で翻っていたのはパレスチナや反人種差別を謳う旗の数々。彼らが叫んでいた「Free Palestine」と「フジロック」に「センソーハンタイ」という言葉が脳裏に刻み込まれていた。

Photo by 森リョータ
ただ、それで「見た」というのは、どうなんだろう。ライヴはそのまっただ中にいてこそ体感できると書かれたエキスプレスの記事を読んで、はたと考えてみた。ひょっとして、自分は見物していたに過ぎないのかもしれない。でも、それぞれが自由に楽しめばいいと思う。端っからフジロックの出演者にタブーなんてなかったんだが、それでも「へぇ〜」と思えるスターが出演するようになったせいか、ずっとステージ前に陣取って待っている人たちも増えたという話も伝わっている。が、彼らを褒めたり、嘲笑する気は毛頭ない。お目当てのアーティストを近くで体験したいってのは当然だろう。ただ、その前に目白押しなのが、とんでもないパワーと迫力を持つミュージシャンの数々。彼らには想像もできない衝撃が待ち構えていたはず。それでも、いわゆる『地蔵』でいられ続けたら、それはそれでとてつもなく驚異だし、笑えるかもしれない。が、実際のところ、彼らも大盛り上がりでライヴを楽しんでいたと聞いている。それを目撃するのも楽しいじゃないか。
もちろん、フジロックはフェスティヴァルでコンサートではない。だから、ひとつの場所に居続けるということは、いろいろなものを見逃したり、体験するチャンスを失っているのに等しい。実にもったいない。が、それも勝手。自由にやればいい。ただ、互いがリスペクトできる姿勢は、少なくとも持っていてほしいとは思う。
その一方で面白いのは、入場ゲートの向こうにあるステージで繰り広げられていたライヴをほとんど見ていない人たちも少なからずいることかもしれない。チケットがなくても遊べるピラミッド・ガーデンやパレス・オヴ・ワンダー周辺がやたら楽しくて、みなさん、このあたりにたむろしているんだそうな。自分もそんなひとりかもしれない。実際、毎日顔を出していたのが、そのエリアのひとつ、どん吉パークにあるDon’s Cafe。出演DJをブッキングしたというのが主な理由なんだが、ここもやたら楽しかった。なにせほとんどのDJは、チケットを買って遊びに来ている仲間たちなのだ。ところが、彼らが文句を言うどころか、嬉々として音楽と戯れている。

Photo by エモトココロ
「The Whole Farm’s the stage and all of you are players」
と、昨年のグラストンバリーでみつけて、レッド・マーキーで話題にしたフレーズがそのまま実現したような感じかな。「会場全体が舞台。そして、あなたが演者」なのだ。公式タイムテーブルに名前は記載されていないけど、そんなこと無関係。ここで楽しんで遊んでいる人たちもこの壮大な祭りを作っている主役だというのがよくわかる。
今年は土曜日のチケットが早々と売り切れて、それに続いたのが通し券。というので、金曜と日曜のチケットは持っているけど、土曜日には「向こう側」に行けない人も多かった。夕方からここにやって来て踊り続けていたのはそんなフジロッカー。この日の深夜、いろいろ確認することがあって戻ってくると、彼らがまだそこにいて、「楽しいです〜」と話しかけてくれる。そして、フジロックを続けていることに感謝されるのだ。
「昔はねぇ、伝説的なアーティストとかも体験できて、僕らの世代には嬉しかったんですけどね。ここ数年は、そういうのがなくなりましたよねぇ。それ、残念なんですけど、なによりフジロックが好きで、ずっと来てるんです」
と、おそらく、50〜60代と思われる彼らの言葉を聞きながら、「そうなんだよベテラン・フジロッカーは、みんなそう感じているよ」と応えていた。すでに高齢者となった自分の仲間がよく話題にしているのもそれ。レゲエもアフリカ系も少ないし、ルーツ的なR&Bやブルースなんてなかなかみつからない。セールス的にチケット購買者の中心はもっと若い世代で、彼らにアピールするアクトが主流になるんだろう。利益を上げないと続けていけない主催者側の判断は当然かもしれない。オルタナティヴな部分とのバランスを保ちながら綱わたりを続けてくれる限り、「仕方ないなぁ」と思う。一方で、そう言いながらも彼らが苗場にやってくるのは、紛れもなく、フジロックそのものが魅力となった証なんだろう。
フジロックが始まった頃、日高大将とよく話していたものだ。
「ラインナップなんて二の次で、なによりもフジロックを楽しむ人たちが来るようになってチケットがソールドアウトになったら最高だね。」
それがほぼ30年の年月をかけて少しずつ形になってきたのかもしれない。今回、「フジロックが好きだから遊びに来た」という言葉をここかしこで耳にしていた。
フジロック・エキスプレスのスタッフも同じようなものだろう。北は北海道、南は九州と、全国どころか台湾からも、どんな条件だろうがお構いなしに集まってくる。そして、日頃はプロとして活動している写真家やライターを中心に寝る時間も惜しんで馬車馬のように働いてくれるのだ。大舞台で演奏するアーティストはもちろん、会場の津々浦々で祭りを作っているお客さんの取材も忘れない。なぜなら、いたるところにドラマや感動が、そして幸せがあるのを彼らはよく知っている。そんな彼らの目線や気持ちもフジロッカーそのものなのだ。
おそらく、大きなメディアでは無料で遊べるゲート外の出来事なんぞ話題にもならないだろう。でも、今年もさくらサーカスにぶっ飛ばされ、クリスタル・パレスで目撃したバンド、Stompin’ RiffraffsやThe King Lionに圧倒されていた。そんなときも、取材を続ける彼らを目撃して、どれほど頼もしく思ったことか。

