“阿部仁知” の検索結果 – FUJIROCK EXPRESS '25 | フジロック会場から最新レポートをお届け https://fujirockexpress.net/25 FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)を開催地苗場からリアルタイムでライブレポート・会場レポートをお届け! Tue, 12 Aug 2025 07:23:59 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.8.2 「もうええやろ。そろそろ辞めようか…」と考えたことが幾度かあった。でも、辞めなくてよかったね。やっと、「いつものフジロック」が戻ってきた…かも。 https://fujirockexpress.net/25/p_9083.html Sat, 09 Aug 2025 02:09:19 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=9083 我々が愛情と尊敬の念を持って大将と呼ぶのが、フジロックを創造したプロデューサー、日高正博。その彼に「俺がやりたいことを一番わかってるのがお前だ。手伝ってくれ」と言われて、黎明期のインターネットを核に情報発信を始めたのは第1回が開催された1997年が開けた頃だった。それからすでに28年が過ぎている。あの年、台風の影響で生まれた混乱や2日目のキャンセルで荒れまくったのが公式サイトの掲示板。それを公式から切り離し、コミュニティ・サイトとして、その年の暮れか翌年にfujirockers.orgを立ち上げている。それは大将と相談の上で生まれた、いわば、裏公式サイト。フジロッカーという言葉を生み出したのもこの時だ。個人として積極的に発言できる場として彼は幾度となく、ここを通じてメッセージを発信。直接、オフ会に顔を出すことさえもあった。ところが、コロナ禍で参加者が抗原検査を余儀なくされ、全面禁酒に加えて小規模開催しかできなかった21年を境に彼の言葉がほとんど聞こえなくなっていった。我々が彼の「指名手配」写真をパロディ化したTシャツを制作したのは、それを受けていた。なによりも大将が描いたフェスティヴァルを楽しみにしているのがフジロッカー。それほどまでに彼は求められている(「Wanted」)という意味をここに込めていた。このTシャツが最も参加者数が少なかったフジロックで、fujirockers.org史上最高の売り上げ枚数を記録。それはフジロッカーと大将が強い絆で結ばれている証のようにも思えていた。

その大将が「もうどうでもいい。放っとけ」と口にしたのは22年か。彼の体調が悪くなったのは、フジロックがただの野外コンサートにしか見えなかったあの頃からではなかったか? 人気エリア、カフェ・ドゥ・パリ周辺がフード・コードになり、パレス・オヴ・ワンダーにいたってはその片鱗さえなかった。主催者には苦渋の決断だったかもしれないが、あれを「フェスティヴァル」と呼ぶには無理がある。それにも関わらず、「いつものフジロック」を謳っていることに大きな失望を感じていた。もう辞めようか… fujirockers.orgも解散してしまおうかという思いが脳裏をよぎっていた。それでも自分をつなぎ止めたのはスタッフを含め、フジロックの存続を支えようとしていたフジロッカーたち。あの時、「フジロックがない人生なんて考えられない」という声を耳にしていた。そんな彼らがこのままじゃ終われないという気持ちにしてくれたように思う。もちろん、あの流れに抗い、フェスティヴァル復活を目指して必死に動き続けていた裏方がたくさんいたことも忘れてはいけない。

そのフジロックを触発した英国のグラストンバリー・フェスティヴァルを初体験したのは1982年にさかのぼる。当時、まだ20代だった自分はすでに高齢者と呼ばれる年齢になっている。あの時とは比べることができないほど巨大化したこれを取材し続ける意味はあるのか? ここ10数年悩み続けていた。そろそろ潮時かもしれないと思ったことが何度もあった。メディアが求めるのはステージに姿を見せるアーティストのことばかり。でも、それは、おそらく会場の20%にも満たないスペースで繰り広げられている一部分にしか過ぎない。だからこそ、ラインナップがほとんどわからない時点でも、20万枚以上のチケットが20~30分で完売となる。あのフェスティヴァルの魅力はメディアがほとんど取り上げない、その他にあるのだ。が、それを伝えるメディアはほとんど消え失せている。加えて、毎回同じことを書くわけにもいかないと、ここ数年はグラストンバリー未体験の若手ライターや写真家を同伴。彼らの新鮮な視点で伝えられる記事を楽しむようになっていた。開催時期に入院していた1995年を除いて、欠かさず通い続けて今年は43年目。もうなにも目新しいものはないと予測するのが普通だろう。が、待っていたのは「伝えなければいけない」という衝動を生む出来事や人との出合い。それが嬉しくて、また語り、書き続けていくことになる。

そのひとつが今年の前夜祭でレッド・マーキーに集まったみなさんの集合写真を撮影する時に語ったことだった。

「The Whole Farm’s the stage and all of you are players」

そんな言葉が書かれたポスターが、取材拠点となるプレス・テントを出た広場の壁に飾られていた。これは会場内で古ぼけた活版印刷の機械を使って毎日新聞を発行している地元のスタッフが作った1枚。それにハッとさせられるのだ。ここに書かれているfarmとは会場となっている農場を示す。簡単に訳せば「会場全てが舞台(ステージ)で、あんたたちみんなが演者(プレイヤー)なんだ」となる。

Photo by 阿部光平

フェスティヴァルの魅力…あるいは、そこで生まれるマジックの所以をこれが見事に語りかけているように思えていた。「自然に囲まれた環境がフジロックの魅力ですよ」としたり顔で語る業界人は多い。でも、それは要素のひとつにしか過ぎない。また、「ユニークなラインナップ」も間違ってはいない。が、フジロックというフェスティヴァルの魅力ってなになんだろうと考えた時、グラストンバリーでみつけたあのフレーズがピンとくる。おそらく、苗場にやって来る人たちの想いがなにやら磁場のようなものを生み出し、それがフェスティヴァルを作り出しているんじゃないだろうか。

フジロックに絡んで始まったのが年に3回ほど開催されている苗場のボードウォーク・セッション。全国からその補修をするために集まってくるヴォランティアのみなさんとはすでに顔なじみで、会場で彼らとよく顔を合わせている。今年は行けなかったが、フジロック直前の7月のセッションの時には会場設営が始まっていたはず。ここに舞台設営にPA関連、テント設営からトイレの準備と、多くの人が加わっていく。そして、前夜祭前日まで、汗まみれで働いているのが、ゴンちゃんの制作チームやパレス・オヴ・ワンダーのスタッフ。と思えば、ボードウォークを歩いていると、様々なオブジェを作っているアーティストたちが目に入る。その誰もが笑顔で輝いている。出店しているブースの飾りやデザイン担当から、その裏で働く人たちやフジロックを支えてくれる地元のみなさんの想いをひしひしと感じるのだ。

そこに雪崩れ込んでくるのが、全国どころか全世界から集まってくるオーディエンス。なかには思い思いのコスチュームに身を固めて遊んでいる人や楽器を持ってきて演奏する人もいる。今年はゲリラDJも出没したんだそうな。彼らから放たれるエネルギーがなにかを揺り動かし、それが共鳴しながら拡散、拡大されていく。ステージに立つミュージシャンの演奏がそこに重なって有機反応を引き起こす。それが奇跡的なパフォーマンスの数々を生み出しているようにも思えるのだ。フジロックでのライヴ体験の素晴らしさの背景にはそれがある。DJブースは、もちろん、カフェやバーに食事を提供するストールでも同じこと。見ず知らずの人にだって、当たり前のように話をすることができて、あっという間につながりができる。そんな空気がここに出来上がっている。

そのフジロック、今年は7月19日に始まっていた。前夜祭は7月24日なのになぜ? と思われるかもしれないが、その前の週末に幕を開けたのがフジロックの一部、ピラミッド・ガーデン。会場の端っこにあるここが「Beyond the Festival」と銘打って単独開催されていた。フジロック独特の磁場がゆるやかに、本番に向かって確実に強くなっていたのを、ここに遊びに来た人たちなら、感じることができただろう。

