ハナレグミ
そこにいて、歌ってくれてありがとう。
日がもうすぐ落ち切るかなという薄暗さの中、暑くも寒くもない気持ちのいい気温のフィールド・オブ・ヘブン。近くで開演を待っていた人から「晴れた昼間に見たかったなー。」という声が聞こえた。確かにハナレグミにはそのロケーションのほうが似合いそうだ。気持ちはわかる。
知らぬ間にアフロ頭になっていた永積タカシが登場し、「ようこそフジロックへ!この時間にここを選んでくれてありがとう!」と言った後に弾き語り始めたのは”光と影“。この曲が一曲目に聞けるとは思っていなかった。不意打ちでボーっとしかけたのも束の間、冒頭の歌い出し、ほんの一節だけで心をえぐるように歌がずしんと入り込んできて響いた。少しだけひんやりとした空気に音が振動した後、山の奥に溶けていくさま。薄暗い中に浮かぶシャボン玉にステージの光が反射するさま。こんな、嘘みたいに幻想的な情景の中で彼の歌を聞けば、前述のセリフを放っていた彼も改心しただろう違いない。
そして二曲目、“音タイム”へと続く。ベース、ドラム、キーボードとフルートの音色が加わって軽やかにスタートを切ると一斉に歓声と手が上がった。穏やかな曲調が徐々にグルーヴを増し、低音と歌が体に響くと、心臓を素手で掴まれてポンプされているかのごとくドキドキが止まらない。どうしてこの人の歌はこんなにもいとも簡単に人の中に入り込んでくるのだろうか。その後の“大安”では底抜けにハッピーな合唱が起こり温かなムードに溢れた。
そしてここで“家族の風景”。イントロが聞こえるとこの日一番の歓声が上がり、この曲がいかに聞き手にとって特別な曲なのかを改めて感じた。誰しもが身近に感じることの出来る、当たり前のような幸せを切り取ったこの曲は、普段の自分が置かれている日常と、このスペシャルな場にいるという非日常のコントラストを映し出していた。美しいメロディとどこまでも伸びる優しく力強い歌声は、普段の自分、今の自分どちらにも幸せな現実を認識させてくれて、私たちに最上級の感情をもたらしてくれる。
ここまでひたすら感動していたわけだが、今度は自称「庄屋(居酒屋)的MC」という酒場トーク的ノープランMCが展開される。この日の主なトークテーマは自身のアフロヘアについて。事務所の所属ミュージシャンが自分と、レキシ池田貴史二人だけになりアフロ事務所と化していること、髪形を変える前に買ってあった帽子が入らなくなったこと、行きつけの台湾料理屋の店主に「ヤリスギダヨー!」といじられたというアフロネタ三本立てでお送りしました。この後にまたしっとりとした“きみはぼくのともだち”を持ってくるのだから、もう感情の波が大忙しである。
気が付けば日はすっかり落ちていた。“あいまいにあまい愛のまにまに”“プカプカ”もうすぐ発売される4年ぶりのニュー・アルバムからの新曲”無印良人“と続いた後、“オアシス”でフェスティバル感満載の盛り上がりを見せ、”明日天気になれ“でどこまでも晴れやかな気持ちになり、頬の筋肉が痛くなるほどの笑顔にさせてもらって大満足でこれにて終了。かと思ったのだが、続けて「フジロックはいろんなミュージシャンが来てるじゃーん?」ともったいぶってみせた後、ステージにゲストを呼び込んだ。クラムボンの原田郁子、そしてニュー・アルバムに曲を提供しているラッド・ウィンプスの野田洋次郎だ。オーディエンスがざわめき、歓喜する。
二人がキーボードとして加わって演奏されたのは、野田洋次郎詞曲の“おあいこ”。ピアノのイントロで始まるしっとりとしたナンバーを永積は楽器を持たずに歌い上げた。彼の歌の魅力を丸裸にしたかのようなこの曲は、聞き入っているうちにまた心も体も彼の歌でいっぱいになり、呼吸するのも忘れてしまうほどに圧倒的だった。ベスト盤のようなセットリストの最後にこの新曲を持ってきたことに、そしてそのアフロヘアに、今後の変革の一部が見られたような気がしたこの日のライブ。でも、とんでもない力を持ったその歌声を身近な言葉で聞かせてくれて、当たり前のようであり特別である幸せを感じさせてくれるのは、やっぱりいつものハナレグミだった。その存在に、当たり前のようにそこにいて歌ってくれてありがとう、とずうずうしくも友達かのように伝えたくなった。
-Setlist-
光と影
音タイム
大安
家族の風景
きみはぼくのともだち
あいまいにあまい愛のまにまに
プカプカ
無印良人
オアシス
明日天気になれ
おあいこ