Photo by カワセルイ
今年はAmazonプライムでライヴが放送され、SNSでもそれが大きな話題になっていた。彼ら曰く「おうちでフジロック」なんだそうな。それで「体験した」ように思えるかもしれないけど、なにはともあれ、実際に苗場に足を運んで、ここにしかない独特の空気を共有することをお勧めする。その感動や感激は、文字通り桁違いなのだ。1997年の第1回目からエキスプレスを始めた理由のひとつは「モニターなんて見ていないで、遊びにおいで」とお伝えすること。だってね、全然違うんですよ。
さて、fujirockers.orgはみなさんのサポートによって生かされています。活動資金の筆頭はスタッフの頭脳と労力で、それに続くのが物販による売り上げです。オアシスにあるフジロッカーズ・ラウンジや物販サイトでなにかを購入してもらえれば幸い。また、今年は、スタッフが鞄のブランド、UNDERTHESUNに協力。彼らがフジロッカーの思いを詰め込んだリュックを作ってくれたこともあり、スポンサーとしてサポートしてくれました。ありがとうございます。彼らとは完全なコラボによる新商品の開発も続ける予定で、今度はどんなものが姿を見せるか、お楽しみに。
なお、私たちは常にスポンサーを求めています。フジロックの魅力を熟知する私たちと一緒になにか面白いことやってみませんか? 私たちの門戸はいつも開かれています。いかなるアイデアも大歓迎。興味があるようでしたら、ぜひご連絡ください。
最後に、今年も日高大将から「これ、どうだ?」という連絡を受けています。なんと世界にひとつしかない、彼本人が今年のフジロックで身につけていたラミネートのスタッフ・パスをプレゼントしようというもの。もちろん、そこには彼の名前が印刷され、ACCESS ALL AREAとされています。将来、これを使って会場に入るのは不可能だけど、紛らわしいので、「絶対にフジロックには持ってくるな!」というのが条件ですが、欲しい人、いる? さて、応募条件はどうしようか? 去年と同じように、大将へのメッセージを書いてもらおうかな? 前回は200通以上を、実際に彼が目を通してくれたし、それも面白いかもね。詳しくはこちらを見ていただきたい。

ということで、今年動いてくれた愛すべきスタッフは以下の通り。みんな、本当にありがとう。いうまでもなく、あなたたちもフジロックを作っている主人公のひとりです。
FUJIROCK EXPRESS ’26
https://fujirockexpress.net/26/
■スタッフ
浅野凜太郎、あたそ、阿部光平、阿部仁知、MITCH IKEDA、石角友香、磯部 颯希、エモトココロ、岡安いつ美、梶原綾乃、堅田ひとみ、紙吉音吉、カワセルイ、粂井健太、古川喜隆、小林弘輔、Eriko Kondo、sakawahikari、佐藤哲郎、Sean Scanlan、Jonathan Ruggles、白井絢香、Sumire Shimada、suguta、nob、馬場雄介(Beyond the Lenz)、HARA MASAMI (HAMA)、平川啓子、Shuntaro Maeda、三浦孝文、みやちとーる、Miyaryo、森リョータ、安江正実、YAMAZAKI YUIKA、リン(YLC Photography)、若林修平
■フジロッカーズラウンジ
mimi、obacchi、SEKI、yamato
■ウェブサイト制作&更新
平沼寛生(プログラム開発)、迫勇一、坂上大介
■プロデューサー
花房浩一