主催していたのは2010年からこのエリアを任されていたキャンドル・ジュン。彼のフェスティヴァルへの想いがこれを動かしていた。それは大将が抱いていた「想い」にも繋がっている。ずいぶん昔のこと、彼が口にしていたのは「1週間ぐらい開催するってのもいいなぁ」というアイデア。ひょっとすると、そのあたりに伏線があったのかもしれない。大将がなによりも求めていたのは、ラインナップに依存することなく、「フジロックだから」こそ戻ってきたいと思わせるフェスティヴァルを作り上げること。そんな想いをピラミッド・ガーデンに詰め込もうとしたのが今回の試みだったのかもしれない。

ここにいるだけで気持ちよかった。ライヴを追いかけてあくせく歩き回ることもない。タイムテーブルはのんびりと余裕を持って作られているし、ライヴが中心でないのは明らかだ。釣り堀で釣った魚を料理して食したり、サウナで汗を流して冷たい水が流れる川に飛び込む。あるいは、ワークショップを覗き込んだり、日陰で昼寝をしたりと、ゆったりとした時間と空間の中に身を置くことだけで気持ちいい。生きていることのしあわせを充分に感じることができるのだ。

加えて、大将がいつも口にしていたのは「地元の人たちと一緒に作る」という意識だった。都会から地方に来た企業が利益を吸い上げ、地元はおこぼれを授かるだけといったイヴェントのあり方を彼は嫌悪していた。ピラミッド・ガーデンに反映されていたのがそれだった。後援は地元の湯沢町で、一役買っていたのが苗場観光協会。実は、この閉幕からフジロック開催までの間に会場を使って開かれたのが、フジロックに大きな貢献をしている地元若者の結婚式だった。これが今後、どういった展開を見せるか未知数だが、フジロックや苗場を愛する人たちにもそういった場として、この時間と空間を提供していきたいとのこと。興味がある方は観光協会へ問い合わせてみたらどうだろう。

大将から「フジロック前に、みんなに伝えておきたいことがある」と連絡があったのはその取材をしていた時だった。それを受けて、東京のスタッフが彼を訪ねている。話題になったのはクロージング・バンド。その言葉からはこのプロジェクトに対する彼の並々ならぬ想いが伝わっていた。今年はそれだけにとどまらず、様々な指示を出している。ネパールのバンドを招聘したり、どん吉パークのDon’s CafeにDJを入れたいという依頼も届いていた。それを受けてフジロッカーズ・バーの常連DJに協力を依頼。「俺もDJするかも」なんて言われて、リクエストのあった昭和歌謡のシングル盤も用意していた。その1枚がクロージングに出演した尾藤イサオの大ヒット曲『悲しき願い』のオリジナル。もちろん、これはここで使っているし、最後のグリーン・ステージでご本人に見せると大喜びしてくれて、なんとサインもいただいている。

Photo by おみそ

Don’s Cafeは大将の盟友、池畑潤二率いる苗場音楽突撃隊がゲリラ的にライヴをする苗場のホーム。昨年はDJゴンちゃん夫妻がDJをしているし、彼のお気に入りバンド、USも演奏している。今年も同じだがホットハウス・フラワーズのリアムがここに加わり、ゴンちゃん夫妻に代わったのがフジロッカーズ・バーや仲間のDJたち。主要ステージでの演奏が終わる頃ともなると、大将を慕う仲間がここに集まってくる。といっても、実は、フジロック開催を前に「身体が持たないかもしれない」という情報もあって、大将の会場入りが危ぶまれていた。が、前夜祭の朝、東京を離れたという連絡が入ってひと安心したものだ。彼を訪ねると、血色もよくて、去年より元気に見えた。体調もよかったんだろう、毎晩、ここに顔を出して仲間と一緒に楽しんでいた。

そして、最終日、いきなり大将から呼び出しだ。DJの仲間とセッティングをしていたどん吉パークからとぼとぼ歩いて本部の隣を訪ねると、「フジロッカーになにかプレゼントしたいんだ」という。「じゃぁ、今年のポスターにサインしてよ」とお願いして、その様子を撮影。それを3枚受け取っている。さて、このプレゼント、どうしようか。大将へのメッセージを書いてもらうのを要件として、応募してくれた人から抽選するのがベストだろうと思う。もちろん、そのメッセージは彼に手渡すことにしよう。詳しくはこちらで確認していただけると幸い。

Photo by おみそ

クロージング・バンドが演奏する前に大将と一緒にグリーン・ステージ脇に移動。初めて顔を合わせる尾藤イサオと彼が談笑している姿がほほえましい。耳をそばだてているとエルヴィス・プレスリーがどうしたこうしたとロック談義が続いているのがわかる。このライヴに出演するみなさんと挨拶を交わしつつ、「お客さん、残ってくれてるかなぁ」と心配顔だった大将。でも、残って楽しんでいる人たちを見ると実に嬉しそうだ。そして、1943年生まれで御年82歳だというのに、とてつもなくソウルフルな尾藤イサオに大喜びしながら、『悲しき願い』を声を出して一緒に歌っているのだ。

「みんな、若いから知らないかもなぁ。でも、これは、俺からみんなへのギフトなんだ」

彼が愛して止まないロックンロールの名曲の数々を、日本の伝説的ロッカーに歌ってもらい、オーティス・レディングの名曲『ドック・オヴ・ザ・ベイ』をリアムにまかせる。そして、チェ・ゲバラと並んで彼のヒーローだというジョン・レノンの『イマジン』を加藤登紀子に託して幕を閉じる。そこには彼の想いがあった。

さて、今年のフジロックはどうだったか? なによりも嬉しかったのは愛知県豊田市で続けられている、おそらく、国内で最も素晴らしいと感じた『祭り』、橋の下世界音楽祭の仲間がフジロックの奥地を復活させたことかもしれない。印象的なステージを苗場に持ち込んで作り上げたのがオレンジ・エコー。これで明らかに観客の流れが変わっていた。彼ら独特の色を持つラインナップも興味津々で、あの世界がまだまだ広がっていくことを予感させる。地元新潟から三国トンネルを越えた群馬あたりの伝統工芸から民謡や芸能までがここに紛れ込んできたら… なんて夢みるのは、それこそ彼らが橋の下でやっていることだから。さて、来年はどうなるだろう。

また、子供の頃から、あるいは、生まれた頃からフジロックと共に育ってきた地元、苗場の若者たちがDJブース、Roots Grooveを動かし始めたのも特筆に値する。かつてワールド・レストランがあったエリアにGonchan Barを誕生させたのもそんなひとり。これで彼らもフジロックを作る一部となった。さて、これから彼らがなにをどうする? ボードウォークでのパーティは、もちろん、まだまだできることはあるはずだ。彼らからどんなアイデアが出してきて、どう発展させていくのか、それが楽しみでならない。

3年を費やして徐々に復活したパレス・オヴ・ワンダーとブルー・ギャラクシーがフジロックには「なくてはならない存在」だということを見事に証明していたのが今年。「ラインナップでしかチケットは売れない」ってのが、業界では常識らしいが、さて、どうなんだろう。圧倒的な人気を持つスターが演奏している時だって、ちっぽけなステージやDJがいるところには人が集まっていた。その全てがフジロックの魅力。だから、ここに来るのだ。

結局、今年も、雑務に追われて、ほとんどライヴを見ることはできなかった。6月にローマにまで出かけていって、魅力を伝えようとしたフェルミン・ムグルサもクリスタル・パレスでチラ見しただけ。楽しみにしていたホワイト・ステージにはたどり着けなかった。春ねむりを見ようとアヴァロンに向かうと、NGOヴィレッジで難民問題をアピールするブースで昔からの友人と遭遇して長話。結局、わずかな時間しかライヴには接することができなかったが、インパクトは強力で濃密だった。ちなみに、かつてワールド・レストランでフィッシュ&チップスを売っていたのが遭遇したイギリス人。映画にもなったワイト島ミュージック・フェスティヴァルを10代の頃に体験していて、東京でやったフジロッカーズ・バーに来てもらって当時の体験談を聞かせてもらったことがある。

多くの人がそうだったように山下達郎のライヴはなんとしても見たかった。が、あまりの人の多さに恐怖を感じてステージが見えるところまで出かけてはいない。簡単には帰ってこられないと思って、フジロック・エキスプレスの本部裏で音を聞いてたにすぎない。

