底力とは何か、を教えてくれるバンド
「2011年、夏。ドッコイ生きてる、山の中!」
今年のフジロックにイースタンユースの出演がアナウンスされたのは四月のことだった。フジロック三日目、ホワイトステージ上でボイス&ギターの吉野寿が第一声にこう叫び、独特の金属音を鳴らし、ココロ揺さぶる唄声を轟かせているのは、至極当然のことのように思えるかも知れない。だがしかし! だがしかし、なのだ。
今から二年前、当時リリースされたばかりのアルバム『歩幅と太陽』に伴うツアーが序盤戦に入っていた時のこと。吉野が心筋梗塞で倒れるという一報が入った。あれは忘れられない。数日前に彼らのライヴを見たばかりの自分は、ただただPCの中の「緊急入院」の四文字に血の気が引き、愕然とするばかりだった。
幸いにも、今、目の前のステージにイースタンユースがたっている。でもそれは当たり前のことじゃないことを痛感するのだ。東日本大震災を経験した我々にとっては、なおのこと。今ここに自分が生きていて、フジロックが開催されていて、イースタンユースが演奏し、会場に多くの人が集まっている。彼らの演奏中ずっと、この瞬間の意味と重さを噛み締めていた。フジロック開催前から続いていた大雨について、吉野が触れる。
「踏んだり蹴ったりだよね、日本列島ね。それでもね、なんとかかんとか、やって行くしかないもんね。そう簡単に、ギブアップする訳にはいかないからね。」
"沸点36℃"や"荒野に針路を取れ"へと続く演奏が圧倒的な説得力を持つのは、もはやこれまで、の状況から踏み出す一歩、この厳しさと大切さを彼らが知っているからこそなのだろう。ライヴ後半、ベースのイントロが始まった途端に歓声が沸いた"青すぎる空"から"素晴らしい世界"、"夏の日の午後"の流れにも胸が熱くなった。
イースタンユースは決して簡単に「頑張れ」と優しく声をかけてくれるバンドではない。だがしかし、彼らの演奏の中には人間の底力、そして真価がある。その姿は否応もなく、見る者のココロを燃え上がらせてくれるのだ。
写真:古川喜隆
文章:小田葉子