新潟で生まれ育ち、メジャーからインディーズまで、いづれの時期も新潟を離れることなく活動しているアーティストがこの笹川美和だ。かつては大手メジャーレーベルに所属し、ヒットチャートにも名を連ねた彼女だが、今は小さなレーベルでDIY精神溢れる活動を行っている。草の根レベルの評判は少しずつ広がっていき、いつしかフジロックの舞台へ彼女を導くまでになっていた。
「いつもフジロック(新潟)に来てくれてありがとう」。雨に濡れるオーディエンスに向け、少し照れくさそうにそう話した後、静かに歌がはじまった。冒頭で鍵盤の弾き語りを見せた後、鍵盤とリズムボックスを鳴らすサポート・メンバーがふたりつき、笹川美和バンドが完成する。最初のハイライトは2曲目で披露した「笑」だろうか。彼女のメジャー・デビュー曲であり、ブラウン管越しに聴いた記憶がじわりじわりと蘇ってくる。素朴なアレンジながらも、テレビで聞き流していた当時とは印象がまるで異なる。これが生歌の面白いところだ。
降り続ける雨は、勢いを弱める気配すら見せない。それでもステージ前には熱心に聴き入るオーディエンスがいるのだから、フジロッカーズのタフさには頭が下がる。日頃からじっくり聴き入るお客さんが多いという笹川のライブだが、さすがにこんな光景を目の当たりにするのは初めてのことだろう。そんな光景に感心していると、いつしかライブも佳境に差し迫っていた。最後の曲として歌われたのは「街生まれ、田舎生まれ」。新潟で生まれ育った笹川ならではの目線がそのまま詞になり、歌となった曲だ。苗場とはまた違う新潟の光景を描くその歌は、風に乗せられてアバロンの丘へと広がっていく。苗場以外の景色が新潟にあるように、メジャー時代とは異なる魅力が今の笹川の歌にはあるのだろう。少し震える歌声に耳を傾けながら、ひとりそんなことを思った。
写真・文:船橋岳大