LIVE REPORTGREEN STAGE7/29 SUN
BOB DYLAN & HIS BAND
© Photo by fujirockers.org© Text by 三浦孝文
Posted on 2018.7.30 20:19
フジロックに新たなページが刻まれた夜
7月29日(日)午後6時半過ぎ。2006年のレッチリに匹敵もしくはそれ以上の人でグリーン・ステージ一帯が埋め尽くされている。レッドマーキー、ホワイト・ステージ、フィールド・オブ・ヘブンという他の主要ステージがほぼ空いているという裏が無いということもあるのだろう。フジロックに集った音楽ファンの多くがあの真の伝説の男を目撃しようと詰めかけてきている。満を持して、ボブ・ディランが登場するのだ。
今朝から随所で降り続いた雨も止み、今は晴れ渡って涼しい風が吹いている。この見慣れたグリーンステージにディランが出てくるなんてまだ信じられない。「NEXT UP BOB DYLAN & HIS BAND」の表示がデカデカと表示されると、ここまで歩みを進めて来たフジロックに想いを馳せ、ジーンと来てしまった。
1978年の初来日から40周年となるだとか、ノーベル賞受賞後の日本公演101回目はフジロックだとか、しかもあまりフェスティヴァルに出演しないあのディランが!と各音楽情報機関が色々と書き立てていたが、ディランはきっとどこ吹く風だろう。では、私は、今、この瞬間にディランを存分に体験して感じるだけだ。
開演5分前になると、パタッとバックに流れていた音が止んでしばし会場が静謐に包まれる。みんな真剣にディランの登場を待っているのだ。アコギの優しいフォークミュージックの音色が響き渡り、バンドに続いてディランが登場し、ステージに向かって右側に置かれたピアノの元へ。全身黒のスーツでキメている。パンツに輝いている白い星がイカしている。映画『ワンダー・ボーイズ』の主題歌の‟Things Have Changed”から開演。人々は狂っている。妙な時代なってしまったと警鐘を鳴らすかのような曲だ。中盤のディランが奏でるピアノの調べが胸を打つ。椅子に座らずに、立ったままピアノを叩き真っ直ぐ見据えて歌っている。
お次は、カントリー度がグッと増した‟It Ain’t Me Babe”。今日のお昼にハインズが、初めて演奏したのがこの‟It Ain’t Me, Babe”だったと語り、「やってくれるかしら?」とディランのステージを楽しみにしていたのを思い出した(演奏してくれたね!)。続けて繰り出されたのは、ブルージーでロックンロールなドライブ感がたまらない‟Highway 61 Revisited”。ディランが「ハイウェイ・シックスティーワ~ン!」とキメる度にオーディエンスから渾身の大歓声が飛ぶのだ。
ここで、ディランが座ってゆっくりと鍵盤を押さえていき、涼しい風が吹く今にぴったりな‟Simple Twist of Fate”を披露。ファンの間でも最高傑作との呼び声高い『Blood on the Tracks(血の轍)』からの曲だ。ここ一番の感動的な音がグリーン・ステージ一帯に響き渡る。今、ここで、目の前でディランのステージを観ているという事実に思わず目頭が熱くなる。控えめに鳴るギターやドラムやベースのリズムセクションもディランの歌の旨味を更に引き立てるべく巧みな演奏で応える。最後にディランが立ち上がり、ピアノを叩くように弾いて壮大に締めくくった。
カントリー調のスライドギターが響くと、軽快なリズムが絡んで‟Duquesne Whistle”がはじまった。最も新しいオリジナル・アルバム『Tempest』からのリードトラックだ。ウッドベースがノリの良いこの曲を巧くリードしている。ただひたすら楽しく進んでいった。
これまた美しいピアノの調べからはじまったのは‟When I Paint My Masterpiece”。ザ・バンドのカバーで有名で、私が傑作を描きあげたら良いことが起きると、苦悩するアーティストたちをそっと抱きしめてくれるかのような曲だ。中盤に入る、チャーリー・セクストンのギターソロが曲の持つ壮大さに輪をかける。
