苗場食堂にオーリトーリ!
グリーン・ステージではRADIOHEADが、ヘブンではRAY DAVIES&BANDの演奏がスタートするこの日の21:30、数万人規模の参加者が大陸に終の住み処決める中、離れ小島のような小さな舞台で、旗を揚げた片想いというグループを目の当たりにしたのは、わずか数百人くらいなものだろう。しかしながら、1時間にも満たないこのライブは、ここに集まるお客さんの記憶に強烈に焼き付いたはずだ。
ファンファーレをバックにボーカル片岡シンは、タブレット型の端末を持ちながら、突然叫びだす。「愛される者になるには、何が必要なのでしょうか?・・・今夜という夜を余すことなく、愛されたいと思うのであります。」ジム・オルーク、細野晴臣、岡村靖幸・・・彼らがリスペクトするアーティストを次々に列挙。そして、八重山の方言「オーリトーリ(いらっしゃいませ)」を叫ぶ。彼らが思うありとあらゆる表現者の力を元気玉のようにこのステージに集結させる。このバンドを知って知らずか、裏ステージを選択した反骨精神なのか、オーディエンスの期待は今にも爆発しそうなほど膨らんでいる。
音色豊かな片想い、メンバーは8人から。「から」というのは、ライブが進むに連れて舞台上の人が増え、踊っているうちに客のこちらまで片想いになっているような錯覚すら覚える。客がメンバーになんてなれるわけない、でもあのバンドに入ってみたい、そんな一方的に湧いてしまう感情が、まさに「片想い」なのだ。楽器は、ドラム、ベース、ギター、ピアニカ、三線、サックス、キーボード・・・中には1人2役するものもいれば、袖から出てきて踊るメンバーもいたりと本当にバラエティ豊か。
1曲目はファンキーなサウンドに、土臭さのあるラップ、そしてマイケル・ジャクソンさながらのムーン・ウォークを見せたり、なんだ、なんだと戸惑っているうちに笑いと踊りがごちゃまぜになって、居合わせたオーディエンスは、即座に盛り上がりというリアクションをステージに返す。
「レディオヘッドに行かなくて大丈夫ですか?」と念のため、小心な気持ちを吐露するメンバー。「いぇーー!」と苗食のお客さん。その心配はいらないぜ!「ありがとうございます。僕たちは戦友です。」フジロック初登場にして、いきなり大物とのガチンコを余儀なくされた彼らは、戦っているのだ。
3曲目は”すべてを”という曲。まったりとしたバラードで、興奮気味のお客さんを鎮める。曲の途中、ギターを担当していたMC.シラフは「僕だったらレディオヘッドいきます!」と恐縮しながらヴォーカルでソロを歌う。その歌う姿は、つい今までかしこまった挨拶をしていた彼とは裏腹にソウルフルで力強いものだった。
ライブも中盤にもなると、レディオヘッドの裏だなんて、不要な言葉だった。そんな心配事を、ひゅるりと越えてしまう圧巻のパフォーマンスから離れることなんてできないのだ。Village People”Macho Man”を思わせるような”君たちは僕のVIPだ”。サビの振りも即座に浸透。間奏では、片岡とベースの伴瀬の2人が、どこかの方言でけんか腰のような喋りを繰り広げるが、とてもカオス。
フロントに立つ女性、オラリーのポエトリーリーディングからポジティブな曲が始まる。そしてハイテンションで飛び出してくるcero高城の姿が。このバンドはceroとのゆかりが深く、序盤からギターで橋本、そして次の”踊る理由”からは踊りで荒内が参加している。この曲はカクバリズムから7インチのEPでリリースされるも、即売り切れとなった人気の曲だ。曲の終盤で、会場はしゃがみこみからのジャンピングダンス。思いがけぬ一体感で、苗食マジックを生み出していた。
ラストの曲を迎えても、彼らへの拍手は止まず、アンコールで幕を閉じた。片想いによる衝撃的なインパクトは、その後のあらゆるライブにスイッチを切り替えさせてくれないほど、鮮烈なものだった。次に彼らをフジロックで見るなら、木道亭、オレンジコート、カフェ・ド・パリ、クリスタル・パレス・・・今回、フジロックのあらゆるステージを神出鬼没に登場したOnda Vagaのように、来年の賑やかし枠に片想いを推薦する。
片想い
写真:直田亨 文:千葉原宏美