SAMPHA
翼を広げたドレッドの天使
同じ時間帯に「Young Turks」の先輩、The xxがグリーンでアクトを行なっているというのも、なかなか酷なスロットの被りだが、SAMPHAの終盤にGorillazが被っているのもなかなか酷。それはみなさん同じ思考回路なのか、SAMPHAのスタート時はまだ若干の余裕のあったレッドが徐々に埋まり、終盤で離脱する人も現れ、しかし最後までSAMPHAのアクトを見届けたクラウドからは、アンコールの声があがるほどの好演となった。
The xx、昨年12月の来日時のゲストアクトではピアノの弾き語りで、歌とピアノの魅力を伝えたSAMPHA。今回は生ドラム、ドラムパッド、サンプラー、シンセ、キーボードなど複数の楽器を操る3人のメンバーとともにレッドに現れた。白い衣装の彼らの動きはどこかコンテンポラリーアートのようで、序盤は淡々とエレピに向かうSAMPHAと面白い対照を描く。ピアノと歌声がこぼれ出しただけで独特のメランコリアが立ち上る“Plastic 100℃”に、ああ本物の声だとばかりに歓声があがる。少しステップを踏む姿も無垢な子供のようだ。もはやインディーR&Bなんてワードやイメージも超えて、彼のアトモスフィアはブラックミュージックで多勢を占めるセクシーさとは違う包容力で存在感を示す。
ボイスサンプルかと思うほど正確な発語とリズムを持った“UNDER”、ハンドマイクで自由に動いた“Reverse Faults”、オーディエンスから「トゥーマッチ〜」のシンガロングが一瞬起こるという、内容からすると不思議な光景の“Too Much”など、曲の浸透度は想像以上だ。そして完全なピアノ弾き語りによる“(No One Knows Me)Like the Piano”の孤独。“Incomplete Kisses”に溢れるエモーション。うんと若い頃は実験的なトラックも量産していたのかもしれないが、本人が思う以上にシンガーソングライター的な資質が強い人なのだろう。そして、身近なテーマを表現しても決して平板にならないのは、ビートやサンプリング・センスももちろんだが、彼のクセはないが無二の声の力に由来するのだと思う。
あのドレッドが翼を広げたようなヘアスタイルも、白いTシャツに羽根のようなオーバーシャツを着ている様も、彼が踊るととてつもなく愛らしい。楽器隊のアーティスティックな振る舞いとSAMPHAのイノセントな動きのバランス / アンバランスはクセになる。
一つのドラムセットに集まりトライバル〜アフロ〜人力ブレイクビーツを叩く絵的な面白さ、ピアノハウスに似て非なる四つ打ちナンバー、ボーカル的にはもっともソウルフルでサビの歌い上げにフロアのテンションが過熱した“Blood on Me”のエンディングまで、SAMPHAはThe xx同様、もはや時代の要請を受けた新たなスタンダードなのだと実感した1時間だった。