キセル
欲張ることなく、流れに身を任せるだけで良い
昨日の曇空とはうってかわっての快晴。少々体力が消耗した2日目にはちょっと強過ぎる、カンカン照りである。だけど、そのビキビキした身体に、「どうもキセルですー」という、ゆる〜い一声がよく馴染む。2日目のフィールド・オブ・ヘブンのトップ・バッターは、兄でヴォーカル&ギターの辻村豪文と弟でヴォーカル&ベースの辻村友晴による兄弟ユニット、キセルである。2001年にフィールド・オブ・ヘブンに出演して以来、ジプシー・アバロン、苗場食堂、オレンジと苗場食堂、そして、2010年に再びフィールド・オブ・ヘブンと、早くも6回目となる。今回は、キーボードにエマーソン北村と野村卓史、ドラムに北山ゆう子を迎えてのバンド・セットでおこなわれた。
まず演奏されたのは、アルバム『明るい幻』から“今日のすべて”。本当にゆるやかに、ふわふわ浮遊感が漂うサウンドと歌があたりに広がっていくのだけど、ただ、ゆるいだけではなく、しっかり1本芯が通っているがゆえ、安心して身を委ねることができるのがキセルならでは。ここに集まった観客は、すでに顔を真っ赤にし、ビール片手にゆらゆらしている人もいれば、目を閉じ、身体を音だけに委ねている人もいれば…と様々。でも、その中でも共通しているのは、聴き逃したくない!みたいな感じよりは、ただひたすら時間の流れるままにそこにいる、という感じと言えるだろうか。普段、忙しない日々の中で過ごしていると、「あれも、これも」と、どんどん欲張りになるが、たまには流れに身を任せたままでいいよね、と良い意味で自然と肩の力が抜けていくのがなによりの至福の時。
2曲目の“柔らかい丘”の後は、「どうも、おはようございます、キセルですー」と相変わらずの穏やかな挨拶を。が、そこに「キセル、いったれー!」との観客の声が飛び交う。友晴は「いきましょ、いきましょ」なんていうものの、あくまで控えめ。自分たちのペースを崩さない、いや、崩れないというべきか。頑にペースを守ろうとしているようでもない。けれど、ここでもやはり変わらない軸のようなものが存在する、と強く感じさせられるには十分な出来事だった。その後、「朝一発目ということで、なるべく爽やかな曲でいきます。フジ、5年ぶりで嬉しくて」(豪文)や「若干、後ろにある木が伸びた木がする」(友晴)とも話す彼ら。終始、ゆったりモードだ。
比較的、アルバム『明るい幻』の中からのナンバーが多かったこの日。後半に演奏された“たまにはね”でもその中からの1曲である。ここでは、サポート・メンバーは一旦ステージ外へいき、2人だけの弾き語りスタイルに。〈家より落ち着く音もある たまにはね〉と歌われていく中、あぁ、もうその通り!と思った次第である。この詞が彼らの音楽を物語っているとも言えるのではないだろうか。テンションがグイグイ上がったり、下がったり、みたいな起伏はないけれど、そばにずっとある音楽というか…信号待ちしている時だって、ただ散歩している時だって、どんな時だってポケットに入れておきたい音楽だな、と思ってならないから。
「キセルは2001年に初めてのフジロックでフィールド・オブ・ヘブンに出て、その時は2人+カセットMTRだったんです。今考えると無謀なことをしたなと(笑)。また戻ってこられましたので、おかげさまで。ありがとうございました」。そうMCで豪文が話した後は、再度バンド編成に戻り、“ハナレバナレ”や“時をはなれて”など数曲を演奏。最後まで一定のテンション感で、安心感といつまでも頭に残りそうな良い余韻を届けてくれた。夏の終わり、8月30日には2回目となる〈日比谷野外大音楽堂〉での単独公演も決定している。こちらでもこの空気感を体感したいものである。