GREEN STAGE, | 2012/07/28 23:07 UP

NOEL GALLAGHER’S HIGH FLYING BIRDS

もうオアシスとか、ノエルだとか、リアムとか、そんなことどうでもいいじゃない。みんなビーディ・アイもノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズも好きなんだから、それでいいじゃない。この2日間でそれが証明されたのだから。愛すべきギャラガー兄弟、愛すべきアーティスト、それでいいじゃない。顔がカッコいいからその人の音楽を聴くのでもないし、オシャレだからでもないし、音楽を聴くことの原点はまさに音そのものを楽しむというシンプルなことなのだ。

UKヘッドライナー2日目の今日、グリーンステージのトリを努める、ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズが登場した。白いシャツにデニム、手にはアコースティックギターを抱えたノエルは気取ることもなく、ま、いつものノエル・ギャラガーそのもの。ちょっとだけ襟がしゃきっとして、ノエルらしからぬオシャレ感が臭うくらいだろうか。それ以外にノエルのライヴに対する心配ごとなんてひとつもないし、安定も安定の堂々たるライヴを見せてくれた。

しかし、ノエル・ギャラガーという男は、自分のことを一番よく理解している。”エヴリバディズ・オン・ザ・ラン”が象徴するように、歌う人自身の声ののび代、領域を最大限に生かした曲を書くのに長けていて、ソロになっても変わないことが手に取るようにわかった。見慣れたギターを使い分け、ベース、ドラム、キーボードはそれぞれのメンバーに全権をゆだね、気持ちよく自分のテリトリーを自由に泳いでいるようだった。

ノエルはソロになってから、ライヴでオアシスの曲をもったいぶることもなく演奏しているのはご存知の通りで、”スーパー・ソニック”も”トーク・トゥナイト”、”ファットエバー”、そして”ドント・ルック・バック・イン・アンガー”も感慨深さよりも、あれだけの群衆が一体となってご機嫌に合唱できたことでよしなのだ。俺のものは俺のもの、人のものも俺のもの、表現はよくないのかもしれないけれど、ノエルにとって、オアシスの曲であろうが、ノエルの曲であろうが、彼が作った曲という、ジャイアン精神たっぷりの事実があるだけなのだ。ソロになってからノエルに期待したことは、オアシスでないノエル・ギャラガーが自分をどう表現するかということで、結果的には、ノエルはノエルであり、ノエル以外の何でもないというシンプルな答えが出てきただけだった。

曲の合間にオーディエンスから無茶ぶりな声をかけられて、イチイチ律儀にかつ、イギリス人らしい皮肉を交えて答えたり、ここが見せ場という曲中のひと呼吸おくタイミングで、酔っぱらいの外国人にこれでもないタイミングで先に歌われてみたり、アンコール1曲目で全員棒立ちにさせた肩すかし感なんかは、ノエルであるがゆえの不器用さが微笑ましくもあった。

オアシスに対する期待は、いまさら改めてここで書くようなことでもないし、誰よりも張本人であるノエル、リアムが一番よくわかっているはずだ。そのときが来れば来るし、永遠に来ないのかもしれない。でも、それでいいのだと思う。ノエル、リアムにとって必要な音楽の形であることが重要なのだ。ユニオンジャックを背負い続けることだけは確かなのだ。言うまでもないが、ユニオンジャックを背負っているのはノエル・ギャラガーだけではない。リアム・ギャラガーもそうなのだ。


写真:森リョータ 文:ヨシカワクニコ
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