真っ暗に暗転し、ロックンロールなフレーズが刻まれてはじまった‟Honest With Me”。演奏も音もシンプルな構造な分、ディランの圧倒的な唯一無二のしわがれた声がダイレクトに耳に入り込んでくる。ギターの小気味好いカッティングからはじまった‟Tryin’ to Get to Heaven”。ディランが歌に入る展開に合わせて真っ暗な状態から徐々に照明が明るくなっていくのも素晴らしい演出だ。何の仕掛けもないミニマルな照明だがしっかりとディランの音楽を盛り立てるのに一役買っているのが見て取れる。
暗闇の中、ディランのピアノの出だしに合わせるのに、他のメンバーがしばらく時間をかける(きっとセットが明確には決まっていなかったのだろう)。それが‟Don’t Think Twice, It’s All Right” だと気づき、大歓声が上がる。カントリー主体だが、中盤のセッションはジャズのニュアンスも香る。この曲が本来持つ楽しいメロディが倍増したようなアレンジだ。ドラムがドカドカと打ち込まれると、小気味好いリズムとともにブルージーなロックンロール‟Thunder On the Mountain”がはじまる。ディランが叩く調子っぱずれなピアノがかえってロックンロール創世の頃の生々しさを感じさせる。やっぱりここでも光るのはディランの声。黒くも白くもない。ただそこにはディランの声があるだけ。リトル・リチャードに憧れたティーンエイジャーの頃のロックンローラーたるディランがはしゃぎまわっているかのようだ。
暗闇の中、フォーク時代の軽やかなハーモニカの音色が響き大歓声が沸く。アデルもカバーした、儚く美しい音色が満載の‟Make You Feel My Love”を披露。この曲は何と言ってもディランのハーモニカだ。とっぷりと落ちた苗場の夜に感動的に響き渡る。深ーいスライドギターが繰り出され、ジョン・リー・フッカーのようなリフが刻まれると‟Early Roman Kings”がはじまった。この腰にくるブルーズマナーに忠実なミドルテンポの進行がたまらない。「アメリカの音楽ってのはこんなにも素晴らしいんだぜ」ってディランがドヤ顔で教えてくれているかのようだ。
“Desolation Row”の最初の「They’re selling postcards of the hanging…」のラインが聞こえただけで大歓声が上がる。ディランによるピアノの荘厳な響きにはゴスペルのニュアンスも感じられる。途中のディランの流麗なピアノソロは涙ちょちょ切れもんの素晴らしさ。やっぱり名曲はどう料理しようが、名曲ということだ。
悲しげなレゲエ調のギターのカッティングが入り、‟Love Sick”がはじまった。一段と憂鬱な面持ちで歌うディラン。愛に妄信したラヴソングで溢れた世界にうんざりしているのだろうか。そして、いきなりはじまったという感じの‟Ballad of a Thin Man”。半音ずつ降りていく伴奏が不気味な残響を与えるこの曲。「事態をわかっちゃいないだろ、あんた?」と「Do you?」付加疑問でじわじわと迫り、問い詰められている感覚に襲われる。寂しくそして力強いハーモニカの音色が響かせ、ラストは手を広げ、「どうだ!」とでも言っているようなキメのポーズで締めた。
バイオリンの音色が優しく鳴り、ディランが奏でるピアノの軽快なメロディであの曲だとすぐに気づく。「How many roads…」と‟Blowin’ in the Wind”を歌いはじめるディラン。色んな時代を表し、生き抜いて来た曲だ。それがたった今、本人の口から語りかけられているのだ。「友よ、答えは風の中に」と。
‟Blowin’ in the Wind”の後、ディランとメンバーがステージ前に並ぶ。仁王立ちしたディランはお辞儀もせずステージを後にした。「あれ?」ってなほどあっけなく終わってしまった。勝手に伝説だとか息巻いていたのは我々だけ。やっぱりどこ吹く風だったね、ディラン。だが、これでフジロックに新たな1ページが刻まれたのは間違いない。例年以上に広い世代が参加したであろう今年のフジロック。多くの老若男女がいて、色んな価値観が集まり交じり合うとそれだけ可能性が拡がっていく。未来は今を生きているみんなの手で、風に舞っている答えを探し求め、もがいて前に進んでいくしかないのだ。ディランの終演後にそんなことをふと感じた。
イラスト:伶彥陳