「仕事がどうなるかわからないんですけど、見に行きたいですよ。竹内まりやが出てきたら… もう、奇跡ですもの」

と、語っていたのは苗場プリンスで働いているスタッフの方。さて、彼はその奇跡を体験できただろうか。あの時の騒ぎや興奮は本部裏にも伝わっていた。実際に見に行った仲間からは、目の前で泣きそうになっていたのは日本人じゃなくて、アジアのどこかから来た人だったとか、海外からのお客さんがやたら多かったなんて話しも伝わっている。

山下達郎の方針としてライヴは放送させないんだとか。でも、それでいい。スクリーンを通じて伝わるのはその一部。Be there or be squareとはよく言ったもので、そこにいなけりゃわからない。うだるような暑さに襲われていたあの日、ひどい雨にやられてしばらくの後に始まったあの時の空気や臭い… そのなかで待ちわびた人たちが最初の音を聞いた時の興奮がどれほどのものだったか。ステージから放たれる音楽が空気を揺らして、それを全身で浴びる感覚はお茶の間ではわからない。さらに、フジロックそのものの魅力は伝わりようがないだろう。

あのステージに近づけなかったおかげで、苗場食堂で目撃することになったのがクリス・ペプラーのバンドだった。

「J-Waveで番組をやっているんですけど、そこで言ってたんですよね。今年のフジロックの一押しは、間違いなく山下達郎だよねって。そしたら、真裏で演奏ですからね」

と苦笑いしながら続けたライヴ。素晴らしかった。スライ&ザ・ファミリーストーンの『Thank you』をカバーしたのは、スライ・ストーンへのトリビュートなんだろう。そこにはブラック・サバスのフレーズも飛び出していた。言うまでもなくオジー・オズボーンへの感謝の気持。めちゃくちゃ嬉しかった。

始まるまではずいぶん長い時間を待たされるように感じるけど、動き出すと一瞬のうちに終わってしまうのがフェスティヴァル。どこかでメンバーには出会えてもライヴを見ることができなかった友人のバンドは数え切れない。出店している仲間たちにもわずかに挨拶できたに過ぎない。会場内外を歩きながら、できるだけ多くの仲間たちと言葉を交わそうと思うけど、なかなかうまくはいかない。そして、気が付くと最終日。いつものように夜明けを迎えるパレス・オヴ・ワンダーあたりに顔を出すのだ。そこで体験できるのが至福の時。会場から流れ出てくる人たちの表情が素晴らしい。若干の疲れを見せながらも、誰もがニコニコ、ニヤニヤと笑顔を見せている。それだけで「楽しかったよ」と語りかけてくれているように見える。名残惜しそうな表情を浮かべながら、たむろしている人も多い。クリスタル・パレスから音が消えて、バーのテントも最後の曲を流している。ザ・ハイロウズの『日曜日よりの使者』。それを大声で歌っている人たちに感動しながら、撤収作業に向かう。ありがとう。今年もフジロックに来てくれて。きっと、来年も、また会えるよね? 心の中で彼らにそう語りかけながら、今年の幕が下りていった。

さて、自分が体験できたフジロックはほんのわずかな部分でしかない。でも、全国から駆けつけてくれたボランティア・スタッフが、馬車馬のように働きながら続けてくれたこのがフジロック・エキスプレス。ここにもっともっとたくさんの「しあわせ」の瞬間 が刻まれているはず。これを書き上げて一段落したら、また、ジックリと拝見しようと思う。ありがとう。みなさんは、私の宝物です。

なお、今年動いてくれたのは以下のスタッフとなります。

■日本語版
HARA MASAMI(HAMA)、安江正実、堅田ひとみ、リン(YLC Photography)、森リョータ、みやちとーる、古川喜隆、おみそ、平川啓子、佐藤哲郎、©2025MITCH IKEDA、前田俊太郎、井上勝也、suguta、粂井健太、エモトココロ、Miyaryo
東いずみ、渡辺紗礼、YAMAZAKI YUIKA、越川由夏、浅野凜太郎、こっこ、Izumi、Eriko Kondo、阿部光平、丸山亮平、梶原綾乃、阿部仁知、イケダノブユキ、三浦孝文、石角友香、あたそ、西野タイキ

■E-Team
Jonathan Ruggles、Sean Scanlan

■フジロッカーズラウンジ
mimi、obacchi、SEKI、yamato

■ウェブサイト制作&更新
平沼寛生(プログラム開発)、迫勇一、坂上大介

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ここにいられる喜びをかみしめながら https://fujirockexpress.net/25/p_8298.html Wed, 30 Jul 2025 11:53:31 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=8298 今年のフジロックにパレスチナのフラッグを持参しました。そのフラッグというのは昨年のGlastonbury FestivalのGREEN FIELDSエリアのフォーラムでいただいたもので、実を言うと昨年のフジロックにも持参していたのですが、ついぞ出すことはありませんでした。「取材スタッフがそれをするのもな」みたいに思ってたんだと思います。そういう自分に対する言い訳です。

そして今年のフジロック。もともと「今年こそは!」と思い持参するつもりではいました。それから、ここに書いていいのかよくわからんですが、fujirockers.org主宰の花房浩一が「DJの時パレスチナのフラッグを掲げたいのだけど誰か貸してくれないか」といった主旨の投稿をしているのを発見。PYRAMID GARDEN -Beyond the Festival-の前入り取材で一緒だったこともあり、ぜひということで声をかけました。そして初日のブルー・ギャラクシーで掲げていた場面には僕は居合わせられなかったのですが、ここで感銘を受けたという取材スタッフの話も聞いていて、本当に嬉しかったです。花さん、ありがとう。

ただ、持参した僕が自分で掲げたいという気持ちはずっとあって、春ねむりのライブこそがそのタイミングだと思いジプシー・アヴァロンに持参。本当に素晴らしいライブだったし、明らかにここで掲げることはできたはず。誰一人として否定的に見ないし、そこにいる全員が歓迎してくれたでしょう。でも僕はそれができなかった。雨に濡れるから?それも自分への言い訳です。

なんだか僕はずっとやらなくていい言い訳を探しているようで自己嫌悪がありました。Summer Eyeは「臆病でオッケー 泣いたってオッケー」って歌ってくれたし、春ねむりも「それぞれがそれぞれにできることをやろう」と言ってくれて、まあ無理することではないのかもしれません。でも、ずっとやりたいのにできないモヤモヤがありました。

それから本部テントに戻って、モヤモヤしながらも作業を続けてたんですが、春ねむりライブの際に居合わせた取材スタッフと話しているうちに、やってみればいいじゃん、ここでやらないでいつやるんだよって気持ちに。「雨大丈夫だった?」と聞くと「パレスチナの人たちのことを思えば全然」とさらっと言っていたのにもとても救われました。はじめてのフジロックの洗礼で決して楽ではなかっただろうに、僕がこんなんじゃいけないなって。

バリー・キャント・スウィムを観にホワイト・ステージに向かう道中、それからフォー・テットのライブが終わってオアシスに戻るまでの間、フラッグを羽織って過ごしました。好奇の目で見られるんじゃないかとか、そんな気持ちでドキドキしてたんですが意外と気にならず、むしろ何人かの人が「Free Palestine!」と話しかけてくれたのが嬉しくて、やっぱりやってみるもんだと思いました。

好奇の目はあったのかもしれませんが途中からはまったく気にならなくなって、「スーパーマンのマントスタイルよりも襷掛けスタイルのほうが僕は好きかも」とか、そんなことを考えるくらいでした。あと、フラッグを背負っているとバリー・キャント・スウィムやフォー・テットの白熱のライブの中でも、僕が今ここにいられる幸福や、こういう喜びどころか当たり前の日常さえ失われた人々のこと、春ねむりも言っていた特権性について少し自覚的になった気がして、だからこそ心から楽しもうという気持ちにもなりました。これも、やってみなければわからないことでした。

これまた言い訳かもしれませんが、いろんな人にこの清々しい気持ちを感じてもらいたくて、次の日は取材スタッフにフラッグを託すことに。「私も振っていいですか?」とあっけらかんと言ってくれる人もいて、僕が悩んでたのはなんだったんだよとも思いました。ああ、僕が勝手に感じていたハードルって実はそんなに高いものじゃなかったのかもなって。気持ちを解いてくれた取材スタッフのみんなもありがとう。

