大橋トリオ
極上、マジカル、大橋ワールド。
ホワイト・ステージには、晴れ渡った空より少し曇りがかったトーンの空が似合う気がする。よりこのステージ特有の色彩感のない無機質さが際立つからだ。アーティストがそこをどんな色に染めるのかという期待が立ち込める。そんな、少し前の炎天下とは打って変わって涼しい風が吹きはじめた昼下がりにライブはスタートした。
「1人なのにトリオ」のコピーでお馴染みの大橋トリオであるが、実際この日ステージに立ったのはサポートメンバー6人と大橋の合計7人というそこそこの大所帯。まずメンバーたちが上下白の衣装とハット、メガネという揃いの出で立ちで登場し、アルミのような素材の打楽器で乾いた音のカウントを始めた。これは最新アルバム「PARODY」の代表曲“サリー”のイントロだ。少しすると大橋自身が登場してキーボードに位置し「大橋トリオです。よろしくお願いします。」と簡単に挨拶をした後、観客に手拍子を促して曲はスタートした。爽やかなメロディに大橋のウィスパーボイスが乗り、瞬時に誰もの耳に馴染むようなポップ・チューンである。衣装やステージングなどの演出面にも本人のセンスがふんだんに散りばめられていることも彼のライブの見どころの一つであるが、大橋自身の衣装はというと白ベースで袖口や裾が赤青黄色など様々な色に染められたロングジャケットに白のパンツ。白をベースに様々な色を持つ。これはこの日のライブに対しての表現のような気にさせられた。大橋の多様な音楽性がホワイト・ステージを彩るさまのように。
続く“PARODY”は一曲目の爽やかさとはまた違ったテイストで、淡々と抑え目ながら癖のあるリズムが心地よい。そしてキーボードを離れバンジョーに持ち替えると、彼の真骨頂ともいえるジャジーなアレンジに体がスウィングする“Cherry Pie”へと続く。次々とセンスの波に飲まれ続け、湧き上がるこの胸のざわつきを表そうとするあまり、なんだかよくわからないが「センス!」と叫びたい気持ちにかられる。この人を見ているといつもそうだ。
ここでMCに入り、突然「苗場―!」と観客に呼びかけたのだが、これはロックバンドのボーカルが叫ぶそれとは全く違う趣で、文字お越しするならばどちらかというと「なえば~」と言った感じ。これには本人もキャラ違い感を実感したらしく小さな声で「なえばって…」と苦笑している。かと思ったらおもむろに使い捨てカメラを取り出し観客の様子を撮影し始めた。えーっと…自由か!と突っ込みたくなるこのどこか滑稽で人間味のあるキャラクターも彼の魅力である。このキャラクター、一言でいうと実に「ニクい」。
曲前に「雨の歌をやるから今雨が降ってきたら奇跡だな。」と言って始めたバラード“サヨナラの雨“。柔らかな歌声がホワイト・ステージを浸していき珠玉の輝きを放つ。美しい物語をなぞったような歌詞は押しつけがましいこともなく耳にすっと馴染み、ただただ安心して穏やかな気持ちで音に身を任せることができるのだ。何度か雨を確認するように上空を見上げていたのだが、この人なら本当にマジックを起こしてしまうのではないかと思えてしまうほど、ここには大橋ワールドが出来上がっている。
アコースティック・ギターに持ち替え披露した“アネモネが鳴いた”。原曲の秦基博の歌唱パートをドラムで参加しているmabanuaが担当し、美しい歌声の調和をみせた“モンスター“、自身の楽曲の中では特にロック色の強い“マチルダ”ではエレキ・ギターを鳴らす。サポートはキーボード、ベース、サックスとツインドラムという編成だが、この他にも彼のライブではお馴染みの鳥の鳴き声などを含め、本当に様々な音が溢れている。また気になったのが飄々とマイペースな雰囲気ながらも、スタッフへサウンド調整を指示するシーンが非常に多いこと。もともと裏方志向だった彼の、音楽家としてのこだわりはとてもつもなく深い。大橋の音楽職人としての膨大な情熱と音楽愛を確認できたシーンでもあった。
そしてロックなナンバーで温まりきった後は、“僕らのこの声が君に届くかい”。場をパッと明るく彩るように広がっていく楽曲に会場は大きな手拍子に包れてラストとなった。思った通りホワイト・ステージには様々な色がはじけた。それは決して派手な色調ではないニュアンスカラー。センスと音楽愛と静かな情熱と不思議な人間味に溢れる彼のライブは極上、マジカル、そんな言葉を並べたくなる完成度で感動をもたらしてくれる。そして、去り際に二度客席を振り返りながらピースサインを見せるその姿はどこかやっぱり少し滑稽で愛らしく、最高に「ニクい」のだった。
-Setlist-
サリー
PARODY
Cherry Pie
サヨナラの雨
アネモネが鳴いた
モンスター
マチルダ
僕らのこの声が君に届くかい