小沢健二
はじまりはじまりと扉が開く
近年まれに見る混雑と悪天候に見舞われた2017年のフジロック。雨雲がやって来た原因は分からないけれど、たくさんのお客さんがやって来た理由の幾らかは彼にあるのは間違いないでしょう。入場規制がかかったホワイトステージはお客さんがギュウギュウのすし詰めになっていて、セキュリティに頼んで開演前から離脱する人が出るなどただならぬ状況です。人も期待もパンパンに満ちたフジロックに、みなさんのお待ちかね小沢健二がやってきました。
2016年に行われたツアー「魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ」同様、カウントダウンから始まったステージにはいきなりスチャダラパーが登場して「フージって言ったらロックて言ってくれ」「フージ!」「ロック!」「フジフジって言ったらロックロックて言う」「フジフジ!」「ロックロック!」とのコールアンドレスポンス。会場の熱気が初手から最高潮に達したところで1曲目は“今夜はブギー・バック”でした。「街を歩けば俺をみるなり女の子たち(客席「好きー!」)と叫び」をはじめ、リズム的にややこしい掛け合いや長いラップを難なくこなすなど、オザケンファンの曲の習熟ぶりは苗場でも健在です。昨日行われたレッドマーキーのライブで「小沢健二は来ません!」との説明に加えて小沢くんのパートをANIが絶唱したブギーバックですが、本来の形で苗場にてこの曲が聴ける日が来るとは。本当に夢のようです。
難しいリズムといえば、2月に発売されたシングル“流動体について”の曲中ハンドクラップも再現が難しいと話題になっていました。そのハンドクラップで客席を煽りに煽って(難しいのにできている人多数)2曲目は“流動体について”…と思いきや、突然のイントロで“ぼくらが旅に出る理由”がスタート。twitterでは「リハーサルが楽しい」とバンドメンバーによるつぶやきが何回も目撃されていたので「どんな凝ったことをやるのだろう」と思っていましたが、そう来るか…。しかし小沢君に振り回されるのには慣れっこの客席はすんなり曲に乗って大合唱。混雑などの混乱がややあったものの、「これが見たかったんだ!これがオザケンだ!」という確信を一人一人に宿すには十分の流れとなりました。
続いて演奏されたのは、“飛行する君と僕のために”“ラブリー”“シナモン(都市と家庭)”と新旧楽曲を取り混ぜた選曲。世間的には「しばらく姿を消していた」小沢健二ですが、決して創作をやめていた訳ではなく、試行錯誤に満ちたクリエイションを重ねて現在に至っているのはファンには周知のことでしょう。しかしその全体を理解している人はまだ少なく、そこかしこに散らばっていた時間を一つの糸に結び直してマスに提示するというステップが必要だったのだと思われます。
それを体現するかのように、今回のバンドメンバーは「魔法的」ツアーの延長にあるカラフルな羽の冠に、渋谷系・オザケンの象徴とも言えるツアーグッズの青白ボーダーTシャツといういでたち。小沢君は白シャツにフジロック限定販売のうさぎTシャツ+黒っぽいスリムなパンツですが、頬に3本の白い線が描き込んであります(眼鏡はなし)。メンバーも「魔法的」ツアーでバンドとしての一体感を醸成した、ベース中村キタロー、キーボード森俊之、ドラムス白根佳尚、アナログ機材HALCALI HALCA、という布陣。東京スカパラダイスオーケストラからサックスGAMO、トロンボーン北原雅彦、トランペットNARGO、オルガン沖祐市を加えた上にパーカッション及川浩志、ボーカル一十三十一という「昔」と「今」を繋ぐような構成です。
ライブの後半は“東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー”“さよならなんて云えないよ”“強い気持ち・強い愛”と小沢健二の真骨頂とも言える高揚感、多幸感満ち溢れるナンバーが続いて演奏され、客席はもちろん大合唱をしていました。しかしアレンジは当時とは変わっていて、シンプルで力強さを感じられる曲へと昇華されています。そういえば、メンバーがずらりと並んだステージはスクリーンなどもなく照明のみシンプルなもの。ホワイトステージ常設のステージ上のモニターはツアーと同様歌詞のみが投影され、楽曲に集中して欲しいというアーティストサイドの気概が示されているようです。
「愛してるぜ、ロック好きな人。マジで」との呼びかけで始まったMCは9月6日にシングル“フクロウの声が聞こえる”が発売になること、その「B面」(本人談)が“シナモン(都市と家庭)”であること、同じ日にハロウィンをテーマにした絵本が発売になることが紹介されました。「今までの僕のいろんなこととこれからの僕のことがいっぱい詰まっていて、すごく最高の録音になった」「もう、何十万回でも聞いてください」「フクロウをみんなと分かち合えるのが本当に嬉しい」との言葉に、次のシングルへの自信が伺えます。
続いて演奏された“愛し愛されて生きるのさ”では、ギターをかき鳴らしながら体を揺らして歌い、詩のような言葉を長く語り、身体全部を使って客席に呼びかけるあの「オザケン」が、49歳になって二児を得た現在の姿で「昔の曲」を現在に投射していました。そして最後は“フクロウの声が聞こえる”。「魔法的」ツアーで1曲目だったこの曲は、小沢楽曲では「神さま」といったモチーフで接近してきた宇宙的世界観と童話「うさぎ!」や「モノローグ」と呼ばれる無数のテキストでなぞってきた日常生活に宿るダイナミズムを混在させた、繊細で力強い曲です。この曲をシングルとしてリリースする21世紀の小沢健二は、どのような物語を紡いでいくのでしょうか。かつてお茶の間を席巻した「オザケン」だからこそ、これからの社会に大きな影響を与えてくれるはずです。果たして何が起きるのか。しっかりと見届けたいと思わせるライブでした。
*本レポートではアーティストの意向によりステージ写真を使用しておりません。
セットリスト
今夜はブギーバック
ぼくらが旅に出る理由
飛行する君と僕のために
ラブリー
シナモン(都市と家庭)
東京恋愛専科
さよならなんて云えないよ
強い気持ち・強い愛
流動体について
MC
愛し愛されて生きるのさ
フクロウの声が聞こえる