今回の話はここでおしまい。僕としてはちょっと勇気を出したつもりですが、これができたのはフジロックだからということがとても大きくて、ここにはいろんな考えやスタンスを持った人、そしてあらゆる人種やセクシュアリティの人を受け入れる土壌があることを改めて感じました。Glastonbury Festivalほどフラッグが当たり前ではないとしても、それがこの国で一番やりやすい場所なんじゃないかと思います。「やるべき」「やらなきゃ」とかで無理してやるのは心がしんどくなるけど、それでもあなたの心が「やりたい」と思ってるんならやってみるといい。フジロックはそれを受け入れてくれる場所。そう感じました。そんなフジロックの雰囲気をつくっているみんなにありがとう。

ポールを持っていなかったので羽織るかたちになってしまいましたが、来年のフジロックではもっと色々…と書きかけたところで、そんな悠長なことは言ってられないんだということに思い当たります。今回感じたことを、小さいながら踏み出せた一歩を、日常の中になんとか持ち帰って、次の行動に移すことを考えて過ごしていきたいと思います。願わくば来年のフジロックではパレスチナの旗を振らなくていい世界になっていることを。

そして春ねむりの話に戻りますが、彼女が一番表現したいことって、最後に歌った“生きる”みたいな、生きることの素晴らしさや生命の尊さ、それだけなんだと思うんです。でもそんな「立場や思想信条に関係なく最も大切なもの」を脅かすことがいくつもある世界に向けて、やむにやまれぬ思いで表現しているんじゃないかと、彼女の姿を見ているとそんな風にも思います。誰が彼女を先頭に立たせて“政治的”にしているか、それを観てただ「さすが!」と言ってるだけでいいのか、そんなことを考えながら今年の僕の原稿を締めさせていただければと思います。ここに集ったすべての人に感謝を。

※今になってフジロックでまったくフラッグの写真を撮っていなかったことに気づいたので、部屋の写真で失礼します。こういうヘマが多くて超ゴメン。ポスターはもう何年も前からフジロックで一番観たいバンド。来年こそヘヴン大トリで出演して、エイドリアンはアヴァロン、バックはピラミッドでソロもたのむ〜(欲張り過ぎ)

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まらしぃ https://fujirockexpress.net/25/p_1079.html Tue, 29 Jul 2025 05:23:16 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1079 ボカロ、アニソン、ニコ動、そしていわゆる「弾いてみた」などなど。あまりにもフジロックとイメージが結びつかないので、ラインナップ発表の際、熱心なファンとよく知らない人の両者から「!?」という反応をされた、今年のフジロックで最も異色の存在と言える、名古屋在住のピアニストまらしぃ。僕は後者なのだが、周りに熱心なファンもちらほらいるし、名古屋の取材スタッフの先輩方はみんな彼が好きなようなので、楽しみにしていたライブのひとつだ。

ピアニストといえば2022年のかてぃんこと角野隼斗も異色ではあったが、ヘヴンでクラシックを演奏するのとではその異色度合いもわけが違う。そもそもどんなライブをするの?顔出しNGはどうなるの?ボカロも入れたりするの?などなど、色々想像できないので、逆に楽しみになってきた。

開演前には持参したサルのぬいぐるみ(さるしぃというらしい)にステージ中央に置かれたグランドピアノを入れて撮影するファンの姿も見られ、すでにいつもと違う雰囲気を醸し出しているレッド・マーキー。登場したまらしぃはダボっとした黒Tシャツとハーフパンツ、レギンスにスニーカーというフジロッカーっぽい服装だが、頭は鹿か何かのツノがついた黒い兜にゴーグルという組み合わせで、なんかすごい見た目のバランスだ…。

期待感はさらに高まる中、最も有名なボカロ由来の曲のひとつであろう“千本桜”を披露。大きな手拍子で迎えるレッドのオーディエンスに応えながら、コミカルな動きを交えどんどん加速するまらしぃの指先。おお、めちゃくちゃエキサイティングだ。

「フジロックこんにちはー!インターネットでピアノを弾いていただけの人なんですけど、超楽しみにしてました!」と出演の喜びを語り、フジロックに向けた特別な選曲を考えてきたと話すまらしぃ。説明不要の“残酷な天使のテーゼ”はおしゃれなリズムのアレンジが冴え渡り、Bメロの手拍子などそのまんまYOASOBIのライブみたいな雰囲気の“アイドル”は、ラップパートの質感も完璧に再現され、まるでikuraが歌っているような幻聴が聞こえてくるほどだった(実際にフロアの誰かが歌ってたのかもしれない)。

続いてシューベルトの“魔王”をアレンジしたという“ちょっとつよい魔王”は、緩急の表現がえげつない。レッドでクラシックを楽譜通りに弾いてもおそらくあまり合わないだろうが、まらしぃのコントラストが強調されたプレイは白熱のライブやDJアクトが中心のレッド・マーキーでも抜群に映えている。

「どうもありがとう!楽しいっすね!」と話し、丁寧に演奏した曲と次に演奏する曲を説明する姿は、隣のオアシスなどでパフォーマンスをする大道芸人みたいでもある。それゆえに初日にSummer Eyeがそんな感じで曲の予告をしていたのはおもしろかったが、ライブアクトとしてはなかなか見たことのないスタイルだ。

お次はオリジナル楽曲のまらしぃタイム。細やかな音の粒が小気味よく踊るよう“新人類”に、吹き抜けるような爽やかで優雅な“88★彡”は繊細なタッチと力強いピアノ捌きが強調されてて、まさにコンサートではなくライブ仕様という感じの仕上がりに。速弾きに圧倒される“Love Piano”も、単にテクいだけじゃなくて感情がのった指先がドラマチックな午後のひとときを演出。カラフルにミラーボールが照らされるライティングもばっちりだ。

「音楽をやっている人間からしたら夢のような話で、本当に胸がいっぱい」とフジロックへの憧れを語ると、このステージでぜひ弾きたかったというポケモンと初音ミクのコラボ楽曲“むげんのチケット”を披露。予習のためにボカロverを聞いていた僕だが、声色の違うパートも繊細に表現する演奏に触れると、やっぱり歌っているような錯覚に陥る(実際にフロアの誰かが歌ってたのかもしれない)。

それにしても、曲間や静かなパートでは後ろのブルー・ギャラクシーのビートが混ざってくるのがなんともおもしろい。コンサートならたまったもんじゃないし嫌って人もいるだろうけど、これもまた野外フェスティバルのライブの醍醐味だろう。ボカロデビュー曲の“夢、時々…”は、リズムもたゆたうように甘く甘美でとろけるようだった。

MCではアンパンピアノ?という小さなピアノをちょこんと置き、“アンパンマンのマーチ”をかわいい感じで披露。「どうも、アンパンピアニストでした」とまらしぃ。僕は思わずキョトンとしてしまったが、こういった小遊びも彼の魅力の一つなのだろう。お次はシューティングゲームの東方Projectから“ネイティブフェイス”。僕はそのゲームをあまりよく知らないけど、君の気持ちは本当によく伝わってくる。素直に喜びを表現しながら僕らと楽しむまらしぃの誠実な姿勢に、いつの間にか惹かれている僕がいる。

「この曲をここでできて本当に嬉しい。僕の人生を変えてくれた曲だったので」と“ネイティブフェイス”を演奏できた喜びを感慨深そうに話すと、フロアから「俺も嬉しいぞー!」と飛び出すあたたかい一幕も。「次の曲が最後の曲です!」「えー!」のフロアの声量が、フジロックでよく見るようなノリじゃなさすぎておもしろかったが、熱心なファンも彼をよく知らないフジロッカーもこのひと時を一緒に楽しんでいる。

そして最後はメドレーの“ナイト・オブ・ナイツ”。リズムが際立つテトリスの曲“コロブチカ”や、やたら音数の多いアレンジのパッヘルベルの“カノン”などを織り交ぜ、縦横無尽に展開するメドレーを堪能し、大喝采の中まらしぃのフジロック初ライブは終演を迎えた。

