結論から言ってしまえば、面白かった。最高だった。そしていろいろ突っ込みたくなった。
まず、ガンジー石原&糸車とあるが、ガンジーという名前が、あのインドの「非暴力、不服従」の指導者マハトマ・ガンジーからとられているそうだ。糸車と書いて、インド風に「チャルカ」と読む。ガンジーの描写をするときに、決まって脇にあるあれだ。
本家ガンジーは痩せている印象だ。目の前にいるいくらか肥えた「ガンジー」も、きっと昔は痩せていて…と、そんな感じだったのだろう。ひょっとしたら、親交があった中島らもが付けたのかもしれない。が、似ているかもしれないと思う一方で、藤子不二雄Ⓐの自伝的作品、「まんが道」に出てくる満賀道雄に見えて仕方がなかった。ショックを受けたら真っ黒になって眼鏡が割れそうだ…とか思ってすみません。
リード・ギターとリズム・ギター、コーラスとベースが女性で、ドラムがいて、件のガンジー石原は真ん中でアコースティック・ギターを構えて歌う布陣で、マイペースながらも激しいロックをかき鳴らしていく。左太ももに穴の空いたパンツを履き、あの「金鳥」(大日本除虫菊)の柄が散りばめられているサイケなアロハ、そのうえに満賀道雄の笑顔が乗っかっている。MCはさすが文系といったもので、軽い調子ではあるが、言葉遊びなどを交えていた。
『人間はカトリセンコウ』という作品を発表しておきながら、一向に「金鳥柄のアロハ」には触れない。ヒッチコックが「爆弾」の存在を示しつつ、まるで違う映像を差し込む有名なじらしの手法のような…実はそんなに考えていないのかもしれないけれど、ユーモアが詰まった歌詞には、風呂に涙(tear)で「フロンティア」などなど…なるほどと膝を打つ描写が山ほどあった。アロハに触れないのは狙いか否か…そんなことで疑心暗鬼になっている私は、すでにガンジー石原の術中に落ちているのかもしれない。
写真:横山正人
文:西野太生輝