T字路s
無音のまま、伊東妙子(Gt,Vo)と篠田智仁(Ba.)の2人がゆっくりと登場する。バンドとしては前夜祭のトリ。会場からは「待ってました!」と言わんばかりの大歓声と拍手があがる。
「遊び上手の皆さん!3日間楽しみましょう!」という伊東の声と共に、まず演奏されるのは彼らの表題曲である、“これさえあれば”。
T字路sが登場する前にかけられていたのは、LCD Soundsystemの“Duft Punk Is Playing at My House”だった。曲に相まって、サル・ピザ・ヤシの木という3つのiPhoneの絵文字が背景に映し出されている。全体的に、少々ドラッギーな雰囲気であったように思う。その空気を一掃するかのようなしっとりとしたサウンドに、野太く、勇ましい伊東の声。唯一無二だ。こんな歌い方をできる日本人女性が他にいるんだろうか。伊東が歌い始める度、思わず鳥肌を立ててしまう。
「フジロックさえあれば平気さ 望むものは何もない」と、アレンジして歌われ、観客たちは大盛り上がり。そうなんだよ!私たちにはフジロックさえあればいいんだよ!木曜日の夜から有給を取って新潟の山奥に足を運んでいる人間なんて、フジロックを夏に楽しみに日々生活をしている、(とてもいい意味で)馬鹿な人たちしかいないんだよ。会場でこのアレンジを聴いた人全員が、今日からはじまる3日間の夏に胸を躍らせたはずだ。
次は、“その日暮らし”“月明かりの夜に”と続く。この日は、朝からあいにくの曇り。残念ながら月は見えてなかったけれど、2人の背後に映し出されているT字路sの丸いロゴが、満月のようだった。
ギターとベース、そして歌声というシンプルすぎる構成。伊東の印象の強すぎる声は勿論だけれど、物足りなさをまったく感じさせないのは、篠田のどっしりとしたベースが楽曲全体を支えているかだろう。
自然にクラップ&ハンズの起こった“はきだめの愛”と、エネルギッシュな“泪橋”。観客のクラップ&ハンズも合っていなかったし、おかしなところで歓声があがることだってあった。正直、レッドマーキーにいた全員がT字路sを知っている訳ではなかったように感じた。でも、各々が体を揺らし、手を叩き、声をあげ、自由に楽しんでいるようにも見えた。
ステージ上で演奏されているのは昭和の古き良き時代を彷彿とさせるブルースやブギウギは、ありとあらゆる人達を釘付けにする。
アーティストや曲を知らなかったなんて関係ない。T字路sのライブは、音楽や国籍、性別、ありとあらゆるジャンルや境目に意味がなく、目の前で音が鳴らされているだけで、楽しくなってしまう。
最後に演奏されたのは、“T字路sのテーマ”。コール&レスポンスも行われ、会場もちゃっかり盛り上げていく。魅せることを絶対に忘れない伊東は、お祭り女と呼ぶにふさわしいように思えた。
今回で4回目の出場となるT字路s。もうフジロックの常連と言ってもいいだろう。今回も、クリスタルパレスとフィールドオブヘヴンの2か所にバンド編成での出演が決定している。更に厚いサウンドに乗ったT字路s のブルースは、どのように響くのだろう。思わず虜になってしまった人は多いはず。計画していたタイムテーブルを見直しつつ、是非とも駆けつけたい。