やろうと思えばボカロ音源を入れたりもできただろうが、ピアノ一つでここまで多種多様な表現をするまらしぃにはシビれてしまったし、例えば“Seven Nation Army”なんかをカバーすればもっとわかりやすく盛り上がったかもしれないが、極端にフジロックに寄せるのではなく普段のファンへの姿勢がベースにあったことも彼の人柄を感じさせた。熱心なファンだと話していた友人をライブ中見かけたが、とてもうっとりしている様子だったので話しかけるのはやめておいた。門外漢だった僕もめちゃくちゃ楽しかったので、よかったら後で話しましょうね。


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THE HIVES https://fujirockexpress.net/25/p_1076.html Tue, 29 Jul 2025 00:19:11 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1076 定刻5分前くらいにレッド・マーキー後方から入ってみると、すでに屋根のエリアになんとか入れるかくらいの人が溢れていて、登場の気配だけで歓声が飛び交う異様な熱気を放っている。SEが止まった時の大歓声に早速圧倒され、クリックに合わせてカウントダウンのように加速する手拍子の熱量にも圧倒され、ライブがはじまる直前の前方につまるやつ(なんか名前ないのかこの現象)も、今まで感じたことのない勢いがあった。始まる前でこれってなんなんだ。これからなにがはじまるんだ。

“Bogus Operandi”、“Main Offender”と繰り出し、最初からもうトップギアの熱狂を見せている2005年以来のハイヴスとレッドのオーディエンス。隣のブルー・ギャラクシーやGAN-BAN SQUAREから苦情がくるんじゃないかってくらい爆音のバンドサウンド。そして、挙動ひとつひとつがフロアの熱気のためにあるかのようなハウリン・ペレ・アームクヴィスト(Vo)の目が離せない立ち振る舞い。もう知ってる曲かどうかとか関係なく、わけがわからず巻き込まれてしまう。BBCが「自然の力」とか評したのはこういうことか。こりゃあ体感しないとわからない。

“Rigor Mortis Radio”でも凄まじい手拍子が巻き起こり、全部聞き取れるわけじゃないが、大袈裟な手振りとテンションでもうなんかアツいペレのMCにも、挙動ひとつひとつに大歓声。一曲一曲これでもかと煽りを入れ、すっげえタイトルだなと思ってた来月リリースの最新作『The Hives Forever Forever The Hives』から収録曲を演奏するたび、タイトルをコールアンドレスポンスする用意周到っぷり。フロアを楽しませようとするホスピタリティが溢れる、極上のロック・エンターテイメント。こんなの他では味わえない!

そんな最新作からの“Paint A Picture”では曲の途中で深々とお辞儀するペレ。なんかアスみたいで清々しいな、いやアスがハイヴスみたいなのか。北欧の先輩の魂を受け継ぎながら我が道を行くんだぞ。とか思っていると、ステージの5人がフリーズ。ペレもお辞儀の姿勢のまままったく動かない。さすがにそろそろだろと思ってもまだ動かない5人の姿にどんどん歓声が大きくなり、満を辞して動くと同時にフロアも大爆発。“Legalize Living”も最高潮に盛り上がり、ハイヴスの5人は単なるレジェンドではなく、現行最前線のライブバンドだということをリアルタイムで更新していく。

「BIG HIT IN FUJIROCK!」と繰り出した“Hate To Say I Told You So”はちょっとディレイする入りにゾクゾクしたし、ハイ・ヴォルテージをさらに大きくする緩急が随所に織り交ぜられた百戦錬磨のライブバンドの貫禄。だからこそ異様に速い“Trapdoor Solutinon”も際立っていて、“Enough Is Enough”、“Come On”などでも、終盤に向かって熱量を膨張させていくレッドのオーディエンスがそこにはいた。僕も汗だくでかなり消耗しているが、音漏れじゃなくて意地でもフロアに食らいついていたいなにかがここにはある。

何度も繰り返して来た「レディース!ジェントルマン!レディース&ジェントルマン!」という煽りも一際歓声があがり、最後は言うまでもなく“Tick Tick Boom”。台に乗って盛り立てたり日本語で「大好きだよ!」と繰り出したり、後半ではかなり長尺のメンバー紹介を織り交ぜたりと、ここでもフロアを高揚させるペレ。右と左に寄って中央を空けてくれという指示にウォール・オブ・デスか!と思っていると、フロアに降りてペレがPA前あたりまで来ているらしい。何が起こってるんだ?そしてペレに言われるがままみんなしゃがんで(とはいえ何が起こってるか気になりすぎるので中腰気味)、ブレイクで一気にステージに向かって駆けていくペレとジャンプするオーディエンス。もうこれには大興奮で、残っているものを全部ぶちまけてハイヴスのライブは終幕を迎えた。

疲れてたしうしろの方でゆっくり観るつもりが、いつの間にかかなり前に来ていた。全部ハイヴスのせいだ。このあと少し休むつもりだったのに、気づいたらこの熱狂を共有した人たちの流れに乗ってグリーン〜ホワイトに向かっていた。全部ハイヴスのせいだ。でもさらに疲れたはずの心と身体に再びギアが入り、消耗感さえ心地いいのは、全部ハイヴスのおかげだ。完全燃焼して再起動というわけのわからんことをやってのけた、ハイヴスとオーディエンス。「地球上で最高のライブバンド」「ロック界最高のフロントマン」は伊達じゃないことが証明された、今年のレッド・マーキー大トリのステージであった。

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HAIM https://fujirockexpress.net/25/p_1048.html Sun, 27 Jul 2025 18:19:26 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1048 ハイヴスの熱量そのままに向かったホワイト・ステージ。開演までまだかなり時間があるというのに、しかも彼女たちと同じくらい好きな人も多いであろうヘッドライナーのヴァンパイア・ウィークエンド(なにせ18年にはダニエルがゲスト出演しているのだから!)が真裏でやってるというのに、前方には既にかなり多くの人が詰めかけている。「Haim show is about to start」と表示される頃には、どんどん増えてきて、PA前あたりでもパンパンに。この期待感。当時から飛躍的に存在感を増したハイムが、12年ぶりにフジロックに帰ってきた。

「It felt right」のところで叫ぶために今年のフジロックに来た人も多いであろう冒頭“The Wire”では、 ダニエル・ハイム(Vo / Gt / Dr)、 アラナ・ハイム(Vo / Gt / Key / Per)、エスティ・ハイム(Vo / Ba)がヴォーカルを歌い継ぎ、その度にHey!が大きくなっていくバンドの躍動感を堪能する。“Now I’m In It”では3人が手元に設置したドラムを叩くパートを回していく姿に大興奮。“My Song 5”ではアラナがそのままドラムを叩いてヘヴィなバンドサウンドをさらに押し広げたり、“Don’t Wanna”ではパッドを叩いて緩やかなサウンドに色を添えたりと、全編を通してパートに縛られることなく気ままにいろんな楽器を手にするのもハイムらしいポイントだろう。

それにしてもどの曲もみんな大体歌えるようで、“Relationships”でもしきりに「Singin’!」と織り交ぜるダニエルに応えて、口々に歌うオーディエンス。キャッチーで覚えやすいのはもちろんのことだが、ここに集った人々がこの三姉妹と会える日をどれだけ待望していたのかが伝わってくる。そしてオーディエンスが不意に叫ぶ「I love you!」に「I love you, too!」と返すような場面も何度か見られ、オーディエンスとハイムのあたたかい関係性が見てとれた。たびたび舌を出して荒々しい表情を見せるエスティの、まさにその顔が印刷されたものを持ってきたオーディエンスがカメラに抜かれ、「ええ…」って感じの表情を見せるエスティもなんだか微笑ましかった。

ダニエルがドラムを叩くということは“The Steps”。声が裏返っても「I can’t understand why you don’t understand me, baby」のところをシンガロング。不理解のフレーズとは裏腹に、なんて晴れやかに響くんだろう。日本でドラムを披露するのははじめてのようで、“Everybody’s trying to figure me out”や“Gasoline”も少しもったりしている感じはしたが、むしろバンドの立体感があってハイムらしい親密さを感じられる仕上がりに。

