フジロック史上、最も静かな伝説
開演前のグリーンに到着してまず感じた。ひとつは奥の奥まで人という、来場数4万人という、その多さと凄まじさ。そしてもうひとつは、そのたくさんのオーディエンスから伝わる、緊張感を帯びた静けさ。これまで幾度と無く聞いてきた「RADIOHEADをフジで」がいよいよ始まる。待望が至近距離まで近づいた際、空気はこんなかたちを描くのか…。BGMは、彼らの選曲と思われるエレクトロニカやポストテクノといった、高揚感とは逆方向の電子音。空は黒一色に稲光が不穏に光るという、こちらも祝祭とは別の風情で染められていた。
放たれた1曲目は”Lotus Flower”。最新作『The King Of Limbs』において比較的平坦な展開の曲をこれ幸いに、冷静さをもって彼らを見据える。…当たり前だけど本物だ。マラカスの挙動すら整然としているトムヨーク、グリーン一体を包むシンセの低音…そのリズムに体を揺らしながら、妙な納得をしてしまった。
続く曲は”Bloom”。不規則な鳴りのようにも響くシンセ、そしてサポートのクライヴ・ディーマーを交えたツインドラム体制ならではの緻密なリズムが、びっしりの人の上を駆けていく。それを浴びて「おおっ」と声が出るのは憧憬ではなく、知的好奇心のふるえからに違いない。
ステージの背面に並ぶのは、1画面ごとに映るものが異なる12台のスクリーン。左右とPA裏の大スクリーンはそれらを6画面ごとに分けて投影している。ひとつひとつの画面はバンドメンバーの表情、打ち鳴らされるドラムであったりがフォーカスされ、彼らの音ならではの緻密さ、その営みを巧みに表しているようだ。
ステージは近作からの曲が中心だ。アコースティックな質感と電子音のアプローチとをミックスした、多重レイヤーで構成された音の波の”再現”である。バンドが放つ、一見無機物のようで実は呼吸しているようなサウンドが、グリーンステージの森に染みていった。
”15 Step””Morning Mr Magpie”など、複雑かつ力強いリズムで押し寄せる楽曲たちを受け止めながら、私はひとつの不思議に気づく。それは「静寂」。そう、ここは静かだ。先にも書いた通り、なかばむりくりに人を詰めた状態のグリーンステージである。だというのに、時としてまるでバンドと自分しかいないような錯覚にすら陥る。そんなヘッドライナーが、いるのだ。踊らせてくれたTHE STONE ROSES、歌わせてくれたNOEL GALLAGHERとはまるで異質の存在感である。
中盤からは曲に弾みがついてくる。エドとジョニーの前にタムが置かれるだけで歓声が上がるRADIOHEAD流トライバル”There There”は、中盤から突如として激しさを帯びた展開とともに照明をギラギラの赤一色で染め、続く”Karma Police”はバンドと言うよりもオーディエンスが待ってましたと盛り上がりを見せた。そのダンサブルな流れを汲んでの”Idioteque”でさらなる盛り上がりを…見せたのだが、後半のリズムパートでまさかのリズムずれというミスが発生。それまで体をぐるぐる回しながら踊っていたトムも動きをやめ、最後にダメだねといったジェスチャーとともに…ハケてしまった。さすがにこのままじゃあ…と当たり前のアンコールが起こり、静かに第二部のはじまりとなる。
アンコールといえば、前日のノエルはオアシス祭りを開催したが、彼らは抑揚をまるで変えない。鼓動のごときリズムと、広がりを見せる声が会場を包む”Give Up The Ghost”、そして”You And Whose Army?”ではすべてのスクリーンに大写しのトムの顔を(毛穴までばっちり)映すという実験的映像体験のひとときである。”Planet Telex”も例外なく音色が現在形に変容を遂げ、懐メロ大爆発だなど、一言も言わせない。
「いいフェスを過ごせた?」というMCをはさみながら、”Everything In Its Right Place”で2度目の終了。ジョニーがその場の出音をループさせ、その音を残してステージを皆それぞれ出ていく。そして間もなく再々度のアンコールとなり、”Reckoner””Bodysnatchers”、そして”Paranoid Android”をプレイし、RADIOHEADは、そしてフジロックの大トリが終演した。
ショウの中盤、トムがMCで「これはキレイです」言ったように聞こえ、私は「ああこの電子音の世界、たしかに…」と納得したが、後々たしかめてみると実際は「これは KID A です」というただの曲紹介だったという出来事があった。そんな具合に、2時間少々ずっとストイックで、脚色なくひたすら濃い時間の使い方をしていったのがRADIOHEADという”伝説”だった。最後まで見届けた人の中には昔の曲をもっと…と思ったり、サマソニの”Creep”みたいなハイライトを、という期待感もあったに違いない。苗場で私たちが味わったのはドキュメンタリー映画のような実直な音楽体験、RADIOHEADならではと言えるような夏模様であった。
とはいえ、これはまったくの余談だが、こんな時間の中でも、トムヨークの不思議なユーモアは今回も健在であった。いきなり「イラッシャイマセー!」と叫んでみたり、「次は新曲をやるよ。曲はあとでYoutubeに上がってると思うからチェックしてみて」などと言ってみるなんてところは変わらない、などなど。そんなところも、嗚呼RADIOHEAD。
RADIOHEAD
写真:前田博史 文:ryoji