今年のフジロック出演者を眺めていると、ふと井手綾香という名前に目が止まった。どんな人なのだろう?と調べてみると、アメリカ人の母、日本人の父を持つ10代のシンガー・ソング・ライターということだった。さらに調べてみると、そう言えばこの曲聴いたことがあるなということにつながる。確か、女性をターゲットとした商品のCMで流れている曲で、聴いている分には到底18歳とは思えない声の持ち主だったのだ。でも彼女がフジへ出演することへつながるようなことは出てこない。だからこそ逆にフジでも観てみたくなったというわけで、太陽も一番高いところを通過する時間帯にアバロンへと向かった。
キーボードに向かうのは小林建樹、バイオリンを弾く女性がバックにステージに登場したのは、真っ黒でまっすぐなロングの髪にベージュのワンピースという清楚な女性とあどけなさが共存する女の子だった。まっすぐオーディエンスを見て深くおじぎをして顔をあげると、すでにアーティスト井手綾香がそこにいた。心のおもむくままに迷いのない歌声は芯が通っていて一点のくもりもない。自分の声を最大限に表現できる音域がきちんと自分でも描けているのだろう。
「フジロックには初めてきたんですけどね」と話し始めると、さっきまでの歌声とは一転、おっとりとした女の子の表情に戻るのだ。曲と曲との間にもスイッチオン/オフを切り替えることも何ともない様子で、「ここ(アバロン)は、私の住んでいる宮崎県の南の小さな町ののんびり感とすごく似てるんですよね。」と笑いながら、”雲の向こう”、”つばさ”などの曲を続けた。多感な時期に、自分を音楽という表現でここまでストレートに描いている歌詞は、ふと、自分のその頃を思い出させてくれた。
ステージにたった1人。ラストは音楽をする原点となった曲という”ひだり手”。目を閉じ深呼吸をしてマイク1本で歌い始めた。アバロンの昼下がり、スーッと空気を入れ替えるような澄んだ彼女の声は確かなものだった。
井手綾香
写真:平川けいこ