MCではアラナが「『I Quit』を出す前に日本に来てたらなにもquitする気が起こらなくて困ってたと思う」みたいなことを言ってくれたのも嬉しかったし(一部で話題になった幻の2020年のフジロックへの配慮もあるのかも)、しきりにオーディエンスとコミュニケーションをとりながら、久々のフジロックを楽しんでいる様子がまばゆかった。

“Blood On The Street”では入れ替わったドラムに合わせてダニエルがゆっくりと歩くファッション・ショーのウォーキングのような身惚れてしまう立ち振る舞いから、手にしたギターで迫真のソロを披露。アラナとエスティ/ダニエルで分割して大映しにするスクリーンの演出にもシビれたものだ。よくクラブのフロアでも流れていたダンスナンバー“Want You Back”を生音で踊るのもまた感慨深く、彼女たちがステージ上で軽やかに動き回るたび、会場全体がほどけていくような、不思議な心のゆとりが生まれていった。

ホワイト・ステージ全体をライトで照らして、人の多さにびっくりする三姉妹。ヴァンパイア・ウィークエンドが終わってから合流した人も多いことだろうし、実際ホワイト後方までパンパンになっていたようだ。ニック・エルマン(Key / Sax)を紹介すると、長尺のセクシーでエキサイティングなサックスソロを披露。そのままあのイントロに移行し、“Summer Girl”でもゆったりとした情感に浸るホワイトのオーディエンス。最後は”Down To Be Wrong”をみんなで歌って、ハイムのライブ、そして今年のホワイト・ステージの最終幕をしめやかに飾った。

曲中「I quit ○○」と一曲ごとにquitする対象を変え、スクリーンに表示していたハイムのライブ。自分を縛るあらゆる思い込みや偏見から解放された姿はどこまでも輝いていて、若干音圧が物足りない感じはしたが、そんなことではそこなわれない奔放で自由な姿に、オーディエンスは魅了された。彼女たちのことを「世界一かっこいいバンド」と思っていた(勝手にfigure outしたつもりになっていた)僕は、それさえも偏見だったと気づかされた。そんな一夜の情景に冠する言葉は、途中カメラで抜かれたオーディエンスが掲げていたあのフレーズがふさわしいので、敬意を込めてサブタイトルに引用させていただきたい。

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YONLAPA https://fujirockexpress.net/25/p_1118.html Sun, 27 Jul 2025 11:52:05 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1118 アジアインディー好きには、もはやお馴染み感のある、タイ第二の都市チェンマイ出身の4人組インディポップバンド、ヨンラパ。僕も結構頻繁に観ていて、初めての日本の野外フェス出演となった兵庫県三田市の『ONE MUSIC CAMP』『ARIFUJI WEEKENDERS』でのライブが特に印象深い。でも「観たことあるからいいか」みたいにはまったくならず、記念すべき初出演の場にはぜひ立ち会いたかった。そういう気持ちでここに来た人は多いんじゃないだろうか? ましてや新ステージのオレンジ・エコーがその舞台。これは期待せずにはいられない。

日差しが照りつける夕方のオレンジ・エコー。ちょうどガン(Gt)、ノイナ(Vo / Gt)、ナーウィン(Ba)、フュー(Dr)が並ぶステージ側から日が差している時間帯だったので、少し堪えるものはあったが、“Is That True?”のサイケな音像に揺られていると、それさえも心地よくなってくる。スローに感情をたっぷり込めて描き、ラストで変拍子に展開する“Sweetest Cure”も、ドリーミーなギターサウンドが山々に反響するのを気持ちよく感じていた。マスロック的な要素も織り交ぜつつ、それをまったくややこしく感じさせない多彩な表現が、ヨンラパらしい持ち味だ。

以前観た時よりもずっとドライヴ感があり、強度を増したバンドサウンドとフジロックの環境との相性のよさ。だよね、ヨンラパはフジロックが似合うと思ってたよ! はじめて観た人も、それは存分に感じたことだろう。たくさんのシャボン玉が舞い、ステージ前の風景に彩りを添えた“Sunday Glouming”の、とろけるようなムード。それをシンプルなギターサウンドで描けるのも、ヨンラパの魅力のひとつだろう。

ナーウィンのベースが時折ハイフレットで歌うように響く“Let Me Go”。一口にインディポップといっても、随所に構築美を感じさせるヨンラパのサウンドは噛みごたえがあり、奥が深い。ダウナーなトーンで重いギターを鳴らす“Saltburn”も、シューゲイズ好きにはたまらない空気を醸し出していて、最後は荒々しいギターサウンドで力強く展開する“I’m Just Like That”を歌い上げ、ヨンラパと過ごす一夏は瞬く間に過ぎていった。

コールアンドレスポンスやシンガロングも随所に織り交ぜながら、憧れのフジロックを心から楽しんでいた様子のヨンラパの4人。どうやら前夜祭から来ていたようで、いろんな楽しいことがあっただろうなあ。フジロック初出演おめでとう! 素敵な時間をありがとう! レッド・マーキーやホワイト・ステージでも通用することは、ここにいた人には十分伝わったはず。次は別のステージでも観たい。その時にまた会おうね。

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離婚伝説 https://fujirockexpress.net/25/p_1068.html Sun, 27 Jul 2025 10:49:33 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1068 12:40の定刻5分前くらいに急いで向かうと、レッド・マーキーの横から入れない!慌てて後ろから入ろうとするが、なんとか屋根のエリアに行くのが精一杯で、注目度の高さを感じさせる離婚伝説。サングラスと赤いシャツが映える松田歩(Vo)とハットと柄物のシャツで渋いのが今風な感じがする別府純(Gt)に、ギター、ベース、ドラム、キーボードの6人編成のようだ。

スペーシーなサウンドと二人のハーモニーが光る“あらわれないで”に続いて、シームレスに“スパンコールの女”へと展開しライブはスタート。別府の小気味のいいカッティングギターや松田のファルセットの情感は、Yogee New WavesやSuchmosのような当時の東京インディーの一大潮流と通じるものを感じさせる。だがSuchmosは復活し、Summer Eye前夜祭本編に出演したDYGLは新たな表現を切り開いているように、結成3年目にして話題沸騰の2人も、彼らにしかない表現を持っているようだ。

軽快なバンドサウンドに優雅なピアノが絡みほんのりサザンオールスターズっぽくもあった“まるで天使さ”に続いて、jo0jiから連続の出番となった柿沼大地(Key)の情感豊かなキーボードソロが展開され、しっとりと歌い上げるラブ・バラードの“萌”。終盤の別府のギターソロには石川裕大(Gt / Mp)のもう一本のギターによるハーモニーが生まれ、土曜日午後のレッド・マーキーは優雅なムードに包まれる。

一転して軽快なリズムと手拍子に気持ちよく横揺れする“本日のおすすめ”は、ジャクソン5から連綿と受け継がれるポップネスを感じさせつつ、ドライヴ感を増した別府のギターソロが炸裂。イントロ前にまさかのシック“Good Times”のカヴァーをさらっと入れてそのまま奏でた“愛が一層メロウ”は、知らなくてもみんなで口をついて出てくるフレーズがクセになる。別府が柿沼のマイクまで移動して歌う場面も挟みながら、多分40回以上繰り返した「愛が一層メロウ」のシンガロングに、「みんな最高だったよ、ありがとう」と松田。こりゃあいい雰囲気だ。

そしてこれまた一発で覚えられる甘美なメロディをもったドラマタイアップ曲の“紫陽花”に心地よく揺られるレッド・マーキー。インディー然としたスタイルも持ちながらお茶の間にまで届く普遍的なポップスの歌心も持っているのだから、離婚伝説は奥が深い。

別府の「ジャコ・パストリアスが現代の日本人として生まれてギター持ったら」みたいな色気のあるギターソロに続いて、とろけるように揺られる“You Should Know Your Love”でフロアと掛け合う「I love you, I love you, I love you」。最後の“メルヘンを捨てないで”はもはやできるだけゆっくり揺れたいくらいみんなとろっとろです。通り雨のように突如うなりをあげるギターサウンドの中にブラック・サバスの“Iron Man”をさらっと入れたのはさすがに唸ったもので、松田が去った後の別府による超長尺のアウトロギターセクションは、踊ってばかりの国の“Boy”やサニーデイ・サービスの“セツナ”などに名を連ねる、新たな名シーンだった。

