二進法の神様
数学博士でもある彼にとっては音楽もすべてが二進法の集合体、イエスかノーかの羅列により成立しているのがカリブーの音楽だ。彼の頭脳によって音楽を二進法で構築していくとカリブーの音楽ができあがるのだ。3日目のフジロック、そろそろ辺りが闇に包まれる時間帯、カリブーの出番を待っていたウキウキ感とは裏腹に、もうすぐ終わってしまうパラダイスが幕を下ろす寂しさも同時に沸き上がってくる。だからこそ、この1年でとっておきの時間を余すことなく大切にしようと思える時間帯にもなってくる。これまで来日したことはあったものの、満を持しての今年のフジロックへの出演を心から楽しみにしていた人が多く集まり、開演前にはすでに大群衆と化していた。
「もっと広くステージを使えばいいのに」、愛情たっぷりに笑いながらしゃべる男子の声が聞こえる。確かに。あの広いステージの中央にドラムが向き合い、2/3は使われないであろうスペースになっていて、天井までの空間も高く感じる。あの綿密に構築された音楽を正確以上に再現するには、あの距離感は不可欠なのだろう。ステージには少しぴったりした白のTシャツに薄めのデニムのダンが笑顔で登場し、続けて、他のメンバーも定位置につくのだった。
彼らはまず、ダンが徹底的に音を作り込み、それを再現するために、メンバーでの練習をし尽くすのだという。音を整え、バランスを整え、小さなツマミで丁寧に時間をかけて作り上げられた音源化された作品を、目の前にいる4人の人間は寸分の狂いもなく、再現するのではなく、作品を描く。”Odessa”、体中の隅々まで神経を研ぎすませ、「0」か「1」かの究極の二進法の指令を出して行く。鍵盤を滑らすダンの指先を観ていると、徹底的に指先に二進法を覚え込ませたというような、鍛錬の成果が手に取るようにわかる。最新作『Swim』ではこれまでのポップな要素が強かった曲から一転、エレクトロニカに比重を置き直したけれど、”Kaili”なんかでは、エフェクトをかけつつも、彼らの持ち味でもある哀愁漂うポップな要素を織り交ぜ、やっぱりカリブーの音楽にはそういうエッセンスが忘れずに盛り込まれていることを再確認させてくれた。
青白い逆光のライトは、ステージからオーディエンスに向かって放たれ、その様は海の底深くに届く、太陽の日差しのようにゆったりと雄大に広がる光景そのものだった。音と空白の構築は緊張感を保ちながらも、時として、その雄大な深海で、手を大きく広げ酸素を得ようと水面を目指しながら身を委ねるようだった。天は二物を与えるとは言うが、本当だろうか。数学という領域、音楽という表現、2つのことをできているようにも見えるけれども彼にとっては、音楽は彼自身の2つめの表現方法にすぎないのかもしれない。ただ、その表現はただものではない。
CARIBOU
写真:熊沢 泉 文:ヨシカワクニコ