コーラスも含めたったひとりで演奏し切る、ソウルフルなシンガー・ソングライター
エド・シーランのアルバム『プラス』を聴いた時、なんてソウルフルなシンガー・ソングライターなのだろうと思ったのだけど、それが紛れもない事実であるとライヴを観てさらに確信へと変わった。
まるでどこかのカフェにでも訪れたかのように、たったひとりで身軽にグリーンステージに登場した彼。ステージにはスタンド・マイクが2本と最小限の機材があるだけで、あとは彼が抱えているアコギのみという、まったくもってシンプルな形である。それだけにステージがだだっ広く感じるのだけど、彼自身はそんなこと気にもしない様子で、ほころんだ笑顔を見せてくれる(しかも、それがまた無垢な感じでツボにはまるくらい良い笑みなのだ)。たぶん、路上であろうと、どこかの小さいスペースであろうと、意気込むという感じではなく、あくまで友達に演奏を披露するかのようなスタンスなのではないだろうか。
そんなことを考えている中、 ライヴは“ギヴ・ミー・ラヴ”よりスタートを切った。彼はただ単に打ち込んだオケを流すのではなく、その場でコーラスの部分などを歌い、ループを重ねていく手法で曲を作り上げていく。CDに劣らないというか、もう忠実なほどに声量もあるし、音程のバランスもいいしで、言うことなしと言っていいくらい、パーフェクトである。しかも、観客から声をもらうのも、ハンドスクラップをもらうのも、ひとりで難なくこなしてしまうのがすごい。
曲ごとに簡単なMCを挟みながら、“ドランク”など、アルバムに収録された楽曲を中心に披露。最初ライヴを観る前は意気揚々と10分前にはステージ前で待っていたのだが、正直なところ、思ったよりオーディエンスが少ないことに不安を感じていた。だが、まったくの杞憂にすぎず、曲が進むにつれ、彼の声がどんどん人を引き寄せていく。それほど歌のパワーがすさまじいのだ。
ラストは彼の代表曲とも言える、“Aチーム~飛べない天使たち〜”を。一見オーソドックなシンガー・ソングライターに感じるかもしれないけれど、彼の面白いところは穏やかで滑らかなメロディだとしても、歌詞も同じくそうとは限らないということ。実際、“Aチーム~飛べない天使たち〜”はヘロイン中毒の娼婦のことであるし、より深く掘るとさらに魅力的な部分が出てくるだろう。だが、あくまで重くならず、自然体のままというのがまた良いのだ。この先も飾らず、アコギ1本でいろんな場所で音楽を奏で続けてほしいと、強く思えるライヴだった。