圧巻の演奏力でヘブンは釘づけに
中野督夫の声により、演奏が始まった。時計を見ると、予定時刻の3分前にフライングして始まったのだ。小坂忠、鈴木茂、中野督夫からなる完熟トリオの平均年齢は61歳で、私の父親と同じくらい。少々せっかちなところは、休日にも関わらず、朝っぱらから庭仕事を始める父親と重なるところがある。
一昨年、ジプシー・アバロンから2度目の出演。サポートは、高野寛、坂田学、TATSUなど選り抜きの面子だ。メンバー紹介やしょっぱなから曲順を間違えたり、お茶目な一面を見せる小坂忠だったが、”ほうろう”が始まると、会場の空気は一変した。ぼんやり食事をとっていた人もぴたりと耳を傾けている様子だった。
このステージで注目すべきは、鈴木茂だ。40年ほど前のセンチメンタル・シティ・ロマンスの曲”うちわもめ”を皮切りに、鈴木茂のギタープレイが徐々にヒートアップする。彼がボーカルをとる”100ワットの恋人”の途中、バッキングを奏でる高野寛が、隣にいる名ギタリストの熱烈なプレイに感嘆。ニヤリと満足そうな笑顔が垣間見える。以降の曲でもこんなシーンが度々見ることができ、こちらにまでその嬉しさが伝わってくるのだ。
小坂忠がボーカルをとり、名曲”機関車”が披露される。アルバム『ほうろう』の原曲よりも、たっぷりと間を取ったテンポで進行する。この独特の間の取り方や演奏力の高さは、完熟した大人たちにしかなし得ない。はっぴいえんど”花いちもんめ”、”砂の女”と続く。寡黙にギターを弾く彼の歌声は、ギターサウンドと同じく、会場の心を掴んで離さない。演奏後に「ありがとうございます!」とそれまであまり喋ることのなかった鈴木茂が声を張っていた。本人も満足の演奏だったようだ。
ラストは小坂忠の持ち曲からファンキーな”ゆうがたラブ”。そして”しらけちまうぜ”では、ほのぼのとした雰囲気の中、幕を閉じる。アンコールはなかったが、それを期待する拍手はしばらく鳴り止まなかった。
完熟トリオ(小坂忠/鈴木茂/中野督夫)
写真:Julen Esteban-Pretel 文:千葉原宏美