ヒカシュー・フリー・インプロヴィゼーション・サミット
“白昼夢”の怪物
オレンジ・コートに灼熱の太陽が照りつけている。まさに炎天下…ちょっとした砂漠だ。ここでヒカシューのライブが行われるとなると、ちょっとしたトリップ(バッド・トリップ!?)も覚悟せずにはいられない。デビュー当時はニュー・ウェイヴやテクノ・ポップの牽引者と知られ、強烈な個性と高度な即興音楽で今なお熱烈な支持を集めるヒカシュー。インプロヴィゼーション(即興)の化け物は、フジロック3回目となる今回もトンデモナイものを用意していた。
リハーサルを終えたステージには、巻上公一(Vo)、三田超人(Gt)、阪出雅海(Ba)、清水一登(Key)、佐藤正治(Dr)の5人が登場。ドラムと鍵盤の連打、サンバーストのレスポールを持った三田がピッコロを吹きまくるといった轟音のインプロから始まり、“筆を振れ、彼方くん”へと入っていく。高い演奏力で奏でられる1つ1つの音の存在感が異様だ。圧倒的。巨大な生命体のぶつかり合いを見ているようで、ハラハラする。少し怖いくらいだ。
「ヒカシューです!」と元気に挨拶する巻上。観客も「ワァァー!」と歓声を上げ、すでに熱狂的な反応だ。しかし、彼のパワフルすぎるオーラは一体何なんだろう。たぶん、世間ではこの尋常でないエネルギーを発する人を“芸術家”と呼ぶのだろうなと、ふと思ったりした。「今日はヒカシュー・フリー・インプロヴィゼーション・サミットと題してお送りします。たくさんのゲストが入ってきますのでよろしくお願いします!」と、お腹いっぱいになりそうな本日のメニューを説明した。
「まずは、フーン・フール・トゥからカイガルオール・ホバルグ!」と、今回フジロックに参加しているロシア連邦トゥバ共和国の世界的ホーメイ(喉歌)グループ、フーン・フール・トゥの1人を呼び込むが「…来ねぇし(笑)!」 最初からカイガルオールがステージに登場しないアクシデントが発生。照れくさそうに遅れて登場したカイガルオールは、いきなり管楽器のディジュリドゥのような強烈な低音ボイスを発し、観客を唸らす。それに、巻上は圧倒的な声量の民族音楽的歌唱法と、小鳥や猿の鳴き声のマネで対抗。すると、カイガルオールにも火がつき、激しい小鳥の鳴きマネにバトルが勃発。え、何これ!?ここは森なの!?…まぁ確かに山の中だけど。
そのくだりが終わると、“人間の顔”へ突入。「人間の顔は面白い」というフレーズからパワフルな演奏がドライブしていく。即興も始まり、その中にエレキ琴の八木美知依も参加。顔にはマリリン・マンソン顔負けのメイク、腕と太ももにはタトゥーの柄が入ったタイツを身に付け、琴の弦を叩くようにして弾く八木。見たことがない弾き方で、それだけでも刺激的すぎるのに、見た目のインパクトもすごい。
一旦ブレイクし、今度は琴が厳かに奏でられる。呼応するように、鳴り出す他の楽器。地鳴りのような低音、どこかに走り去るように跳ね回る鍵盤。まるで形を成さない音の塊がぶつかり合うことで、音楽が生まれそうになっている。なんともスリリングな実験場のようだ。プレーヤーとして一流の演奏者たちが真剣で切り合うようなプレイに固唾を飲んでしまう。
荒れ狂う音の波。その無秩序な音の並びに、巻上は身振り手振りを交えながら一呼吸で命を与えてしまう。この間、音選び、言葉選び、演奏が向かうべき方向、それを瞬時にジャッジしていく。天才的といった方がいいのだろうか。凄腕プレーヤーとの阿吽の呼吸でバキバキにキマる。しかも、いちいち音楽的にカッコいい。それが一見、間の抜けた言葉や奇声であっても。
そんな異質な感動に戸惑っていると、アルト・サックス奏者の坂田明がステージに登場。インプロに参加するように出てきて早々、巻上に負けずと叫びまくる。あれ?!サックス吹かないの!?そこから、巻上とのボイス(台詞あり)バトルに発展し、インプロのカオスの波が押し寄せる。坂田が「ABCD、いろはにほへと!」とリズムに乗る。自由すぎる!かと思えば、巻上「肩たたき」坂田「とんとん」 巻上が「ハゲまして!」と言えば、帽子は被っているものの、確かに頭頂部の薄い坂田が「ハゲまして!」と返す。巻上「ハゲまして!」坂田「ハゲましておめでとうございます!」コントか!しかも登場してからしばらく経つのにサックスちっとも吹いてない!観客もこれにはたまらず吹き出す。
