T字路s
リズムは篠田、唄うは妙子。これこそがT字路sただひとつのルール
前夜祭のレッドマーキーにて、たった2人で5000人規模のオーディエンスを唸らせたT字路sの2回目は、バンドセットだ。パレスオブワンダーでは初だという、センターからの登場だ。雨でグショグショになったオーディエンスに、「泥まみれでも美しいぞ!」と、優しい言葉をかける余裕すらある。テント内は、すでに熱気が満ち、蒸せ返る状況でライヴは始まった。
最初のナンバーは「小さき世界」だった。ハンバートハンバートの佐藤良成をフィドルで招き入れ、心踊るリズムが放たれると、ハコの中は一気に跳ねた。オーディエンスは当然ながら、思いっきり楽しんでいる。それだけではない、なんと、体の大きなセキュリティもフロアではなくステージに目を向けているではないか。華奢な伊東妙子が轟くような声を響かせていることに驚いているようだった。
サポートメンバーはすべて「ウワモノ」、メロディラインを作る楽器の手練れたちばかり。佐藤の他には、ピアノに上山実(カンザスシティバンド)、トランペットは黄啓傑(ブルームーンカルテット)、サックスとフルートで西内徹(レゲエディスコロッカーズほか)が存分に盛り立てる。人数が増えても、あくまでドラムは不在のまま。そのこだわりは制約のようでいて、T字路sそのものの世界を広げる大きな武器になっている。
2人だけの時は必死の形相でギターをかき鳴らしながら唄う妙子だが、バンド形態ならば、思いっきりもたれかかってのびのびと唄い、踊ることができる。一方、篠田はより大変な状況へ。手練れたちは容赦ないアドリブを入れてくる。ただしそこは、クール・ワイズ・マンにて、スカの御大、リコ・ロドリゲスのお気に入りだった男。御大にソロのアドリブを要求され続けた結果、とてつもないグルーヴを1人で生み出すようになった。
そんな彼が、「T」を背負ってから、さらに変わった。どうしても寂しくなりがちな2人きりのステージをより迫力あるものにしようとしたのか、だんだんと、体の動きや表情が豊かになった。ステージ上にバンドがいても動きは止まることなく、ライヴをより熱いものにしていた。
終盤に一度だけバンドがはけた。それでもT字路sの勢いは止まらない。ここでかまされたのは初期の名曲、「泪橋」。メリハリ、引き算の美学が溢れ出る。新しいアルバム『T字路s』では、まろやかな唄を意識したというが、ここではバンドの迫力にも負けない、この日一番のささくれた声が放たれていた。
リズムは篠田に全振り、唄うは妙子。これこそがT字路sただひとつのルール(※)。それは2人だけでも、バンドであっても変わらない。
最後はやはり、「T字路sのテーマ」だった。妙子はピンヒールでアンプの上に乗り、綺麗な放物線を描いてステージに舞い降りたりと、メンバーのみならず、オーディエンスまでもが笑顔でドツキ合うパレスのライヴは、興奮のうちに幕を閉じたのだった。
※映画『下衆の愛』の挿入歌「あの野郎」においては、主演俳優でドトキンズのドラマー、渋川清彦がドラムで参加しているバージョンがある。
小さき世界 / はきだめの愛 / 月明かりの夜 / 電気椅子(Send Me To The Electric Chair) / 今朝の目覚めは悪かった / 銀座カンカン娘 / これさえあれば / 泪橋 / 愛の讃歌 / T字路sのテーマ