悲しみを泳ぐ歌だとしても、どこか柔らかさを感じるSPENCER(a.k.a.大谷友介)の音楽。まさに人間が持つ光と影の部分を、鮮烈に描くことができる表現力を持ち合わせている。彼が奏でる曲が終わるたびに、とめどなく切ない感情が沸き上がるようだった。
オオヤユウスケ。この名に聞き覚えがある人も、多くいるはずだろう。SPENCERこと大谷友介は、Polarisやohanaといったバンドでも知られるアーティスト。彼は今年の2月に活動拠点をベルリンに移し、ミニアルバム『My Wave』を完成させた。まるで心の隙間にそっと入り込むような作品で、開催ギリギリまで何度もリピートして聴いていたように思う。
そして活動開始からあまり時間が経たないうちに、今年のフジロックの出演が決定。今回はCaravanやハナレグミなど、多数のアーティストと共演するドラマーのPeace-kとともに、ゆったりした雰囲気を醸し出しながらステージへ。
まずは音を確かめ合うように、ふたりでセッションを行なっていく。ほどなくして、最新ミニアルバムにも収録されている「Free Bird」を。彼らの音がひとたび響き出すと、すぐさま幻想的な世界へと変わっていくよう。とくにアコースティックギターと、スティールパンの絡み具合が絶妙だ。また、歌詞に合わせて効果音のように音色が鳴り出す場面も。まるで物語でも見ているかのように、ライヴが進んでいく。
「今すごく気持ちよくて、Peace-k君とどの曲にしようかと話していたのですが。最後に長い楽曲を1曲やります」という言葉のあとにラスト曲へ。するとすぐさま夕暮れをイメージした、暖かな曲が辺り一面に広がっていく。彼の視点から見た日常は、なぜこんなにも優しさに包まれているのだろう。そう幾度も感じながら、最後の1音が消えるまで演奏に見とれてしまった。
自身が持つ心情を隠すことなく、全面に押し出した彼の音楽。また早く日本でもライヴをしてほしいものだ。ただ彼の新プロジェクトは始動したばかり。焦らずゆっくり見続けていきたい。
写真:近澤幸司
文:松坂愛