最後にバシッとロゴを出す演出はjo0jiとも共通していて、バンドサウンドに彩られた気持ちのいい歌心に触れた土曜日のお昼から午後にかけてのレッド・マーキー。それだけにこの後にあのヤハウェ・ネイルガンをブチ込むことを企てたレッド担当者はどうかしてるんじゃないかと思ったものだが、そんな未知の体験もフェスティバルの楽しみ。いい気持ちで午後を楽しんでいこう。

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アトミック・カフェ 春ねむり https://fujirockexpress.net/25/p_1129.html Sun, 27 Jul 2025 06:49:52 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1129 先週のPYRAMID GARDEN -Beyond the Festival-から苗場にいて忙しくしていたので、正確な情報は追いきれていないが、“参政党批判”とやらで“炎上”したらしい春ねむり。数年前のルーキーにまつわるひと騒動以前から注目していた身としては、何をそんなことでとしか思えないが、参院選の夜はとても暗い気持ちになったのは事実だし、同じ気持ちを持つ人もたくさんいる。ずっと待望していた春ねむりが、今このタイミングでフジロックに初出演することには大きな意味がある。

配信を望む声もちらほら聞いていたし、これはライブをまわって記事を書く身として、絶対に書き残さなければならない。若干気負っていたところもあったが、フォトグラファーも同じ気持ちで希望したそうで、気持ちを新たに向かったジプシー・アヴァロン。岸本聡子、ジョー横溝、津田大介によるアトミック・カフェ トーク day2【民主主義と自治】も最初から観るつもりが、ホワイト・ステージの予想外の混雑で完全に止められて、後半に到着。トークの内容については別の機会に譲るが、様々な考えるきっかけがあったし、突然の大雨にも動じず熱心に耳を傾けるオーディエンスを讃える、ジョー横溝の姿が印象的だった。

そして、いよいよ春ねむりが「NO RACISM」「反差別」のフラッグを携えながら登場。大雨の中佇むオーディエンスに向けて “anointment”や“panopticon”を披露。きらびやかだがどこか緊張感が漂う音像と破壊的なビートに乗せて歌い踊る春ねむり。その身振りはフリースタイルのようでいてコンテンポラリー・ダンスのようでもあり、「ポエトリーラッパー」と一口に言っても、ヒップホップやアイドル、激情ハードコアからハイパーポップといった様々なニュアンスが感じられる表現力に、僕らも踊りながら揺さぶられる。

そして「振れるものがあれば振り回して」と“Riot”をドロップ。前方のオーディエンスにフラッグが配られ、彼女と一緒に旗を振りタオルなどをぶん回す、フジロックで見たことのない光景。彼女が「よかったら後ろの人にも振って欲しいから」と促し、いくつか後ろのオーディエンスにも手渡されたフラッグ。その熱量がジプシー・アヴァロンに広がっていく。

「多分私が政治のことを話すからこのステージに呼ばれたのだと思う」と話す春ねむり。なにか思うところはあるのかもしれない。日本国籍を持ったシスジェンダーという自身の特権性とその責任に触れながら、このアトミック・カフェのライブにMステや紅白に出るようなメジャー・アーティストが出て、「どう思う?」ってみんなと話してほしいという、来年は難しくとも10年後には実現したい願いを話す。

「入管法改“悪”の時に書いた曲」と、次の曲を紹介する春ねむり。ウィシュマさん、参院選に受かったクソ議員、受からなかった石川大我さんについて触れながら(気になった方は調べてみてほしい)、自分の音楽がかっこいいと証明し続ける決意。そして、この後も何度か繰り返す「それぞれがそれぞれにできることをやろう」という言葉が僕の胸に残る。

トラップ調のビートとノイジーなギターに彩られた“Wrecked”に続いて、最前列で踊っている赤いレインコートの人が着ている、GEZANのような荘厳な怒りを讃えたダンスビートと、とりわけ“政治的な”リリックが突き刺さる“symposium”。終盤にかけて勢いを増すビートが鳴り響く中、彼女は「フジロックおめでとう」の言葉とともに発煙筒を掲げ振り回す。フロアにポイっと投げたそれを拾った一人が生み出した、ステージを覆うピンクの煙。何も見えないまま気持ちのまま踊るオーディエンス。なんて光景だ。こんな光景だってフジロックでは見たことがない。

煙が晴れてきて、みずみずしいピアノの音を背景に、誰かの尊厳が奪われることが起こってほしくないという思い、そのために最も必要なのは、パレスチナが解放されること、イスラエルが虐殺をやめることだと話す。アヴァロンにこだまする「パレスチナを解放しよう Free Palestine」、大雨によるトラブルかと思うようなノイズから、”ディストラクション・シスターズ”では思いを絞り出すように、春ねむりは叫ぶ。

来週発売されるニューアルバム『ekkolaptomenos』から、荘厳なマーチのようなビートに乗せて歌う“iconoclasm”。周りをみると台湾独立のフラッグを羽織った人や、フジロック22のウクライナ人道支援プロジェクトの手拭いを巻いた人、そのようにアイコニックでなくても様々な思いを抱えて彼女の力強い歌に共鳴している。フジロックでこんな気持ちになったことはない。

でもこけそうになって自嘲したり、フジロックで踊ってばかりの国が絶対見たかったのに奇しくもタイムテーブルの真裏だったことを笑いながら話したり、少したどたどしく言葉を紡ぐ彼女は、“強い女”でも、誰かが言うところの“ややこしい女”でもないんだと思う。僕らと同じただの人間。それでもやむにやまれぬ思いをどこまでも真摯に表現に託す姿は、かつて隣のステージで観たJPEGMAFIAの姿を思い出した。

ここに立ってライブができること、あるいはこうやってフジロックに来られることがすごく特権であって、自分が持っている特権みたいなものを少しいい方向に使えたらいい、みんながちょっとずつそれをやったら世界は少し良くなる。そんなことを話す春ねむり。それぞれがそれぞれの暮らしの中でできることを少しだけやろう。そう思ったらなんでもいいからやってみよう。それがおもしろい人生をつくり、おもしろい人生が増えたらおもしろい世界が増える。彼女が絞り出したそんな言葉に、僕はあたたかい希望を感じる。彼女は決してオーディエンスに向かってやれともやるなとも言っていない。でも、今日この日に何かを感じたのなら、それがきっかけで何かが動くかもしれない。

そして、最後の曲について話す春ねむり。「人生はなんて美しいんだ」って思う瞬間、そう思えない時の方がはるかに多い人生。察した僕は思わず泣いてしまう。春ねむりも泣いているようだ。でも「そう思えたんだ」って思うことがあなたを生かし、私のことも生かす。もし「そう思えない」と思ったとしても、それを口に出していってみてほしい。そう思える時があったってことがきっとあなたを明日生かします。そしたらまた会えます。彼女はそんな風に話した。

そしてはじまった“生きる”で、いつの間にか晴れた空の下で、彼女はオーディエンスのもとに飛び込んで歩き回りながら歌う。彼女に合わせて「How beautiful life is!」と歌うオーディエンス。僕だってそう思えない日はいくらでもある。でもここにいるみんなで歌ったことを僕は心から誇りに思うし、もみくちゃになる中でふと目が合った隣の人が、涙でくしゃくしゃになった顔を見て微笑んでくれたこと、それがすごく嬉しかったことを僕は忘れない。

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僕は、ことさら彼女と政治や社会問題を絡めた語り方を本当はしたくない。僕が彼女の表現が好きなのはただ素晴らしいから。それ以外の理由なんて何もない。アトミックカフェにメジャーアーティストが出るようになればいいと話したのと同様に、彼女もホワイトやグリーンで表現できる日が来ればいいなって思う。「政治的なことを話していいステージだからこういうことを話してるわけじゃなくて」と言っていたように、「政治枠」みたいな見方じゃなくて、もっと普通にいろんなステージで春ねむりの姿を観たいなと思う。なぜなら春ねむりもフジロックも、ここに訪れる人もそれができると信じたいから。