さらに2人のボイス・セッションは続き、巻上「もしもし?」坂田「あ、何ですか何ですか?」コントか!そのやり取りの合間にも絶妙のブレイクやフレーズが入り、強力な音塊となって昇華されていく。ここでやっと、坂田がアルト・サックスを吹き始める。他の楽器の音と混じり合い、ぶつかり合いながら形を成そうとする。今、音楽の怪物が生まれそうになるスリリングさのみがオレンジ・コートを支配している。坂田に負けじと、巻上もコルネットを吹く。さらに三田もギターを弾くのを止め、小さめの角笛2つを必死に吹き始めた。しかし、なかなか音が出ない。時折、不規則に飛び出る三田の笛の音。完全に意図しない、この不調和な音のタイミングさえも音の濁流となって生命力を得ていく。何なんだ、これは。
ここで、ヴァイオリンの太田恵資がゲストで登場。ただし、彼もいきなり楽器を弾くことはない。もの悲しげな旋律に乗せながら「あきらお兄さん、ずっと探しておりました」と語り始める。「ふっふっふ、そうか」と何故か返事をする坂田。会場に爆笑が起きる。太田「ここにいらしたとは」坂田「ここにいたのだ」太田「あまりにも長い間探したのですっかり年を取ってしまいました、お兄さん!」坂田「ぶあああ!」太田「お兄さーん!」坂田「ぬあんだぁ、なんだぁ、弟よ〜!」 即興の台詞に合わせて感動的なピアノの旋律が奏でられる。何だこれ!カオス!
そこからベース・ラインがアグレッシヴに動き出し、ドラムが祭り囃子のようなビートで生むことで一気にセッションに入っていく。「よいしょ!」「えやっとっと!」 そして、本日一番分かりやすいロック・ビートの“入念”がスタート。太田のヴァイオリンが重なり、坂田のサックスの音色も渋くなっていく。巻上の「天から降って来た!」のフレーズからさらに暴力的に爆発していくセッションで観客を魅了した。「どうもありがとう!」 大歓声が起きる会場。
続いて、ヴァイオリンの美しい速弾きから“キメラ”へ現代音楽的な即興に入っていく。サックスが味わい深くいななく。巻上によるテルミンが力強い音色を響かせた。すべての音の生命力が凄まじい。歌詞の意味などよりも(巻上の歌詞が強烈なので確実に耳に残ってしまうが…)、言葉の生命力と音の破壊力、タイミングの絶妙さに圧倒されるのだ。
「“パイク”」と巻上のタイトル・コールから、ドラムの強烈なリズムのエンジンで爆走していく演奏。その音楽の形は近未来的な銀の流線型でありながら、有機的なバイオニクスで形成されているようだった。この曲が聴きたかったフジロッカーも多かったようで、盛り上がりも最高潮に。激しい曲に一息つくと、「今年はいい天気で大変ですね。少し雨が欲しい?要らない?」「雨のような優しい曲をやろうと思います。みんなのシャワーになるように」と優しく語りかける巻上。「(今日のライブに)人が来るのかと思ったが来てくれたね。ありがとうございます。インプロ好きが多くて、良かったです(笑)」と茶化し、「次の曲は長いインプロ付きの曲であります」と紹介された最後の曲は優しい鍵盤の音色から始まる“夕方のイエス、朝方のノー”。巻上の歌うメロディを鍵盤が追いかけていく。そこに加わる力強い坂田のサックスが情緒を抽出していた。琴での激しいプレイも引き立たせられつつ、後半は主役然としたサックスの色気が芳香に漂い、胸に迫るものがあった。テルミン、ドラム、鍵盤、琴、ギター、ベース、ヴァイオリン、すべての音が破壊的に交わるセッションは、まるで自然界のカオスを具現化していくようだ。インプロの最後にはサンバのようなリズムが入り、音が収束してメインのメロディに戻り、鮮やかに曲は着地した。
一聴して難しく感じることもあるヒカシューの即興音楽。ただ、この音の濁流に身を任せたとき、体験したことない音圧と刺激に呑み込まれ、興奮が覚めやらないのは私だけではないだろう。この日のライブを初めて体験したフジロッカーの胸には、音楽観すら揺さぶるほどの大きな爪痕を残したに違いない。まるで“白昼夢”のようなパフォーマンスだった。
posted on 2014.7.26 13:20
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