苗場に「街」の思いが色を付けた時間。

　陽射しが痛いぐらいの晴天になったヘヴンに、フジ初登場となる前野健太とソープランダーズが登場。お客さんの中には、バンドが誰だかわからなくとも「あっ！ジムルク！（ジム・オルーク）」
と、その存在を速攻で発見する人がいるのが、いかにもフジらしい。

　浴衣姿の石橋英子（Key）以外は普段通りのいでたちのメンバーだが、前野健太の表現をめぐって、ジム・オルーク（G）、須藤俊明（B）、山本達久（Dr）という面々が集結しているのがレア
である。しかも苗場で。４人より遅れて登場した前野は派手なイエローの柄物シャツ（MCでフェラガモの古着に大枚をはたいと告白）。１曲目は、山々とも共振して独特の響きを放ち、ジムの狂おしいギターソロも強烈な「ジャングルの友だち」からスタート。すっかりスイッチが入った様子のマエケンは囁きと絶唱を交えて、このバンドとともに作り上げたニューアルバム『俺らは肉の歩く朝』のナンバーなどを披露していく。

　中盤には「ツアーでカラオケのある飲み屋に入ったら、みんなに前野さんの曲ないの？と言われて、昔の曲なんですけど、いい曲だし、みんなコーラスをやる気満々なのでやることに」という
MCを受けて、゛友達じゃがまんできない゛。ジムのハウリングの奥から本音のように立ち上がるマエケンの歌。彼のほとんどのレパートリーがそうであるように、都会で恋をして、自分を見失い、でも人に恋することをどうしてもやめられない女（時に男）のいとおしさ、それが本音というか、人間の本能としてこんなに伝わるなんて。午前中の山の中で聴くには少々、エロティックに過ぎるが、不思議なことに山の中で思い出す東京というのも面白い体験だった。別に日常を忘れたいのに思い出すといったネガティヴな情ではなく、単に確かにそっちの自分がいることを思い出しただけ、というか。

ダンサブルなナンバーではシャツの裾をわざわざ出して、岡村ちゃんよろしくオリジナルなアクションで沸かせるマエケン。まったく歌の世界だけじゃなく、彼自身、目が離せない生き物である。
終盤には『俺らは肉の〜』の１曲目゛国歌コーラン節゛を「わからなくてもいいから歌ってください。コカコーラ、でもいいですよ」と、コール＆レスポンスまで巻き起こす。そしてあっという間に迎えたラストには「ハードな曲かな？とも思ったんですが、バラードを。PAさん、３日で最高にセクシーなリバーヴをお願いします」の一言に笑いが起こる中、名曲゛ファックミー゛が、まず石橋の美声から始まり、マエケンもいたいけな声で、不自由なコミュニケーションをすっとばした肉体と魂のぶつかり合いの希求をエモーショナルに歌う。人の哀しみ、生き物の歓び。終演してみると、初見のお客さんも表情豊かになっていたように見えた。