でもそれでも今日ここで「フジロックおめでとう」と号砲を鳴らしたこの祝祭は偉大な一歩で、ここに居合わせた人も多くのことを感じとったと思う。僕は唯一の心残りとして、持っていたのに、そうしたかったはずなのにこの場でパレスチナのフラッグを出さなかったことを悔いていて、缶バッチはつけられるのに何がそうさせるのか考えながらボードウォークを歩いた。でも同じ場に居合わせた取材スタッフと話すことで気持ちが解けて、そのあとのバリー・キャント・スウィムフォー・テットの時間にフラッグをはおりながら過ごした。詳しくはまた別の記事に書けたらと思うが、とても清々しい気分だった。最終日はここに居合わせた取材スタッフにフラッグを託してみようと思う。

みんなそうすべきとは僕には言えないし、それぞれが感じているハードルはあると思う。「そんなこと絶対にできない」って人も「なんでそんな簡単なことができないんだ」って人もいると思う。でもやりたいと思っていることはやってみたらいい。意外と想像していたハードルはたいしたことないかもしれないし、やったから感じることも確実にある。春ねむりと過ごしたこの祝祭が僕を少しだけ変えてくれた気がするし、他にもそんな人はいると思う。そしてそんな一歩が別の誰かの一歩につながるのなら、それこそが春ねむりが話したおもしろい人生であり、おもしろい世界なんじゃないかと思う。フジロックの日々もその後の生活でも、それぞれがそれぞれにできることをやろう。Free Palestine

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FOUR TET https://fujirockexpress.net/25/p_1042.html Sun, 27 Jul 2025 03:01:46 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1042 2011年のレッド・マーキー深夜のステージ以来、なんと14年ぶりのフジロック出演となったフォー・テットことキーラン・ヘブデン。2020年のラインナップにも名を連ねていながら、惜しくも開催延期に。そんな経緯もあり、この日のステージを心待ちにしていた人は多かったはず。

登場したのは、バリー・キャント・スウィムの熱狂もまだ残る、22時のホワイト・ステージ。シンプルなDJセットにもかかわらず、彼はその空間全体をまるでクラブのような情感で包み込んでいく。以前観た、DJ卓を中央に置いて彼の手元以外のライトを消したオリジナル楽曲のセットも、楽曲の魅力が堪能できてとてもよかったが、彼の真価はむしろ今夜のようなプレイにあらわれているような気さえする。

音源に近いかたちでプレイされたのは、冒頭の挨拶がわりに流れた“Thousand and Seventeen”くらい。そこからの90分間は、ほぼ一定のビートが流れ続けていたにもかかわらず、単調さや一本調子といった表現とは無縁。さりげなく素材を差し替えながら、じわじわと、でも確実に景色を変えていく、まさに骨太なDJセットだった。こういうストイックなプレイは深夜のレッド・マーキーやGAN-BAN SQUAREではよく見るけど、ホワイトのヘッドライナーでこれをやってしまうとは…!

ここぞというところでで繰り出された“Into Dust (Still Falling)”や“Baby”、“Daydream Repeat”などの自身の美しい楽曲たちも、ただ音源通りに流すのではなく、ビートに乗せて新たなニュアンスを生み出したり、フェードアウトかと思わせておいて音量がぐんと上がったりと、緩急の効いた細やかなプレイが随所に光る。そして何より、そんなビートをホワイト・ステージの爆音で浴び続けられる贅沢さ。そこにSchumutzの“Crap”、Taravalの“Aardvark”、Fold & cu.rveの“Business”などをミックスしながら展開していき、ビートは途切れることなく、90分間ずっと鳴り響いていた。

照明もまた素晴らしく、無数の白い光がミラーボールを照らしてさながらフィールド・オブ・ヘヴンのような幻想的な空間を作り出したかと思えば、赤や青、緑、ピンク…と色を増やしながら、1〜2色の光がサウンドの変化とリンクするように夜空を舞う。バリー・キャント・スウィムのカラフルな演出とは対照的に、ミニマルだけど感情に訴えかけるライティングが印象的だった。

そんなビートを浴び続けていると、オーディエンスの心も体も自然と解き放たれていく。僕の周りではじっとステージを見つめる人もいれば、入れ替わり立ち替わりで人の流れがあり、時間が進むにつれてどんどん自由でいい表情になっていく人たちが増えていった。まるで、普段通っているクラブのような感覚。それをホワイト・ステージという大きなスケールで実現させるのがフォー・テットであり、彼の哲学が全編にわたって貫かれていた90分間だった。

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BARRY CAN’T SWIM https://fujirockexpress.net/25/p_1043.html Sat, 26 Jul 2025 12:59:29 +0000 https://fujirockexpress.net/25/?p=1043 最新作『Loner』を先日リリースしたばかりの、スコットランド・エディンバラ出身のプロデューサー / DJ、バリー・キャント・スウィムことジョシュア・マニー。昨年のGlastonbury FestivalやCoachella Festivalの大盛況も記憶に新しい中で、最新作『Loner』を先日リリースしたばかり。満を持しての初来日。ましてや世界初披露のバンドセットということで、ソワソワしながらホワイト・ステージに向かう。

グリーン・ステージの山下達郎にとんでもない人数が集まったようで、それでホワイト方面に行くのが難しい人も多かったのだろう。定刻10分前でもホワイトはそれほど人は入っていないようで、すんなりと前方に行けた。少し気の毒な状況ではあるが、これもまたフェスティバルということか。せっかくだからこの辺で観ることにしよう。

最初はキム・ゴードンのような不穏でヘヴィなサウンドが光る“The Person You’d Like to Be”から。どうやらギターを構え、3台のシンセに囲まれるジョシュアのほか、ドラムとキーボードを加えたバンド編成のようだ。カラフルな映像はどことなく今年のフジロックのデザインと似たものを感じる。

オーガニックな素材と電子音が心地いいバランスで交錯し、縦横無尽に展開するバリー・キャント・スウィムのサウンド。“Dance of the Crab”や一際大きな歓声があがった“Kimbara”は小気味のいいパーカッションがリズムに彩りを添え、“Blackpool Boulevard”ではエレガントにピアノを弾き倒したりと、バンドセットという新たなスタイルを得て、彼の多面的な魅力がこれでもかと広がっていく。電気グルーヴなどにも近い感触の“Like it’s Part of the Dance”や、この日出演のジェイムス・ブレイクやフォー・テットとの共通項を感じさせる“Can We Still Be Friends?”など、ホワイトのズンズン来る音圧の中でも気持ちよく横揺れしていられるサウンドの配合が絶妙だ。

そして、サウンドとともに驚かされたのは大量のレーザーがホワイト後方に向けて投影されたこと。レーザーといえばグリーンの印象が強かったが、ホワイトでここまで大規模なものを見たのは、もしかしたらはじめてかもしれない。レーザーを真上に見上げる位置で踊るのも興奮したもので、頻繁にフロアを抜くカメラワークによって、そんなみんなの興奮がホワイト・ステージにどんどん伝播していくようだ。

山下達郎終わりの人も合流したであろう中盤以降では、盛り上がりもさらに加速していく。甘美なメロディが陶酔へと誘う“Kimpton”では、ステージに並ぶ2人の横向きのシルエットがよく映えていて、“Still Riding”は、曲の入りで何度かビートをとめてはオーディエンスを煽る演出がなんともたまらなかった。そのたびに湧き上がる歓声。そして凄まじい量の緑のレーザーが夜空に飛び交い、視覚的な刺激も最大限に盛り上げてくる。パッドを叩いてリズムを刻む“Fiorucci Made Me Hardcore”や、ミニマルなアプローチが印象的だった“Different”といった曲では、よりライブ感のあるグルーヴや小気味よくカットアップされたヴォーカルが際立っていた。

終盤には、前夜祭でDJ MAMEZUKAもプレイしていた“Deadbeat Gospel”をドロップ。荘厳な雰囲気の中、キックが止まるタイミングで自然と手をあげるオーディエンス。そしてラストの“Sunsleeper”では、堰を切ったようにリフトをはじめるオーディエンスもちらほらあらわれ、まるで海外フェスのような光景に。観客の熱気に応えるように、ステージ上のジョシュアも奔放に踊っている。その姿はまさに歓喜の中心で、初披露のセットとは思えないほど完全にホワイト・ステージを掌握していた。

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