LIVE REPORT - PYRAMID GARDEN 7/25 SAT
ずっと真夜中でいいのに。 (スパイシーズ状態)
コンセプトが響き合った、ある夏の夜
「レッド・マーキー、ホワイト・ステージ、グリーン・ステージを経て、念願のピラミッド・ガーデンをスパイシーズ状態で演奏できて大変喜びに堪えません」
字面だけを見たらかなり奇妙な発言に見えるかもしれないが、ここに居合わせた人ならアカネーンの心情にも納得がいったことだろう。
2年目を迎えたPYRAMID GARDEN -Beyond the Festival-から一週間。フジロックの中でも随一のコンセプチュアルなエリアであるピラミッド・ガーデン。派手な演出よりも、その場に集まる人や流れる時間ごと一つの体験として育ててきた場所でもある。そんな場所だからこそ、ずっと真夜中でいいのに。(スパイシーズ状態)(以下、スパイシーズ)の尖った嗜好が存分に発揮された今回のセットが驚くほど自然に溶け込んでいたし、両者のコンセプトが響き合った奇跡のような一夜がそこにはあった。
定刻15分ほど前に着くと、既に前方はそこそこ埋まっていて、Beyond the Festivalとも違う熱気が漂っている。フェスのいちステージというよりコミューンのような緩やかな空気があり、焚き火とキャンドルに照らされた暗がりまで、この場所の演出になっている。スパイシーズの登場を待っている人はもちろんのこと、たくさんの人が思い思いの気持ちを持ち寄って夜をともにしている。
そしてディレクターのキャンドル・ジュンが登場し、写真や動画撮影の禁止の話などをするが、ルールを振りかざす注意喚起というより「みんなでいい時間をつくっていこう」というジュンさんらしい話し方で、自然とあたたかい空気の中でスパイシーズを迎え入れる流れができていた。
冒頭ナレーションと会話劇でスパイシーズのコンセプトを説明。SFの中に置き配がどうたらと、妙に生活感の混ざったとぼけた世界観ながら、どことなくマッシヴ・アタックや坂本慎太郎のような批評性を感じなくもない、絶妙な塩梅だ。単独公演や大阪・関西万博の公演などではおなじみながら、フェス出演でここまで作り込むのも珍しい。これだけでも、ピラミッド・ガーデンに出演する意味は十分に伝わってきた。
「スパイス・キャンドルに永遠の灯火を!」
なだれ込んだ“マグネシア舞曲”では、オープン・リールが交錯するどこか儀式めいたセッションが展開される。電子音楽的でもありつつトライバル感も強い独特な肌触りで、むしろ電子楽器の肉感的な部分を引き出しているようなガヤガヤしたビートが心地いい。続く“アンチモン”ではアカネーンがおぼろげにドラムパッドを叩く姿も見え、ダウナーなビートに呪文のような歌が絡み合い、長尺のアウトロ・セッションの熱気がピラミッド・ガーデンの夜を彩っていく。
ピラミッド・ガーデンでは見たことがないほどの電子機材が幾重にも並び、その向こうでメンバーの輪郭だけが淡く浮かび上がる。夜までの疲れと眠気もあいまって、夢の中を漂っているような心地だ。
そして、ホワホワした幻想的な雰囲気が強調された、“君がいて水になる”。全方位に遜色なく響くサウンドシステムにより、キャンプサイト一帯がアカネーンの伸びやかな歌声に包まれる。グリーン・ステージのような派手な演出や音圧ではないのだが、かといってアンビエントやアコースティックといった感じでもまったくなく、じわりと染み入るパフォーマンスを楽しむ聴衆たち。ダンスビートにポエトリー調のボーカルが映えた“cinnamonoon”ではおなじみの扇風琴も鳴り響き、ギターともシンセとも違うノイジーなリフが夜を貫いていた。そして甘美でノスタルジックなメロディが美しい“マリンブルーの庭園”も、そんな歌声を愛おしく囲む宴とでもいうような、何も損なわれない安心感がピラミッド・ガーデンを包み込む。家電楽器たちも、どこか嬉しそうに鳴っていた。
「ハイミー!人工甘味料に埋もれた地球のレスキュー隊として山にやってきました!」
と投げかけるアカネーン。うま味調味料の名前をあいさつにするのは皮肉なのかなんなのかという感じだが、マサーン(ガラムマサラ砂漠責任者)、かみやん(団子坂SA下り侘び寂びワサビ担当)、タナカーン(カルダモンアンチモン担当)、ハルーン(世田谷クミンシード税担当)、世界花椒永和田(カニにいつも追い花椒)、そしてアカネーン(黒胡椒は多いのにピンクペッパー少ないのか張り込み調査してるピンクペッパー警部)……と、相変わらず何を言っているのかよくわからない。
そんなよくわからなさは、僕がはじめてずとまよを観た時のことを思い出させて、むしろ心地よくもあった。会話劇の合間にたびたび「えっと、えっと」と言葉を探すアカネーンはなんだか微笑ましい。でも、それすら演出かもしれないから軽々しく信用してはいけない。でもその後にピラミッド・ガーデンへの想いを語ったのは間違いなく本当だろうと信頼できる。そんなわかるようでいてわからない、でも肝心なところはちゃんと伝わる彼女の姿に今日も惹かれてしまう。
そして随一のよくわからん曲“炭酸ラータン”ときたもんだ。「ひー!ふー!みー!よー!」の掛け声は9年前の同じ時間にここで観た小沢健二を彷彿とさせたが、まさにその時以来かという大盛況となったピラミッド・ガーデンの聴衆に向けて、マサーンとアカネーンがラップを披露。たけのこみじん切りだの溶き卵だのラー油だのと、キャベツはどうしたと言わんばかりの奇妙なくらい癖になるリズムに乗せて酸辣湯の具材を羅列していく。「何を見せられているんだ僕らは」と思わず笑ってしまうような時間がなんとも心地よくて、アカネーンの声の癖がこれでもかと活かされたボーカルワークを堪能した。
アコギを持ち出した“上辺の私自身なんだよ”では、みずみずしくもダウナーなギターストロークと、投げやりにがなるような声色も織り交ぜ、深い情感を投げかけるような演奏を見せるスパイシーズ。ずとまよで聴き慣れた楽曲でも、この編成、この場所だからこそ立ち上がる表現がこの夜に響いていた。
「一回体験したことは忘れたんじゃない、思い出せないだけ。スパイシーな香りと焚き火の香りがトリガーになって思い出せますように。各々の香辛料を大切に育てられますように。じゃあ最後、ノイズ混じりの走馬灯のような記憶を巻き戻してみます。」
そして最後は、フルセットとしては初披露となる15分以上に及んだ大作“lowmotion algae”。言葉の癖と戯れ、ポエトリーと歌声に浸り、ファンタジックだけど不穏な、切なくも希望あふれるサウンドスケープの中へ深く沈み込んでいく。心地よい風を感じながら各メンバーのソロもじっくりと堪能し、スパイシーズと過ごした一夜は、不思議な余韻を残して過ぎていった。
一体なんだったんだろうかこの体験は。ずーっと引き伸ばしたような時間感覚が、一瞬で過ぎ去っていった。それでも、このよくわからなさこそが胸をくすぐる。だって言葉では説明しきれないからこそ音楽であり、コンセプト・アートなのだから。そしてその曖昧さごと受け止めてくれる場所が、ピラミッド・ガーデンだった。焚き火の匂いとスパイスの香りをまとったまま、ステージ後方から光の射す帰り道をゆっくりと歩き始めた。
