BLOODEST SAXOPHONE feat. JEWEL BROWN
太陽のように明るく、朗らかに
前日のクリスタル・パレスと同様、まずはブラッデスト・サキソフォンのみのセットで始まったヘブンのステージ。挨拶代わりにそれぞれ独立した見せ場を用意しつつも、リズム隊とウワモノが要所でピタッ、と足並みを揃える展開がなんともたまらない。そして誰もが知るナンバー、”Tequila”をセットに入れてきた。これは、ブラサキのことを知らない「通りすがり」を巻き込んでゆこうとする意志の表れなのだろう。”Long Vacation”を経たところで、いよいよジュウェル・ブラウンが登場することとなった。
スタッフにエスコートされた登場の時点から、ジュウェルは満面の笑みだった。昨晩のステージからさして時間が経っていないにも関わらず、疲れもほとんどない様子。おめかしもバッチリだ。大きな体を揺らしつつ、ステージの中心に置かれた椅子に腰掛けると、傍らに、すかさず甲田”ヤングコーン”伸太郎が立ち、まるで親子のような絵づらとなるのだが、ステージ上での振る舞いはまるで立場が逆と言える。ブラサキの面々は大人の雰囲気をまとい、ジュウェルは子どものようにキャッキャとはしゃいでいるのだから。
そんな彼女も、ひとたびマイクに向かえば、レジェンドの称号にふさわしい喉を響かせ、和やかになって弛みつつあった場の空気を引き締めていく。切り替わるタイミングはいつも突然だ。思えば、甲田はフジ直前に行ったインタビューで次のように言っていた。
「常に(レジェンドを)見て、追いかけないといけなかった」
まさに、その通りのことが起きている。ブラサキだけではない、オーディエンスも、さらには、ヘブン全体がいつのまにか彼女の術中に陥っているかのよう。ブラサキは、決して派手な主張をすることなく、しかし、きめの細かい音の粒が立った演奏で、彼女の歌をいかに引き立たせるかの、普段とは違った勝負にうって出ている。「この夏のナンバーワンに」というスローガンを掲げていたブラサキだが、ジュウェルの、その輝かしいキャリアを知りつつも、なにひとつ恐れることなく、「ナンバーワン」のバックバンドも狙っていたのではないだろうか。
ジュウェルは、”Love Roller Coaster”、”Goody Goody”などのアップテンポなナンバーでは弾けるように歌い、ユキサマの間の手が入る”That’s A Pretty Good Love”では、セクシーに振る舞って、見る者を誘惑していく。そして、”買い物ブギー”では、やはり、日本語の響きを楽しんでいるといった調子で、そこには、日本の昭和歌謡に対するリスペクトがしっかりと存在していた。
ジュウェルは、思いっきり楽しんでいる。曲の合間には昨晩と同じく、「do it, do it!(早く、早く!)」と、ドラムのキミノリに向かってしきりにカウントを求める光景がある。演奏される曲目は、必ずしもドラムのカウントから始まるものばかりではなくて、ホーンが先導する曲もあったのだが、セットリストなど見ていないのだろう。それでも、イントロで瞬時にスイッチを入れ、対応していく様はさすがと言うほかない。これが、事前のインタビューで甲田が教えてくれた、
「だいたいの流れはあるにしても、ほとんど事前に決めないで、その場の雰囲気に合わせてオーディエンスと一緒に作り上げていく、盛り上げていく(以下略)」
といった部分なのだろう。ジュウェルは圧巻の節回しを披露しつつも、その眼は常にしっかりとオーディエンスを捉えており、身振り手振りを交えて参加を促している。そしてオーディエンスからの返しを受け取るたびに、どんどん若返っているかのようだ。
終盤、ブラサキのオリジナル曲のひとつ、”Growlin'”のテンポと派手さをそぎ落とし、ジュウェルのために歌詞をつけた”Afrodesia”が演奏された。ジュウェルは、スキャットからの、ミュートしたトロンボーンとの絡みで、管の響きに似せたりして、存分に遊び心を発揮。ほぼカバー曲で占められたスペシャル・バンドのステージだったけれども、レジェンドがご機嫌な調子で自分たちの曲を歌い、スキャットする…ブラサキにとって、とてつもない感動があったことは想像に難くない。
“Twilight Time”が演奏されると、贅沢な時間はいよいよ終わりの合図だ。「トワイライト」とは薄明かりのこと。夜明け前にも、日没後にも使われる表現だが、ここでは後者のことを指している。ジュウェルが楽しげに歌っていたのは昼で、彼女がバックステージに消えると夜となる、ひとつの物語となるステージなのだろう。歌のパートが終わると、再びエスコート役のスタッフが出てくるのだが、数回にわたって振り切っては、腰を振り、名残惜しさを全身で表現していた。ジュウェルはまさに、太陽のように明るく、楽しい女性だった。