ひとつの誤算
この暑さでのレッドマーキーはすでに蒸し風呂、ライブが始まると同時に、オーディエンスから発生する熱気が蒸し風呂からサウナへと変身させる。とにかく暑い、暑い、暑い。うだるような暑さとはまさにこれのことか。
バンド名を何と読んでいいのかわからずとも、何かPCのショートカットだということは察しがつく。そこから察するに、きっと大学仲間で組んだバンドなんじゃないか?。今日、ステージに登場した4人を見ると、はっは〜ん、私の推察はどうやら間違ってなかったらしい。この垢抜けない、いやいや、あどけない学生っぽさが残る少年たちはきっとそう。実際に彼らについて調べてみると、はい、正解、リーズ大学の頃に活動を始めたということだった。そういうことを踏まえて彼らの音楽を観たとき、ALT-Jというバンドとバンドの音楽が一気にリンクした。
フォーク・ステップとも表現される彼らの音は、確かにこれまでの誰と比較したり、比喩したりできない音楽だ。でも、一辺倒な単調なものではなく、リズムに偏りすぎず、メロディのキレイさは保ったまま、形を変化させていくのが、彼らの音楽なのだ。カヌーの先が水をかき分けてすいすいと進むような音楽といったらいいだろうか。直感的な部分ではなく、深層心理へアプローチして、いつしか虜にしてしまうのだ。透明な水の中に、カラーの水1滴を落とすと、じんわりじんわりと透明ではない1色の水になっていくように、少し暗いレッドマーキーで、目を閉じてとすーっと彼らの世界に引き込まれている人も多かった。
ただ、ひとつ、私には大きな誤算があった。ステージには、鍵盤、シンセとギター、ベースにドラムが並び、ほぼすべての音が人の手によって紡ぎ出されていたからだった。まだまだ頭の中で音楽を先に描くことを優先することで精一杯というのが正直な印象だった。ただ、まだ完成されていないだけであって、まったく悪くない。ちょっと頭のなかのものが完全には具現化できていないだけなのだ。完璧に一音狂わず、律儀にテンポを保つことが完璧なのではない。人の手という最大の楽器が頭の中の音楽と隔てないでいられるようになったら、ALT-Jはもっともっと自由に自分を表現できるはず。水という変幻自由な物体のように、あらゆるものを溶け合う瞬間が観てみたい。唯一の誤算が、彼らの武器となることは間違いない。
ALT-J
写真:Julen Esteban-Pretel 文:ヨシカワクニコ